九州大学 山田研究室

汎用知識グラフから教育専門グラフへどのように展開できるか?

2025年04月18日

汎用知識グラフから教育専門グラフへどのように展開できるか?

皆さん、こんにちは。研究生の李です。
先日の英語文献ゼミで読んだ論文について、その内容と私の感想を交えて紹介したいと思います。

論文タイトル:KnowEdu: A System to Construct Knowledge Graph for Education
出版年: 2018
著者名: Penghe Chen, Yu Lu, Vincent W. Zheng, Xiyang Chen and Boda Yang
論文誌: IEEE Access
ページ : 31553 – 31563

知識グラフは、異なる分野からの多様なデータを効果的に統合する情報集約型の知識ベースとして、GoogleのナレッジグラフやAppleのSiriなど、すでに多くの汎用分野で広く活用されています。しかし、このような汎用的な知識グラフは、教育分野のような特定領域のニーズには十分に対応できていません。その主な理由は、教育分野では高度で専門的な知識が求められることに加え、従来の固有表現抽出手法では教育特有の専門用語や複雑な関係性をうまく処理できないためです。

教育分野では、知識グラフ(コンセプトマップや知識マップとも呼ばれる)は、授業の支援、オンラインコースの学習推薦、概念の可視化などで幅広く利用されています。実際、主要な大規模オンライン公開講座(Massive Open Online Course)プラットフォームであるカーンアカデミー(Khan Academy)でも、知識グラフが導入されています。しかし、現在これらの教育分野の知識グラフのほとんどは、経験豊富な教員や専門家が手作業で作成しています。このような手作業での作成は非常に時間と労力がかかり、知識やコース規模の急速な拡大にも対応しにくいです。また、専門家の認識と学生の実際の認知状況にはしばしば差異(いわゆる「専門家の盲点」)が存在するため、手作業で作成した知識グラフは時に学生の学習を誤った方向に導いてしまう可能性があります。

こうした課題を解決するために、この研究では、学校教育やオンライン学習に適した教育知識グラフを自動的に構築するシステム「KnowEdu」を提案しています。具体的には、KnowEduシステムは「教育概念抽出モジュール(Instructional Concept Extraction)」と「教育関係識別モジュール(Educational Relation Identification)」という二つの主要なモジュールから構成されています。

教育概念抽出モジュールは、学習指導要領や教科書、授業資料などの教育分野特有の教材データを活用します。これらの資料は通常、構造が明確で意味もはっきりしており、知識の密度が高いため、教育概念の抽出に非常に適しています。このモジュールの主な目的は、教育分野特有の資料から「線形方程式」や「光合成」など、人名や地名のような従来の固有表現ではなく、教育に関連する専門用語を抽出することです。システムではまずOCRや音声認識技術を用いて教材データを機械読み取り可能なテキストデータに変換し、次にGRU(Gate Recurrent Unit、ゲート付き回帰型ユニット)やLSTM(Long Short-Term Memory、長・短期記憶)といったニューラル系列ラベリング技術を用いて、テキストから教育概念ノードを自動的に抽出します。従来の条件付き確率場(Conditional Random Field)モデルに比べて、ニューラルネットワークモデルは特徴量を自動で学習でき、文脈依存関係をより効果的に処理できます。

教育関係識別モジュールでは、教育概念間の「前提関係(prerequisite relations,前提となる知識)」「包含関係」「因果関係」などの抽象的かつ潜在的な関係を抽出します。特にこの研究では先修関係に着目しています。先修関係は概念間の潜在的かつ認知プロセスに基づく関係であり、教師の授業設計や学生の学習経路の設定に大変役立ちます。教師は通常、学生の学習状況をもとに先修関係を判断します。具体的には以下のような状況です。
• 学生が概念Bを理解している場合、その学生は概念Bの先修概念Aも既に理解しているはずである。
• 学生が概念Aを理解していない場合、その学生は概念Bも理解できない可能性が高い。
システムの観点から「概念Aは概念Bの先修知識である」と判断するためには、「¬B⇒¬A」(Bが理解できない場合、Aも理解できない)および「A⇒B」(Aを理解している場合、Bも理解できる)の二つの条件を同時に満たす必要があります。

