九州大学 山田研究室

学習戦略の分析:順序付きネットワーク分析とプロセスマイニングとの比較

2024年05月13日

皆さん、こんにちは。耿学旺です。
この記事では、今回の英語文献ゼミで読んだ論文とその感想について紹介します。

論文タイトル: Dissecting learning tactics in MOOC using ordered network analysis
論文誌:Journal of Computer Assisted Learning
巻号数:39(1)
ページ:154-166
出版年:2023
著者名:Yizhou Fan, Yuanru Tan, Mladen Raković, Yeyu Wang, Zhiqiang Cai, David Williamson Shaffer, Dragan Gašević
https://doi.org/10.1111/jcal.12735

以下は、論文の内容の概要となります。

MOOCは、無料や安価でインターネットを通じて講座を受講できるため、利用人数が増加しています。しかし、対面授業と異なり、MOOCでは教師やクラスメートから即時支援が限られており、受講者がコースの途中でのドロップアウトすることが多発しており、中退率が75%~90%に達していると報告されています。一方、先行研究によれば、自己調整学習の戦略を用いた受講者の場合、コースの修了率が高いことが示唆されています(Kizilcec et al., 2017など)。そのため、学習者がMOOCでどのような学習戦略を用いるかを調査する研究が進められています。著者らは、先行研究から、学習行動から学習戦略を分析する側面を以下の4つにまとめました:
(1).頻度:学習戦略において行動が何回行われるか
(2).連続性:行動に繰り返して行われるか
(3).順序性:行動が他の行動の先または後で行うという時系列を考慮する行動発生の順序
(4).役割:行動が学習戦略全体に果たす役割
そのなか、学習行動の頻度と連続性、時系列の順序性の側面から戦略を特定する研究が数多く存在しますが、行動の役割を考慮した分析が少ないです。この研究では、順序付きネットワーク分析(ONA)は学習戦略の分析に使用する手法として挙げられ、プロセスマイニングを比較することで、上記の4つの側面で学習戦略をどこまで特定できるかを調査しました。

プロセスマイニングは、ヒューリスティックス・マイナー、インダクティブ・マイナー、ファジー・マイナーなどのアルゴリズムを用い、学習行動間の遷移を明確にし、行動のプロセスマップ(遷移図)を生成します。プロセスマップは、学習行動をノードとし、観察された行動の遷移確率をエッジとして表現します。このため、プロセスマイニングは、学習行動の遷移に焦点を当てて、特に順序性と連続性の分析に役に立ちます。一方、ONAは、エピステミック・ネットワーク分析(ENA)を拡張し、行動の順序を考慮して行動間のつながりを定量化し、これらのつながりをネットワークモデルで可視化する手法です。生成されたネットワークグラフでは、行動の頻度、つながりの強さや方向だけではなく、位置による意味のあるメトリックが表示されます。
プロセスマイニングとONAを比較するため、この研究は実験を行ない、学習データを収集しました。実験では、7週間のMOOCの「反転授業」コースに参加した8,788人の学習者を対象に、学習行動のデータを収集しました。毎週、学習者は3~5時間かけてビデオを視聴し、ディスカッションに参加し、小テストとピアレビューを行うことが求められました。学習ログから、コンテンツへのアクセス、コンテンツの再度閲覧、ディスカッション、フォーラム参加などの9つの学習行動に分類し、学習セッションを分けました。プロセスマイニングでは、学習セッションを一次マルコフモデルと期待値最大化(EM)アルゴリズムで分析し、行動の遷移シーケンスを特定し、類似する学習行動パターンの学習セッションが同じ戦略に分類されました。プロセスマイニングの結果を踏まえ、行動遷移図を作成しました。遷移図では、各ノードが行動、ノード間の矢印はそれらの行動間の遷移確率として表示されています。ONAでは、特定された学習戦略における学習行動の有無を二値コード化し、学習行動の間の遷移をモデル化しました。ONAの結果はネットワークグラフとして可視化されました。

分析した結果から、8つの学習戦略が特定されました。この研究では、その中の1つの戦略を選択し、学習行動の頻度と連続性、順序性、役割で4つの側面でプロセスマイニングとONAの結果についてそれぞれ説明しました。プロセスマイニングの結果では、学習行動の連続性と順序性が確認できました(図1)。遷移図のノードと矢印から、フォーラムと検索の行動をそれぞれ継続的に行い、アセスメントとフォーラムの使用などの行動間の遷移が明らかになりました。しかし、遷移図では、行動の頻度が表示されず、異なる学習行動の役割も解明されていませんでした。

図1 プロセスマイニングの行動遷移図(Fan et al., 2023, p161より)
図1 プロセスマイニングの行動遷移図(Fan et al., 2023, p161より)

一方で、ONAのネットワークグラフ(図2)から、ノードの大きさによって行動の頻度と自己遷移の頻度が判断できるため、アセスメント、コンテンツの再度閲覧、オーバービューなどの高い頻度の行動と、フォーラムと検索の行動に継続的に行なったことがみられました。さらに、矢印の色や方向から、学習者が、小テストや宿題(アセスメント)に取り組む前に一般的なコース情報(オーバービュー)を閲覧することが最も頻繁に使用されたことが確認されました。また、ネットワークの下には、MOOCにおける2つの主要な学習行動であるコンテンツへのアクセスとアセスメントがあり、上に補助的またはオプションの学習行動であるコンテンツの再度閲覧、検索、支援の要請などが含まれました。このため、ネットワークは主要な学習行動と補助的な学習行動を垂直的に区別していることがわかりました。左の左側に位置する新しいコンテンツの学習に関するノードは、全体的に比較的弱いつながりのため、新しいコンテンツを勉強することよりも、フォーラや評価に参加することに傾向があるを示唆しています。そのため、ONAはノードの空間的な配置から学習行動の相対的な役割や関連性を解釈できました。以上を踏まえて、著者らは、ONAが学習戦略を分析する学習行動の4つの側面(頻度、連続性、順序性、役割)において、プロセスマイニングよりも効果的であることを報告しています。

図2 ONAのネットワークグラフ(Fan et al., 2023, p162より)
図2 ONAのネットワークグラフ(Fan et al., 2023, p162より)

以下は、この論文を読んだ感想です。本研究では、プロセスマイニングとONAという異なる分析手法を比較し、それぞれのアプローチについて詳細な説明が行われています。これにより、プロセスマイニングとONAの理解が深まり、特に学習行動の役割に関する洞察が得られ、非常に参考になりました。本研究は、行動の特性に焦点を当てたLearning Tacticを分析していますが、複数のLearning Tacticを統合したLearning Strategyの分析にONAがどう活用されるかついても大いに興味があります。さらに、自己調整学習のプロセスの全体像をより高度的に把握するために必要な分析手法についても知りたいと思います。このように、異なる粒度での学習プロセス分析の展開は非常に興味深い点です。また、これらの分析結果がインストラクターなどの教育関係者にとってどのように学習環境の改善に役立てられるかについても、今後の研究の進展を楽しみにしています。山田研の研究として、学習プロセス分析はよく使われていますが、様々な手法があり、山田研の研究アプローチとして積極的に取り入れていくべきと感じております。

注:本掲載の図は、当該論文掲載の論文誌において「出典を明確に表示することで掲載可能」という条件に従い、掲載しております

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