九州大学 山田研究室

「待って見る」も重要な教育的判断:教師のデータ活用実態とシステムデザインへの示唆

2026年02月09日

皆さん、こんにちは。修士2年の樋口尚宏です。
今回の英語文献ゼミでは、教育工学やラーニング・アナリティクス(LA)の分野で非常に引用数の多い、「教師がデータをどのように解釈し、意思決定(指導)につなげているか」というプロセスをモデル化した論文を紹介します。
私自身、授業中のデータを教師にフィードバックするシステムの開発を行っていますが、「データを見せるだけで、本当に先生の行動は変わるのか?」という問いは常に大きな課題です。この論文は、そのブラックボックスに切り込んだ非常に興味深い研究です。

論文情報
・タイトル: Teaching with analytics: Towards a situated model of instructional decision-making
(アナリティクスを活用した指導:教授的意思決定の状況モデルに向けて)
・著者: Alyssa Friend Wise & Yeonji Jung
・掲載誌: Journal of Learning Analytics, 6(2), 53-69.
・出版年: 2019
・DOI: https://doi.org/10.18608/jla.2019.62.4

導入・背景
近年、教育現場ではLMS(学習管理システム)やデジタル教材から得られるログデータを分析し、教育の改善に活かそうとする「ラーニング・アナリティクス(LA)」が注目されています。
しかし、単に「すごいデータ」や「きれいなグラフ」を先生に見せるだけでは、実際の指導改善にはつながりにくいことが本稿では述べられており、システムが提供する情報を、先生自身が現場で意味のある「知識」に変換し、それを授業などの「行動」に移すプロセスは、実はとても複雑で難しいと指摘しています。
本研究では、以下の3つの既存の視点を統合し、先生がリアルな教育現場でどのようにLAと向き合っているのかを解明しようとしました。
教師の探究 (Teacher Inquiry: TI): 先生自身が問いを立て、データを集め、振り返るプロセス。
学習デザイン (Learning Design: LD): データを元に、教材や授業計画を作り直すこと。
オーケストレーション (Orchestration): リアルタイムのデータを見て、その場で指導を調整すること。
これらを組み合わせて、本研究では「先生はデータを見て何を感じ、どう考え、どう動くのか」という一連のプロセスをモデル化することを目指しました。

方法
この研究は、アメリカの私立大学で行われました。 大学のITチームが開発したLAダッシュボード(学習状況可視化ツール)を、5名の教員(理系、文系問わず)に1学期間実際に使ってもらいました。
このダッシュボードでは、学生がどの資料にアクセスしたか、動画をどこまで見たか、クイズの正答率はどうか、といった情報が確認できます。
研究チームは学期終了後に先生たちにインタビューを行い、「ダッシュボードのどこを見ましたか?」「それを見てどう思いましたか?」「その結果、授業で何かしましたか?」といったことを、実際の画面を見ながら振り返ってもらいました(回顧的インタビュー)。

結果・議論
インタビュー結果の分析から、先生たちがデータを活用するプロセスについて、以下の5つのリサーチクエスチョン(RQ)に沿った興味深い実態が明らかになりました。

RQ1:先生はどのような「問い」を持ってデータを見るのか?
教科書的には「まず明確な問いを立ててからデータを見るべき」と言われがちですが、実際には先生たちは必ずしも最初から明確な問いを持っているわけではありませんでした。

・漠然とした好奇心: 「学生たちは本当に教材を読んでいるのかな?」「サボっている子はいないかな?」といった、漠然とした好奇心(Curiosity)からデータを見始めることが多いようです。
・対話から生まれる問い: データをいじっているうちに「おや? ここだけアクセスが低いぞ?」と気づき、そこから新しい問いが生まれるという、インタラクティブなプロセスが見られました。

RQ2:先生はデータをどう「解釈」しているのか?
データを見た後、先生たちは「読み取り」と「説明」という2つのステップを行っていました。

1. 読み取り (Reading Data):
・入り口を探す: 全体を眺めるだけでなく、特定の気になるデータ(例:アクセス数0の学生)を「入り口」として全体を理解しようとします。
・基準が必要: 「アクセス数10回」と言われても、それが良いのか悪いのか分かりません。「他の学生と比べてどうか(相対評価)」や「0回かどうか(絶対評価)」といった参照点を強く求めていました。
2. パターンの説明 (Explaining Patterns):
・文脈での肉付け: 「この週は課題が難しかったからアクセスが増えたんだな」といった、授業の文脈知識を使ってデータを意味づけします。
・感情的な反応: データを見ることは、単なる分析作業ではありません。「みんな動画を見てくれていて嬉しい!」や「全然見られてなくてガッカリ…」といった感情(Affect)が、解釈に大きく影響していました。