KnowEduシステムはこれを実現するために、試験結果や課題の提出状況、MOOC上の学習ログといった学生の学習評価データを利用し、確率的な関連規則マイニング(p-Apriori)を用いて先修関係を識別します。異なる知識に対する学生の理解状況を分析することで、概念間の先修関係を効果的に発見できます。

この研究では数学科目の具体的な事例を用いてKnowEduシステムの性能を検証しました。その結果、教育概念抽出の正確性(F1スコア)は従来のCRFモデルよりも顕著に高く、ニューラルネットワークモデルではF1スコアが0.7を超えました。また、北京市の31校の中学校に在籍する4488名の中学1年生のデータを用いて先修関係を識別した結果、識別精度(AUC)は0.95に達し、平均精度(MAP)も0.87となり、非常に高い有効性を示しました。

KnowEduシステムは教育知識グラフの自動構築において大きな成果を収めましたが、さらに拡張・改善する余地もあります。著者らは、現在のシステムが単一科目内での教育概念・関係抽出にしか対応していない点を挙げています。実際には、「関数」のように数学と物理など複数科目をまたぐ概念が存在するため、将来的には科目横断的な知識グラフの構築が重要な研究課題になるでしょう。また、文系科目では感情要素が多く、表現が曖昧であるため、理系科目と比較して知識グラフの構築難度が高くなると指摘しています。

以下にこの研究への私自身の感想を述べます。この研究では、教育分野の概念抽出タスクにニューラル系列ラベリング(Neural Sequence Labeling)モデルを初めて導入しており、手法にオリジナリティがあるように思いました。また、論文の構成も明快であり、教育用知識グラフ構築のための枠組みを理解する上でも学ぶところが非常に多いと感じました。

一方で、この研究が利用するデータについて見ると、その範囲がMOOCなどのオンライン学習プラットフォームで収集された学習評価データに限定されています。これは、ニューラルネットワークモデルの特性や設計上の制約によるものですが、他のデータを利用していない点は研究の適用可能性や拡張性に一定の制約を与えていると思います。具体的には、学習者の行動履歴や学習プロセスのログ、あるいは教室内でのインタラクションデータなど、より多面的なデータを活用することで、概念間の潜在的関係をより正確に把握できる可能性があると考えられます。そのため、今後はこうした追加的なデータの分析と利用が、教育用知識グラフ構築において重要な研究方向となるでしょう。

また、論文で提示されている先修関係(Prerequisite)の判定手法に関しても興味深い点がありました。この研究では、教師が経験的に先修関係を判断する方法を参考に、システムが自動的に先修関係を抽出しています。このアプローチは、単純な自動化を超えて、教育現場における教師の実践的知見を適切に取り込むことで、ニューラルネットワーク特有の「ブラックボックス問題」を緩和できる可能性を示唆しています。すなわち、モデルが概念間関係をどのように抽出したかが分かりにくいという問題に対して、教師の経験的判断を適度に取り入れることが、モデルの説明可能性や信頼性の向上に役立つと思われます。

さらに、文中で指摘されている文系科目と理系科目の知識グラフ構築における難易度の差についても共感します。実際のところ、この論文で用いられている関係抽出手法は、基本的にルールベースの特徴を強く持っているため、理系分野のように論理が明確で、構造がシンプルな科目には相性が良い反面、曖昧で情緒的な表現を多く含む文系分野に適用すると精度が低下することが予測されます。自然言語処理分野の発展により、近年のモデルは膨大なテキストデータを高精度で処理できるようになりましたが、こうした複雑なモデルはブラックボックス的側面を持つため、出力された結果の正当性や解釈可能性が低下しやすいというデメリットもあります。そのため、特に文系科目を対象とする場合には、教育現場からの具体的かつ実践的な判断や知見をより積極的に取り込むことで、最終的な結果を改善する余地があると思います。

総じて、この研究のKnowEduシステムは教育用知識グラフを自動的に構築する上で優れた成果を示しており、教育データの有効活用や教育現場との連携が研究を一層深化させるための重要な鍵になると感じました。

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