九州大学 山田研究室

キャリア適応能力は、心理面・行動面とどう関係しているか?

2024年05月22日

皆さん、こんにちは。尾﨑康平です。今年度から修士学生として山田研究室に入りました。公立高校の教員をしながら、社会人学生として研究を進めていきます。研究テーマとして、高校におけるキャリア意識を喚起する探求学習のデザインについて進めて行く予定です。よろしくお願いします。

今回の英語文献ゼミで読んだ論文とその感想について紹介します。

論文タイトル:Career adaptivity, adaptability, and adapting: A conceptual and empirical investigation
論文誌:Journal of Vocational Behavior
巻号数:87
ページ:1-10
出版年:2015
著者名:Andreas Hirschi, Anne Herrmannb, Anita C. Keller
https://doi.org/10.1016/j.jvb.2014.11.008

以下は、本論文の目的及び概要です。

本論文の主な目的は、Savickasのキャリア構築理論における主要な尺度である「キャリア・アダプタビリティ」の評価がより心理的な尺度である「順応性」及びより行動面での尺度である「適応行動」とどのように関連しているかを実証的に検証することです。

キャリアアダプタビリティ尺度とはキャリアに関する研究における重要な概念の一つであり、「キャリア構築理論」に関連するものとしています。課題、変化、トラウマに対処する際の自己調整を条件付ける、心理社会的強みを指し、「関心、統制、好奇心、自信の観点」から測定されると説明しています。また、先行研究からそれを評価する尺度であるキャリア適応能力尺度 (CAAS) が10か国語に翻訳され、活用されています。

今回、アダプタビリティ尺度との関係を明らかにするのは、それぞれ先行研究よりキャリア・アダプタビリティと相関があると考えられている以下の尺度です。

・順応性(adaptive readiness) 【adaptivity】

職業能力開発課題、職業移行、仕事上のトラウマに対して、適切な反応を示して対処しようとする心理的特性であり、多くの場合、積極性や柔軟性として運用される。

使用する尺度:①CSE(Core Self-Evaluations) ②積極性(proactivity)

・適応行動(adapting responses) 【adapting 】

変化する状況に対処する適応的な行動を実行することを意味する。 キャリア計画やキャリア探索など。さらに、行動に加えて信念や障壁(キャリア意思決定の困難さ)も。

使用する尺度:1.職業計画尺度 2.職業アイデンティティ尺度 3.キャリア探索尺度 4.職業的自己効力感尺度

この論文では、先行研究より以下の仮説を立てています。

仮説1: キャリア・アダプタビリティは、適応行動と関連しているが、実証的には区別される。

仮説2:キャリア・アダプタビリティは、順応性と適応行動を媒介する、間接的な影響がある。

2.研究の方法、評価

◯横断的分析

対象はドイツの大学生1260人で、CSE・積極性(順応性)、CAAS尺度(キャリア・アダプタビリティ)、職業計画・職業アイデンティティ尺度・キャリア探索尺度・職業的自己効力感尺度(適応行動)に関する質問紙調査によりデータを取りました。評価項目は、チェック項目と自由記述項目によります。

◯縦断的分析

回答者に追跡調査のために再連絡し、適応行動指標に関する質問紙調査を再度依頼し、363人からの回答が得られました。

3 結果

◯横断的分析

確認的因子分析 (CFA) の結果、仮説1通り、アダプタビリティと適応行動の8因子すべての間の相関は、非常に有意でした。

一方で、アダプタビリティと適応行動の対応する尺度を組み合わせた4因子での分析を行った結果、4因子モデルよりも8因子モデルの方が、適合性が大幅に優れていました。このことから、キャリア・アダプタビリティと適応行動を構成する構成要素が関連しているものの、実証的に異なることが示されました。