RQ3:先生はデータを見てどう「反応(行動)」したのか?
ここが本研究のハイライトです。データを見た結果、先生たちは次のような反応を示しました。

・クラス全体へのサポート: 「みんなここが分かっていない」と判断し、次回の授業で補足説明をする。
・特定の学生へのサポート: 「この学生は何もしていない」と気づき、メールを送るなどの介入をする。
・コースデザインの修正: 「この資料は誰も見ていないから、来年は変えよう」と教材を見直す。
そして、これらに加えて「行動しない」という重要な反応も発見されました。
・「待って見る」姿勢 (Wait-and-See): データを見ても、すぐに介入する自信がない、あるいは一時的な傾向かもしれないと考え、あえて様子を見るという判断です。これも立派な意思決定の一つです。
・教授法へのリフレクション: 具体的な行動には移さなくても、「そもそも『参加』ってなんだろう?」「私の教え方はこれでいいのか?」と、自身の教育観を深く内省するきっかけになっていました。

RQ4:行動の結果(インパクト)を確認したか?
意外なことに、データに基づいて何か行動を起こした後、「その結果どうなったか」を確認する先生はほとんどいませんでした。 多忙な先生たちにとって、PDCAサイクルの「C(Check)」まで回すのは、システム的な支援がないとかなり難しいことが示唆されました。

RQ5:その他の重要な課題は?
・透明性とプライバシー: 「監視されているようで学生が嫌がるのではないか」「裏をかいて『見たフリ』をするのではないか」といった葛藤を先生たちは抱えていました。
・同僚との対話: 自分一人でデータを見るよりも、他の先生と「これどう思う?」と話し合うこと(協働的な解釈)が、データの理解を深めるために有効であることが示されました。

結論・限界点
本研究の結論として、筆者らは「インストラクターの分析活用モデル(Model of Instructor Analytics Use)」を提案しています。
これは、データ活用を一直線なプロセスではなく、「センスメイキング(意味形成)」と「教育的反応」を行き来する循環的なものとして捉えるモデルです。特に、「好奇心から始まる」「感情が伴う」「『待って見る』も反応の一つ」といった人間らしい側面をモデルに組み込んだ点が画期的です。
限界点としては、参加者が5名と少ないこと、回顧的なインタビューであるため記憶の変容があり得ることなどが挙げられます。しかし、リアルな文脈での詳細な分析は、今後のシステムデザインに多くの示唆を与えてくれます。

選んだ理由と感想
選定理由:
以前から読みたいと思っていた論文でしたが、私の研究テーマである「教師のリフレクション支援システム」の根幹である。「TI(教師の探究)」に関連する基本文献だったので読んでみました。

感想と今後の研究への活かし方:
まず読んでいて安心したのは、私が研究のベースにしている「Teacher Inquiry(教師の探究)」という概念が、LAの文脈でも当たり前の前提として扱われていたことです。AvramidesらやSergis & Sampsonといった、私が普段参照している文献も引用されており、今後もこの理論に基づき自身をもって研究をしていこうと感じました。
特に面白かったのは、「Wait-and-See(待って見る)」という姿勢が肯定的に捉えられていた点です。システム開発側としては、つい「データを見たらすぐに行動(介入)させなきゃ!」と考えがちですが、先生にとっては「今は動かない」という判断も重要なようです。また、行動変容だけでなく、「リフレクション(内省)」を促すだけでもLAツールの価値があるという指摘は、私のシステム評価の視点にも取り入れたいと思いました。
今後は、この論文で提案されたモデルを参考に、現在開発中のシステム(TiTela)の評価指標を設計してみようと考えています。単に「機能が使われたか」だけでなく、「先生の好奇心を刺激できたか」「深いリフレクションにつながったか」といった観点で評価を行っていきたいです。

文責:樋口尚宏

 

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