九州大学 山田研究室

熱力学のAR学習支援ツールの有効性検証に関する論文を読みました

2023年02月07日

皆さん、こんにちは。D3の耿学旺です。
今回の英語文献ゼミで読んだ論文を紹介したいです。
下記、論文内容の概要になります。

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論文タイトル:Teaching thermodynamics with augmented interaction and learning analytics
論文誌:Computers & Education
巻号ページ:196, 1-13
出版年:2023
著者:Wanli Xing, Xudong Huang, Chenglu Li, Charles Xie

熱力学の熱と温度に関する知識は、日常生活の体験に密接しており、K12段階において学習しなければいけない学習項目の1つです。しかし、学生は、熱と温度が同じような意味で理解することが先行研究から判明したとしています。特に、一部の学生は、熱が温度の異なる物体間のエネルギーの移動を表す概念という理論的な考えではなくて、物体に存在する、ある物体から別の物体へ移動できる一種の物質であると認識していると指摘しています。また、物体の初期温度は周囲の温度と熱平衡に達すること学習しましたが、学生自身の直感に基づいて物体の温度を理解する傾向があるということでした。

具体性フェーディング理論(Fyfe et al., 2014)は、科学概念の学習によく用いられるアプローチです。ある概念の物理的な表現から、象徴的な表現に移行して、そして抽象的な表現に移行することで、概念に対する具体性が外しながら、学習とその転移の両方を促進することが期待できるとされているそうです。物理的な材料は、現実世界の知識を活性化する実用的な文脈を提供し、記憶と理解を深めるための物理的な行動を誘発します。その一方で、抽象的な材料の使用は、不必要な知覚された情報を排除し、別の文脈で学んだ知識の活用と一般化を促し、知識の表面的な特徴ではなく、より構造的・表現的な側面を理解させることができます。著者らは、熱力学の概念の理解を促進するために、具体性フェーディング理論に基づいて、物理的な実験と仮想な赤外線画像の分析ツールを統合したAR学習支援ツールを設計・開発しました。

そのため、この研究では、熱と温度の概念の学習は、具体性フェーディング理論を基づいて、以下の3つの段階を設けて設計されています:
・エナクティブ(行動ベース)段階:学生はAR分析ツールの赤外線カメラを通じて、使用する物理的な材料(定規)を使って、温度と熱について物理的な概念モデルを形成します
・アイコニック(イメージベース)段階:学生は熱画像を活用し、カラーヒートマップを観察し、温度差を画像で把握します
・シンボリック(表記ベース)段階:時系列(時間ごとの気温)グラフを使用して、材料の温度を数値化することで、学生が温度変化の傾向を理解して比較します

また、この研究では、開発したAR学習ツールには物理的なインタラクション(材料の操作)と仮想的なインタラクション(ARツールによるデータの可視化と解析の使用)の両方の活動が必要なため、学習する際にマルチタスクを実行することとなって、認知負荷が増加して、学習に影響を与える可能性があります。そこで、著者らは、同時並行のマルチタスクと逐次のマルチタスクといった2バージョンのARツールをツールの利用と概念の理解について比較して調査しました。

調査については、アメリカの九年生を対象として2回行なわれました。具体的に、1回目の調査では111人の学生が同時並行マルチタスクのARツールを用いましたが、2回目の調査では別の学校の132人の学生が逐次マルチタスクのARツールを使用しました。活動では、初日にウォームアップとシステムのチュートリアルが行われました。2日目から5日目までは、4つの熱の概念に対する実験が行われました。実験では、金属と木の定規に2本の親指を1分間置いて、定規と親指の間の温度な違いを観察するよう学生に求めました。実験後、学生は実験レポートを作成し、質問項目に回答しました。同時並行マルチタスクのARツールでは、学生は熱画像が収集するデータ(ピクセルレベルの温度)のみをリアルタイムで分析しました。熱画像の接続が切れたり、システムが終了したりすると、学生は観測した熱現象を再分析することができなくなります。逐次マルチタスクのARツールでは、観測中の熱画像が自動的に録画されます。観測した後、学生が録画した動画や撮影した温度データを再視聴して分析することができます。ARツールのログデータ、実験レポートと質問項目の回答を用いて分析しました。

分析した結果、逐次マルチタスクのデザインを用いた学生は同時並行の方よりも統計的に有意に実験の試行回数が多いことが認められました。そして、2回の調査とも事後が事前より回答の平均値が高かったですが、逐次マルチタスクのARツールを用いた学生には、0.05有意水準で統計的に熱と温度の概念の理解を促進したことが確認されました。一回目の調査では、同時並行マルチタスクのデザインのため、観察が実験操作と同時に行われて、認知負荷が高くなって、正確な情報を得ることが難しいことを示唆しています。それに対して、二回目の調査では、観察後でも再分析ができるため、リフレクションする時間をより多く確保し、事後の回答が改善されたと考えられます。また、実験レポートの分析から、特定の方向に移動する熱を定量化するために、学生は熱画像と時系列のデータを使って解釈することがわかりました。これは、材料を触る物理的な体験と、イメージベースの熱画像の観察、そして熱と温度の時系列グラフという抽象的な表現からなる具体性フェーディング理論を活用したARツールは、学生の概念の理解を向上させたことが示されています。

以下、私からの感想です。具体性フェーディングの理論を活用して、ARシステムを開発したところは非常に参考になると思います。特に、概念の具体的な事象からより抽象的な表現へ移行するプロセスのなか、ARシステムは具体的な表現と抽象的な記号につながりを作るという役割を果たすのが斬新なアイデアだと考えられています。さらに、伝統的なテキスト・ベースの学習においてよく認識されている学習が日常生活への転移が難しいという問題点に対して、今回の論文に取り上げた具体性フェーディングの理論がそのソリューションの1つになるかもしれません。具体性のフェーディング・プロセスを経験した学習者は、具体的な材料から得られた知識や概念の理解を、具体性の豊富な日常生活に戻って活かせて、転移することが容易になり得ると思います。しかしながら、具体性フェーディングの理論にも限界点があると思います。選択される具体的な事象によって、概念が抽出できなかったり、概念の理解が縮小されたりし、そして誤概念をもたらす可能性があるように感じました。しっかりとどんな具体的な事象を学習者に提供するか検討する必要性があるかなと感じています。また、この論文におけるマルチタスクのデザインが認知負荷へどのような影響あったのだろうか?非常に気になるところです。

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