九州大学 山田研究室

オーセンティック・ラーニングとは、どの程度までがオーセンティックなのか?

2024年05月09日

皆さん、こんにちは、学術協力研究員のカクです。

この記事では、今回の英語文献ゼミで取り上げた論文の内容と私の感想について紹介します。

論文タイトル: How authentic does authentic learning have to be?

論文誌:Higher Education Pedagogies

巻数とページ: VoL. 3, no. 1, 495–509

出版年:2018

著者名:Kate Roach , Emanuela Tilley and John Mitchell

以下は、論文に記載されている内容の概要になります。

本論文の中心は、高等教育、特に工学分野の文脈において、オーセンティック・ラーニングがどのように実現され、評価されうるかを調査することです。研究の目的は、学生がオーセンティック・ラーニングの学習体験をどのように受け止めているかをよりよく理解し、学位プログラムを通して問題解決型学習(Problem-Based Learning, PBL)を支援し、最大限に活用することです。

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の工学部は、学生に技術的知識を実践で活用する機会を増やすため、既存の学部カリキュラムを改革することとしました。この論文内で紹介されている授業は、技術・工学に関する知識を学びながらスキルやコンピテンシーの開発を支援するために設計された、一連のオーセンティック・ラーニングを適用したPBLを体験するプロジェクトの一つです。本研究では工学部の学部に在籍する学部生を対象に、第1学期に必修となっている「ザ・チャレンジズ」(The Challenges)と呼ばれるPBLに焦点を当てられています。PBLに焦点をあてる理由は、PBLは当初、専門的実践の経験をモデル化することによって知識を構築するために医学教育で使用されていましたためです。PBLの中核は、学生の自立学習、チームワーク、問題解決能力を促進することです。PBLには、単一分野の問題解決から学際的でオープンエンドな問題解決まで、さまざまな形態があります。設計に基づく問題は、工学教育におけるこの種のオープンエンド型PBLに特に適しています。

では、PBLにおける問題を、学生が将来職場で解決しなければならない問題に近づけるためには、どうすればよいのでしょうか。本論文の研究者たちはオーセンティック・ラーニングに焦点を当てています。

オーセンティック・ラーニングは職場実習に関する研究に由来し、学習は実践的な応用と統合されるべきであることを強調しています。この種の学習では、深い認知発達を促すために、学生が現実の、または現実に近い環境で知識を応用することが求められます。Barabら(2000)は、PBLとオーセンティック・ラーニングには重なる部分があるものの、すべてのPBLがオーセンティック・ラーニングであるとは限らないと指摘しています。そして、オーセンティックPBLには、学生にとってオープンエンドで、創造的で、探究に基づいた学習体験を提供できるものでなければならないと主張しています。

工学部では、オーセンティック・ラーニングを通じて学生の技術的知識と専門的スキルを向上させることを目的として、学部課程に様々なオーセンティック・ラーニングPBL活動を組み込んでいました。

「ザ・チャレンジズ」は、現実世界の問題と学際的なコラボレーションの組み合わせを通じて、学生の技術的能力、理論的知識、専門的スキルを向上させ、将来のキャリアに備えることを目的としたPBLです。「ザ・チャレンジズ」は、チャレンジ1とチャレンジ2の2つの5週間の演習で構成され、入学初日から1学期末までの間、学生はチームに分かれて問題を解決します。内容は下記2つになります。

チャレンジ1の内容:専攻分野に関連したもので、学生に新しい学部と選択した分野へのオリエンテーションを目的とした内容です。

チャレンジ2の内容:グローバルヘルスという広範な社会問題を中心とした、学際的な問題を解決する学習活動です。

研究では、「ザ・チャレンジズ」の評価質問に対する305名の学生の回答を分析するために、質的アプローチが用いられていました。評価の主な目的は、学生が「ザ・チャレンジズ」終了後にどのような学習目標を達成したか評価することです。

学生評価アンケート(student evaluation questionnaire: SEQ)は、「ザ・チャレンジズ」の最終セッション中、またはその直後にオンラインで実施されました。評価項目は、チェック項目と自由記述項目に分類されます。

まず、学生は達成できたと思う学習目標のそれぞれにチェックを入れる形になります。そして、学生は自由記述にも回答しています。自由記述問題に対する回答は、帰納的アプローチで分析していました。

分析の焦点は、SEQの中で学生が答えた以下の3つの質問に対する回答にあります。

(1)「ザ・チャレンジズ」のどこが一番気に入りましたか?

(2)「ザ・チャレンジズ」のチャレンジ1とチャレンジ2という2つの授業内容について何かがひとつ変えられるとしたら、それは何ですか?

(3)「ザ・チャレンジズ」を終えて、どの学習目標を達成したと思いますか?

分析した結果、「学習活動はオーセンティックだと感じています」は学生がこの授業を好む理由として最も頻繁に挙げられます。そして、多くの学生の回答が文脈上の知識に言及しており、大半の学生が「実際の職場環境」や「エンジニアが日々の仕事で行っていること」に言及した短い回答を寄せているが、一部の学生はより詳細な印象を述べ、「文脈上の知識」に関心を示しています。データにおける全体的な傾向は、課題に関連したオーセンティシティを圧倒的に支持しています。著者らは、学生たちはこのような現実問題が起こる実際の場所にいたわけではないが、教室での学習活動は、問題に遭遇し、議論し、分析し、解決し、成果を出すまでのプロセスを完全にシミュレートしていたため、学生の学習体験はオーセンティックだと推論しました。

以下は、私の感想になります。

最近、博士論文の構想を考える中でオーセンティック・ラーニングに関する論文を整理し、レビューしています。その中で、オーセンティック・ラーニングの定義がまだ曖昧であることに気づきました。どの程度の授業がオーセンティック・ラーニングとみなされるのでしょうか?という疑問があり、この論文を読んでみました。この論文から見えてくることのひとつは、オーセンティック・ラーニングにとって重要なのは、学生が教室で現実問題を解決するプロセスを経験できるようにすることです。残念なことに、この論文にはタイトルで書かれているような、「ザ・チャレンジズ」における学習問題や、学習活動がどのようにデザインされたのかが具体的に書かれていません。今後、オーセンティック・ラーニングのためにデザインされた授業の有効性を検証するような論文がもっと出てくるといいなと思います。

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