皆さん、こんにちは。
この記事では、今回の英語文献ゼミで読んだ論文とその感想について紹介します。
論文タイトル: Using multimodal learning analytics to model students’ learning behavior in animated programming classroom
論文誌:Education and Information Technologies
巻号数:29(6)
ページ:6947-6990
出版年:2024
著者名:Abdullahi Yusuf, Norah Md Noor, Shamsudeen Bello
学習プロセスは、質問紙やインタビューなどの手法で測定することにより、特定されることが多いため、学生の自己報告に依存していました。しかし、技術の進歩により、学生の客観的な行動指標への関心が高まってきています。特に注目されているのが、行動的注意(behavioral attention)と行動的関与(behavioral engagement)という2つの行動指標です。行動的注意と関与は、以下の3つの理論モデルから捉えることができます。
まず、認知心理学モデルです。このモデルでは、注意と関与は、興味と好奇心を決定して、ワーキングメモリに入る情報量を促進するというフィルタリングメカニズムとして位置づけられています。そのため、注意と関与は学生が適切な活動を選択する上で極めて重要だとされています。次に、関与モデルがあります。このモデルでは、注意と関与は相互に関連していると説明しています。それらは、学習や情報処理へ影響する認知的なものであったり、興奮、退屈、好奇心、怒りなどの情動的なものであったりします。三つ目は、インストラクショナル・クリオティー・モデルです。このモデルでは、注意と関与は学生の課題への取り組み状況や、教師の適切な支援提供などを示す指標として扱われています。
行動的注意と関与を測定するために、教室における学生の行動を分析することが多いです。具体的には以下の4つが挙げられます。
・視線方向:教師のインストラクションに注意を向けることは学習の重要な前提条件とされています。興味深いことに、短い凝視時間は高い注意を示し、長いサッケードは重要な注意の遷移を示すと報告されています。
・座る姿勢:端座をよくする人は、後ろ向きや横向きに座る人に比べて、ポジティブな記憶を思い出したり、楽しいことを考えたりしやすいことが示唆されています。
・ノートテイキング行動:情報処理モデルによれば、ノートテイキングは学生が教師の講義内容を保持する可能性を高め、学習成果の向上につながるとされています。
・授業の妨げになるような言動:主な妨害行動として、過度の会話、不適切な歩行、大声、携帯電話の使用などが挙げられます。これらの行動は、学習成果の低下や関与の低下につながります。
しかし、教室における学生行動の分析に関する先行研究では、特定の行動に注目する傾向があり、視線移動や操作タスクなど単一の指標に焦点を当てていたことが多くあります。そこで、本研究では、プログラミング学習の教室における視線方向、席に座る姿勢、ノートテイキング行動や授業の妨げになるような言動などのデータを収集して、多角的に学習行動を分析して、機械学習アルゴリズムを用いて学習成果を予測することを目的とします。
調査は、ナイジェリアの大学において、コンピュータサイエンスとコンピュータ教育を専攻する2年生35名を対象に実施されました。参加者は男性27名、女性8名で、平均年齢は19.8歳でした。プログラミング学習には、ブロックベースのプログラミングツールであるAlice 3を使用しました。この環境は、アニメーションやゲームを通じて、プログラミングの基礎概念を学べる特徴があります。授業は8週間にわたって行われて、各回の授業では、まず20分のアニメーションビデオを視聴して、その後プログラミング演習に取り組みました。学習内容には、変数の宣言や代入、データ型、制御構造、文字列の扱いなど、プログラミングの基礎的な要素が含まれています。プログラミングの理解度を測定するための事後テストも実施されました。教室内には3台のビデオカメラを設置し、学生の行動を記録しました。中央に1台、両側面に各1台のカメラを配置することで、様々な角度から学生の様子を観察できるようにしています。2名のコーダーがそれぞれ、録画されたビデオを視線方向や座る姿勢などの4つの行動に分類しました。Kappa係数が0.91のため、コーディングの信頼性が高いことを示唆しています。観察された行動のストリームを隠れマルコフモデルで分析して、ベイズ情報量規準(BIC)と赤池情報量規準(AIC)で適合度によって、最も適合する3つのパターンが特定されました。さらに、多重線形回帰、ランダムフォレスト、ナイーブベイズとサポートベクターマシンを使用し、特定された行動の特徴から参加者の学習成果を予測しました。
分析の結果、学生の行動は、大きく3つのパターンに分類できることが明らかになったのです。1つ目は「積極的な学習状態」で、全体の約43%を占めていました。この状態の学生は、スクリーンをしっかりと見つめ、姿勢も正しく保ち、熱心にノートを取る傾向がみられました。2つ目は「消極的な学習状態」です。これは全体の約49%と最も多く観察されました。この状態では、視線が頻繁に逸れ、姿勢も崩れがちで、授業と関係のない会話をする様子がみられました。3つ目は「受動的な学習状態」で、全体の約9%でした。この状態の学生は、スクリーンは見ているものの、ノートを取るなどの積極的な行動はあまりみられませんでした。特に注目すべき点は、「消極的な状態」から「受動的な状態」への移行が頻繁に観察されたことです。これは、アニメーション教材の特性が影響している可能性があります。アニメーションは学生の注意と関与を引き付けて、維持する一方、アニメーションはテキストより情報量が多いため、ワーキングメモリに認知過負荷をかけてしまうことがあります。また、学習成果について、視線の動きと授業の妨げになるような言動が、成績を予測する重要な要因となることが分かりました。特に、スクリーンへの注視時間が長く、授業の妨げとなる行動が少ない学生ほど、学習成果が高い傾向が確認されています。
分析結果から、アニメーション・プログラミング環境における学習支援について、いくつかの重要な示唆が得られています。まず、教師からみると、学生の行動パターンを理解することで、より効果的な支援が可能になるでしょう。例えば、視線が頻繁に逸れる学生に対しては、アニメーション教材のどの部分に注目すべきかを具体的に指示することが有効かもしれません。また、姿勢が崩れがちな学生には、適切なタイミングで休憩を取り入れることで、集中力の維持を図ることができると思います。学習環境のデザインという観点からも、示唆が得られています。アニメーション教材は、確かに学生の視覚的な注意を引きつける効果がありますが、同時に認知的な負荷をかける可能性もあります。そのため、複雑な概念を説明する際は、アニメーションの速度を調整したり、要点を強調したりするなどの工夫が必要です。
以上が論文の概要となりますが、個人的な感想として、この研究は非常に興味深い視点を提供していると考えます。特にプログラミング学習における視線や座る姿勢などのマルチモーダルデータの分析方法は、今後の研究に大きな示唆を与えるものと思います。このような詳細な教室における行動の分析は、より効果的な教育環境の開発につながるものと期待されます。一方で、いくつかの疑問点も残されています。例えば、行動的注意と行動的関与が、これらの行動データとどのように関連するのかについての説明が十分ではないように感じます。また、事前の知識レベルの測定を含めることで、より正確な学習成果の評価が可能になるのではないかと考えます。視線データについては、今後はアイトラッカーなどのデバイスを使用することで、より客観的な測定が可能になると考えます。
文責:耿学旺