九州大学 山田研究室

コンピューターvs人間、発音学習に役立つのはどっち?

2023年11月06日

こんにちは。
山田研究室M2の平田沙希です。
今回の英語文献ゼミでは、以下の論文を読みました。

タイトル:Computer-aided feedback on the pronunciation of Mandarin Chinese tones: using Praat to promote multimedia foreign language learning (邦訳:標準中国語の声調に関するコンピュータ支援フィードバックの効果検証:マルチメディア外国語学習を促進するためのPraatの利用)
著者:Mengtian Chen
論文誌名:Computer Assisted Language Learning, 2022, p. 1-26,
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/09588221.2022.2037652

 

この論文では、発音に対する視覚的・音声的フィードバックが、外国語としての中国語の声調の認識と生成を向上させるかについて検証されました。

非声調言語出身の学習者が中国語の声調を習得することは難しいです。また、教師も学習者の声調の間違いに対して、適切なフィードバックを与えるのに困難を覚えることが多いとされています。
この課題に対して、コンピュータを使うことで、学習者に音声と視覚データ(例、グラフ)を提示することができます。学習者は、コンピュータによるデジタルフィードバックにより、自分の発音の誤りを観察しやすくなると考えられます。

 

本研究では、標準中国語の声調指導において、デジタル・フィードバックが人間による発音指導よりも役立つかを検討されました。具体的には以下の2つのリサーチクエッション(RQ)が設定されました。

1. デジタル・フィードバックは人間のフィードバックと比較して、声調の認識と生成を向上させることができるのか
2. 標準中国語の声調学習における、コンピュータの利用に対して、学習者はどのような感想を抱くのか

デジタルフィードバックとして、Praatという無料ソフトウェアを使用されました。Praatは発音の波形データの提示と声調の修正が可能です。声調の修正において、声調を5つに分類し、学習者の声を修正したものが、フィードバックとして提供されます。

 

実験方法として、RQ1を検証するために、「実験群(マルチメディア学習)」と「統制群(人間のフィードバック)」の2群が設定され、実験前後にリスニング・スピーキングテストが実施されました。RQ2の検証のためには、実験後に「声調に対して学習者が感じる困難」と「Praatによるフィードバック」に関する認識調査が実施されました。

参加者は、アメリカの大学生44人で、全員が初級中国語のコースを受講しています。
マンホイットニーU検定により、参加者の事前スコアに有意差がないことが確認されました。

声調学習の効果を測定する項目として、本研究は単語レベルの声調(トーン)に着目しました。学習内容はピンインの教科書から抜粋され、学習者は4週間にわたって学習を行います。テストは、リスニングとスピーキングの2つのセクションから構成されました。事後テストでは、上記の学力測定に加えて、参加者の声調の問題、ソフトウェアのフィードバックに対する認知、今後の声調学習への展望が調査されました。

 

実験の手順として、「事前テスト→4週間の授業→事後テスト・事後調査」の流れで行われました。統制グループでは、発音のフィードバックとして、教師が学生の発音を聞き、どのように修正すればよいかをハンドジェスチャー(視覚フィードバック)を使って説明しました。学生は教師のハンドジェスチャーを見ながら、教師の発音を真似します。一方で、実験グループでは、発音のフィードバックとして、教師がPraatにより学生の発音とモデルの音声の波形が示された画面を提示し、どこを修正するべきかを指摘しました。学生はPraat上の波形を確認しながら、発音を練習しました。実験は両グループ共に、発音の音声・視覚フィードバックが提示されるように配慮されました。

 

テスト結果の分析のために、スピーキングテストは、著者と中国語教師によってスコアリングされ、評価者間信頼係数が算出されました。
RQ1の検証において、Shapiro-Wilk検定によりテスト得点が正規分布である仮説が棄却されたため、ノンパラメトリック検定が適用されました。両グループの事前得点と事後得点の差が有意に向上したかを検証するためにWillcoxsonの符号付き順位検定が、グループ間で事前得点と事後得点の差に有意差があるかどうかを検証するためにMann-WhitneyのU検定が用いられました。

 

実験の結果は以下の通りになります。
まず、RQ1の「デジタル・フィードバックは人間のフィードバックと比較して、声調の認識と生成を向上させることができるのか」に関して、Wilcoxsonの検定の結果、両グループともリスニング・スピーキングテストの事後得点が有意に向上しました。また、Mann-WhitnyのU検定を行った結果、事前テストでは有意差は示されなかった一方で、事後テストにおいては実験群が統制群よりも有意に得点が向上したことが示されました。したがって、Praatによる発音フィードバックは、人によるフィードバックよりも中国語の声調訓練に有効であるといえる結果となりました。
次に、RQ2の「標準中国語の声調学習における、コンピュータの利用に対して、学習者はどのような感想を抱くのか」に関して、事後調査の結果を分析した結果、以下のような結果が得られました。
第一に、声調学習の難しさについては、「認知した音を実際に発音する際に難しさを感じる」や「フレーズは文章中で、声調を聞き取ることが難しい」といった意見がみられました。
第二に「Praatによるフィードバックの感想」については、まず良い点として、「音声と視覚的フィードバックが同時に提示される」、「発音の誤りを特定できる」、「自分の発音の波形とモデル発音の波形を見比べることができる」、「プレッシャーを感じずに発音練習できる」などが挙げられました。逆に改善すべき点としては、「ソフトウェアの操作が複雑」、「人によるフィードバックも必要」といった意見が散見されました。

 

以下は、結果を踏まえた考察になります。
まず、実験群と統制群の両方のグループで事後テストが有意に向上したことから、音声と視覚の双方のフィードバックを提示することで、声調学習を促進することができると考えられます。この時、実験群の事後得点は統制群の事後得点よりも有意に向上したことから、コンピュータ支援型指導は、人間による指導に比べて、より学習を助ける効果があるといえます。この理由として、事後調査の結果から、Praatでは学習者の発音の波形とモデル発音の波形が同時に提示され、学習者が発音の誤りを認知しやすく、自分で改善のための練習ができたからだと考えられます。また、自分の声がモデル発音となることで、どのように修正するべきかが分かりやすい点も理由として考えられます。
また、実験の結果から、発音練習を行うことで発音の生成だけでなく、発音の認知も向上することが明らかになりました。言語学習における生成と認知の関係性について、今後研究が必要であると考えられます。

 

以下からはこの論文に関する私の感想になります。
私は修士研究で、英単語の発音能力を高めるシステム開発研究を行っています。この論文を選んだ理由は、ソフトウェアによる発音フィードバックが、人によるフィードバックと比較して、どのような優位性を持つかを知りたかったからです。論文を読んだ後の感想として、この論文はソフトウェアによる発音のフィードバックの効果を裏付ける上で、役立つ先行研究だと感じました。
この論文は発音を波形にして、提示することで発音能力の向上につながることを示していると思います。私のシステムも波形データを用いたフィードバックを提示しているので、このフィードバックの有効性を証明する先行研究として使いたいです。しかし、この論文の実験では、システムによりフィードバックだけでなく、そこに教師の説明が加わっています。波形を示しながら、教師がどのように発音を改善すべきかをアドバイスしていることによって、発音能力が向上したと考えられます。したがって、発音能力の向上がデジタルフィードバックの効果であるとする本論文の主張には若干疑問を持ちました。

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