みなさん、こんにちは。
この記事では、今回の英語文献ゼミで取り上げた論文の内容と考えについて紹介します。
論文のタイトル:Teaching with embodied learning technologies for mathematics: responsive teaching for embodied learning.
論文誌: ZDM
巻数とページ数:VoL.52 (7) , 1307-1331
著者:Virginia J. Flood, Anna Shvarts & Dor Abrahamson
出版年:2020
下記はこの論文の概要です。ご興味がございましたら、ぜひお読みください。
現代の教育環境において、数学の学習における身体を中心としたテクノロジーの利用が増えていますが、教育者がこれらのシステムを具体的にどのように活用するかについては、まだ十分に理解されていません。この論文では、エスノメソドロジーと会話分析(EMCA: Ethnomethodology and Conversation Analysis)を利用しました。EMCAは、日常生活における人々の相互作用とコミュニケーションの構造を詳細に分析するアプローチです。このエスノメソドロジーと会話分析を通じて、教育者が学生の身体化されたアイデアにどう反応し、感覚運動パターンを数学的に重要な知覚に変換するかを探る3つのマルチモーダルなアプローチをまとめました。具体的には、学生がジェスチャーを通じて自己の考えを表現する方法、マルチモーダルな手法を用いて学生の理解度を確認する方法、および学生と共同で身体化されたアイデアを構築する方法を検討します。これらのアプローチは、学習機会を創出し、身体化されたレスポンシブ・ティーチングを推進する可能性を示唆しています。
さらに、レスポンシブ・ティーチング(学生の個々のニーズや自立心の成長を支援するために、学習活動を調整しながら進めるプロセス)と臨床面接(精神科医療の実践で用いられる評価手順で、診断と治療に必要な情報を臨床家とクライエントの個人的なやりとりを通じて収集するプロセス)の手法に基づき、教育者が学生の身体化されたアイデアに効果的に関与するための戦略を明らかにし、MIT-P(Mathematics Imagery Trainer for Proportions)を使用したケーススタディを通じて具体例を提供しています。本研究の目的は、技術を活用した身体化された学習環境において、教育者が学生の多様な表現形式にどのように反応し、その反応が数学的発見をどのように促進するかを理解することです。
調査対象者は、カリフォルニアの都市部にある学校に通う23名の学生で、数学教育設計の研究者である4名の教師とともに学習活動を行いました。学生の年齢は9歳から12歳で、授業ではMIT-Pという数学の身体化された学習デバイスを使用しました。このデバイスは、リモコンを操作してコンピュータ画面上のカーソルを動かし、特定の比率を達成すると画面が緑色に変わる仕組みです。各セッションは70分間のタスクベースのチュートリアルインタビュー形式で行われ、インタビュー中に学生たちはMIT-Pを使用して比率と比例についての知識を学びました。
本研究でMIT-Pを活用した具体例として、学生Aは1:2の比率を達成するためにリモコンを操作していましたが、最初はうまくいきませんでした。教師が観察すると、学生Aはリモコンの動かし方に一貫性がなく、どの高さでカーソルを止めれば良いのか理解できていませんでした。このとき、教師は学生Aにリモコンの動きをジェスチャーで再現させ、自分の考えを言葉で説明させました。
その過程で、教師は学生Aのジェスチャーと説明が一致しないことに気付きました。学生Aがリモコンを持ち上げるとき、カーソルの高さを正しく認識していないことが判明しました。そこで、教師は再度具体的なフィードバックを提供し、正しい動かし方を示しました。このフィードバックを受けて、学生Aはリモコンを操作する際のジェスチャーを修正し、最終的に1:2の比率を正確に達成できるようになりました。
この事例を踏まえて、学生がジェスチャーを通じて自己の考えを表現することで、学習者の理解が深まり、教育者がその場で適切なフィードバックを提供することで、学習効果が向上することが示されました。また、マルチモーダルな手法を用いることで、学生の理解度を正確に把握し、適切な支援を行うことができることが分かりました。さらに、教育者と学生が共同で身体化されたアイデアを構築することで、学生の数学的な発見が促進され、学習成果が向上することが確認されました。
以下は私の考えです。
私がこの論文を選んだ理由は、質的分析というレンズを通して、身体化された学習の可能性を探っているからです。私自身の研究では質的分析を用いることはほとんどありませんが、身体化された学習において質的分析がどのように用いられているかを理解し、新たなヒントを得たいと考えました。同時に、本稿の焦点は、数学学習の文脈における身体化された学習の実践的な活用にあり、教育・学習の現場における具体的な取り組みに基づいています。身体化された学習の可能性を理解するという点では有益だと思います。身体化された学習の活用を支援するXRテクノロジーは数多くありますが、教育現場での具体的な活用を観察することが、身体化された学習を教室で真に実践可能にする最も効果的で直接的な方法だと考えます。
しかし、この論文に対していくつかの限界があると考えています。まず、この論文の焦点は、学習者がどのように学ぶかを探るために、教室での数学の学習場面において、割合と比の概念を学ぶ際の学習者のパフォーマンスにあります。これは、ビデオに録画されたマルチモーダル分析を通じて行われます。学習者がジェスチャーなどの身体的行動を通して学習していることは述べられていますが、なぜ学習者がそのような行動をとるのかについて深く検討はしていません。第二に、ここで使われている分析手法はEMCAであり、学習者のパフォーマンスの質的分析のみに限定されていると言えます。この論文では、学習者の言葉、ジェスチャー、デモンストレーションなどに基づいて、学習者の身体化されたアイデアや思考を分析していると述べられていますが、その解釈はエスノグラフィーを活用しているため、それを裏付ける客観性に弱さを感じます。最後に、数学的知識の学習過程における学習者の考えを探る方法として、レスポンシブ・ティーチング法や臨床面接法の利用が挙げられていますが、この論文にはそれが十分に説明されていません。同時に、本稿は最終的に数学に関する知識における身体化された学習の活用とそこから得られる知見を提示しようとしているので、学習者の発想に限定してよいのかどうかが不明です。
これら限界点はあると感じますが、この研究は教育現場における身体化された学習の理解を深めるための重要な一歩であり、将来的にはさらに多くの研究が必要です。特に、学習者の身体的行動とその背後にある動機や意図をより深く探ることで、教育方法の改善に繋がる可能性があります。また、EMCAとレスポンシブ・ティーチング、臨床面接法の融合により、より包括的で実践的な教育戦略が開発されることを期待しています。この分野の研究が進むことで、教育者がテクノロジーを駆使して学生の学習効果を最大化するための知見が得られることが期待されます。
(文責:修士2年生 李瑭)