◯縦断的分析

アダプタビリティの変数が、順応性と適応行動を媒介するという仮説を確かめるため、パス解析、媒介分析を行いました。結果、以下のことが明らかになりました。

・関心と統制は、順応性指標とキャリア計画および意思決定の困難さの両方の有意な媒介変数である。

→積極性・自信がある人は、高いレベルの関心と統制を示す傾向があり、キャリア計画とキャリア関連の決定についての確実性が高まることを意味する。

・関心は、積極性とキャリア探索の関係、および積極性と自己効力感の関係の媒介変数であった。

→積極性のレベルが高い人は、キャリアに関して関心を持つ傾向があり、それがさらなるキャリア探索と高い職業的自己効力信念と関連している。

・積極性から好奇心を経由したキャリア計画への重要な媒介効果も見つけた。しかし、仮説とは異なり、この間接効果は負のものであった。

→自分が率先して行動していると認識している人々は、より探索的で好奇心旺盛になる傾向があり、それ がキャリア計画の低下に関係している。

・自信については、重大な間接的な影響は見つからなかった。

4 つの適応指標のうち2つ、関心と統制の媒介能力を確認し、仮説2が部分的に裏付けられた結果となりました。

 

考察では主に以下に絞って論が展開されています。

⒈アダプタビリティと適応行動は有意に相関するが、実証的には異なる。

→アダプタビリティの4側面は、適応行動の観点からではなく、CAAS尺度のような心理社会的資源の観点から分析できる。

⒉アダプタビリティと適応行動の理論的に対応する尺度の間(例:好奇心−キャリア探索)に明確な一致は見つからなかった。

→適応行動の尺度が概念的には同じ4側面を評価しているにもかかわらず、アダプタビリティの資質とそれらに対応するキャリア適応行動間に明確な一致があるという裏付けがないことを示唆。

⒊全体として、CAAS によって測定された適応性の 4 つのキャリアリソースのすべてがキャリアの成果を等しく強力に予測するわけではない。

⒋アダプタビリティ尺度と4側面に従った適応行動との間の実証的な重複が、順応性の構成要素との相互関係によって部分的に説明できることを示している。

→CAAS の4側面と中核的自己評価および積極性の間に正の関係があることを根拠づける。

⒌縦断的媒介分析では、 CSE・積極性と適応行動の重要な媒介変数として関心が浮上した。 統制は、計画 と意思決定の困難さの観点から、2 つの順応性指標と適応行動の間の媒介変数として機能した。

→キャリア・アダプタビリティが、人格のより基本的な順応性と、より具体的な適応行動の間の構成要素として概念化できることを意味する。

⒍2 つの適応行動尺度に対して、2 つの順応性による直接的な影響もあった。

→アダプタビリティが順応性の適応行動への影響を完全に仲介するわけではなく、順応性がアダプタビリティを超えて適応行動に影響を与えることを意味する。

→将来の研究において、順応性と適応行動間の追加の媒介効果の探索が有益である可能性。

⒎すべてのアダプタビリティの側面が、順応性および適応行動の指標の媒介として機能したわけではない。好奇心はキャリア計画とは関連しておらず、縦断的分析では否定的な予測因子としてさえ現れた。

→特に関心、統制、自信などの他のアダプタビリティの側面とは無関係な好奇心の部分を考慮した場合、今後好奇心がどの状況下で、キャリア開発に有益か、それとも有害かを検討する必要がある。

以下は、私の感想になります。

現在、キャリア形成につながる探求学習デザインを考える中で、キャリア教育に関する論文をレビューしています。その中で、キャリアに関する様々な課題に対応する能力であるキャリア・アダプタビリティに着目し、その尺度がどのように行動面や心理面に影響するのか?という疑問からこの論文を読みました。本研究では、アダプタビリティと適応行動の間に明確な一致が確認できないとされていることから、「キャリア・アダプタビリティ尺度が高まったことで、生涯適切にキャリア形成のための行動を取れる状態にあるとは言い切れない」ということがわかりました。キャリア適応性を高めつつ、自ら自己調整してキャリア形成につながる行動を取れるようになるかというのは、単一の尺度でなく質的なものも含めてデータ分析と学習デザインをしていかなくてはならないと感じています。今回は大学生に対するデータでしたが、初等中等教育機関ではどのように適応行動に関する評価を考えるべきか、またICTを用いて行動面の評価をどのように行うことができるか等、自分の研究で考えるべき事項が広がりました。

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