皆さん、こんにちは。
この記事では、今回の英語文献ゼミで読んだ論文とその感想について紹介します。
論文タイトル: Designing a classroom-level teacher dashboard to foster primary school teachers’ direct instruction of self-regulated learning strategies
ジャーナル: Education and Information Technologies
出版年:2025
ページ数:1-35
著者名: Melis Dülger, Anouschka van Leeuwen, Jeroen Janssen & Liesbeth Kester
教室環境において、教師が学生のニーズを正確かつタイムリーに把握することは困難であり、特に自己調整学習(SRL)スキルの指導においては体系的な支援ツールが求められています。この課題に対し、本研究では、理論駆動型かつユーザー中心設計アプローチを採用し、複数回の調査を通じて、小学校教師がSRL方略の直接的指導を効果的に行えるよう支援する教師向けダッシュボードのデザインを行います。研究の理論的基盤として、COPESモデル(Winne & Hadwin, 1998)を採用しています。COPESモデルでは、SRL学習者が「課題定義」「目標設定と計画」「実行」「適応」という4つの段階を再帰的に順序付けられた形で経験するとされています。各段階では、学習者が以前の知識と経験に基づいて課題を理解し、学習目標を設定し、課題を実行しながら進歩をモニタリング・コントロールし、最終的に自身の進歩を振り返って必要に応じて調整を行います。
研究方法は2つの調査から構成されています。調査1では、オランダとベルギーの10名の小学校教師を対象に、ストーリーボードと内省的質問による質的調査を実施しました。ストーリーボードでは、COPESモデルの各段階に対応する教室状況を扱う4つのシナリオと、教師の指導的決定を必要とする3つの追加シナリオを作成し、30-45分間の半構造化インタビューを行いました。これらのシナリオを通じて、ダッシュボードに可視化される学生のSRL情報が指導判断にどのように役立つかを探りました。データ収集では、全てのインタビューを録音し、文字起こしを行いました。分析においては、COPESモデルと事前決定コードに基づき、3名の研究者が回答をコーディング・分析しました。内省的質問では、学生のSRLに関する指標、SRL方略の指導、教師ダッシュボードのデザイン好みについて詳細に聞き取りを行いました。
調査1の結果から、教師がダッシュボードに対するニーズが明確になりました。まず、課題定義段階では、学生の事前知識確認、知識ギャップの検出、モチベーション評価が重視されることが確認されました。目標設定と計画段階では、学習目標の達成状況チェック、週次課題計画の確認が求められました。実行段階では、正解・不正解の課題確認、目標到達度の把握が重要視され、適応段階では、ヘルプシーキング行動、課題への取り組み時間、問題解決時の行動パターンが注目されました。ダッシュボード設計については、教師がダッシュボードの情報可視化の「見やすさ」と「管理のしやすさ」を重視し、学生のSRLプロセスを一目で把握できる簡潔な設計を希望していました。具体的には、階層的な情報構造(クラス全体から個人情報へのドリルダウン)やカスタマイズ機能(表示・非表示の切り替え、個別メモ追加)、適切な色分けなどが求められました。調査1の知見をもとに、COPESモデルに基づく4つのウィジェットを持つ低忠実度プロトタイプを設計しました:①課題定義ウィジェット(事前知識とモチベーション)、②目標設定ウィジェット(学習目標の設定・達成パーセンテージ)、③実行ウィジェット(正答数・誤答数、能力指標)、④適応ウィジェット(学習パスの可視化)です。
調査2では、オランダの11名の小学校教師を対象に、設計された低忠実度プロトタイプの評価を行いました。プロトタイプを提示し、各ウィジェットについてシナリオベースで明確性と実用性に関する質問を行いました。音声記録を文字起こしし、SRL定義、方略の直接的指導、ダッシュボードの明確性・実用性について体系的にコーディング分析を実施しました。調査2の結果から、いくつかの重要な知見が得られました。SRLの主要構成要素については、最も多くの教師が「モニタリング」に言及しました。一部の教師は「適応」「目標設定」「モチベーション」にも触れましたが、「自己評価」「ヘルプシーキング」への言及は少なかったです。SRL方略の指導については、認知的戦略(整理、反復)またはメタ認知的戦略(計画、評価)のいずれかを重視する教師はいましたが、両者を統合した方略の指導が言及されませんでした。ダッシュボードの明確性と実用性の評価では、多くの教師が課題定義ウィジェット(事前知識とモチベーション表示)と実行ウィジェット(正答数・誤答数など)を明確と感じました。一方、目標設定ウィジェットと適応ウィジェットについては理解しにくく、フラグ機能や専門用語への戸惑いが観察されました。また、ダッシュボールのデータとして、個別の学習状況に関する詳細情報だけではなく、視覚的に明確で整理された学生全体の情報と統合するダッシュボールがが強く望まれていました。これらの調査結果を踏まえ、著者らは、中忠実度プロトタイプを作成しました。主な改善点として、目標設定ウィジェットでは、円のサイズを拡大してフラグ表示を追加しました。ウィジェットの機能説明を提示する機能を追加し、システムによる推奨行動の表示機能も実装しました。すべてのウィジェットにおいて、教師が情報をより直感的に理解し、実践的な指導行動に結びつけられるよう配慮した設計が行われました。
以下は私の感想となります。この研究は、COPESモデルという理論的フレームワークを、ストーリーボードを用いた具体的な教室シナリオに落とし込み、教師の実際のニーズを抽出する手法は大変参考になりました。さらに、私自身が進めている教師向けダッシュボードの研究でも類似した知見が得られており、現場の教師はクラス全体の学習データの確認だけでなく、個別の生徒の学習データをモニタリングするニーズも高いことを改めて実感しました。また、この研究で明らかになった教師のSRL理解の現状についても興味深い発見でした。教師が「自己モニタリング」や「適応」については理解しているものの、具体的な方略指導については知識が限定的だったという結果は、ダッシュボードの役割を考える上で重要な示唆を与えてくれます。単なる情報提示ツールではなく、SRLの方略指導を支援する「学習支援ツール」としての設計が必要だということがよく分かりました。総じて、この研究は教師向けLAD設計の重要な基盤を提供していると感じました。特に、理論駆動でありながら現場ニーズを重視するアプローチは、私自身の研究手法としても取り入れていきたいと思います。
文責:耿学旺