九州大学 山田研究室

コンピュータの学習ログから自己調整学習を分析する論文を読みました

2023年10月23日

こんにちは。
山田研究室M2の平田沙希です。
今回の英語文献ゼミでは、以下の論文を読みました。

タイトル:Effects of Internal and External Conditions on Strategies of Self-regulated Learning: A Learning Analytics Study (邦訳:内的・外的条件が自己調整学習ストラテジーに及ぼす影響―ラーニング・アナリティクス研究)
著者:Srivastava, N and Fan, Y. et al(他11名)
学会名:LAK2022, March 21–25, 2022, Online, USA, Pages 392–403, https://doi.org/10.1145/3506860.3506972

Learning Analytics and knowledge conference (LAK) 2022というラーニングアナリティクス研究の国際学会で発表された論文になります。
ざっくりと内容を説明すると、デジタル学習環境上の学習行動をトレース・データとして収集し、学習者がどのような自己調整学習ストラテジーを用いているかを分析する研究です。
また、検出した自己調整学習ストラテジーが、学習成果や学習内容に関する事前知識、学習モチベーション、足場かけと関連しているかが検討されました。

自己調整学習(SRL)とは、学習者自身が自分の学習をモニターし調節することで、学習を最適化するサイクルのことです。自己調整学習ストラテジーとは、学習者が学習を最適化させるプロセスを指します。

学習ストラテジー分析の手法として、研究者は伝統的に、アンケートや思考発話法を用いてきました。しかし、近年、より客観的なデータの収集方法として、デジタル学習環境上のトレース・データを利用されるようになりました。トレース・データは、さまざまな学習操作(例、ボタンを押した記録、キー/マウスの動き、視線分析など)が蓄積されたログであり、それらの流れを見ることで、学習者がどのような学習戦略を用いているかを知る事ができます。

本研究ではトレース・データから自己調整学習ストラテジーを分析する手法が提案され、エッセイライティング課題で収集されたデータに適用されました。なお、本研究で用いた自己調整学習理論モデルは、WinneとHadwinのCOPESモデルです。COPESモデルでは、デジタル学習環境において、学習者が自分の学習をモニタリング、管理、評価するサイクルが提示されています。そこでは、学習者の既有知識、学習モチベーションや足場かけなど外部の援助も、自己調整学習に影響するとしています。

そこで、本研究では以下のリサーチクエッション(RQ)が検証されました。
RQ1:エッセイ課題中に自己調整学習プロセスに基づくストラテジーとは何か?
RQ2:自己調整学習プロセスに基づく自己調整学習ストラテジーは、エッセイ執筆課題における学習成果をどの程度予測するか?
RQ3:学習者の既有知識、メタ認知的知識、モチベーションの状態、足場かけと、エッセイ執筆課題で使用した自己調整学習ストラテジーとの間に関連性はあるか?

参加者は、大学院のアカデミックライディングコースの受講者253人(分析対象は173人)で、実験は、最終課題である、マルチソースアカデミックライティング課題で行われました。

手順として、マルチソースアカデミックライディング課題の前後で、学習モチベーション、やライティング課題、学習ストラテジーを把握するための、事前・事後テスト及び質問紙を実施されました。ライティング課題では、2時間で、3つのトピック(AI、クラスの多様性、足場かけ)に関する文章を読み、それらの内容を基に、「2023年の学校教育」について200字-400字で論述します。

学習環境として、本研究では、実験用にMoodleベースの学習環境が開発され、参加者はこの学習環境でマルチソース・ライティング課題を行いました。学習環境は、カタログとナビゲーションエリア、読み物エリア、注釈、プランナー、タイマー、検索ツールを含むいくつかの学習ツール、およびライティングウィンドウで構成されました。

また、足場かけと自己調整学習ストラテジーの関係性を分析するために、学習環境に足場かけを設置され、その種類によって参加者は、 コントロール(CN)、ジェネラライズド(GE)、パーソナライズド(PL)の3つの群に分けられました。足場かけは、学習者の自己調整学習者をサポートするための機能があります(例、目標設定を促す質問の提示など)。CNグループの参加者は、足場かけを受けず、GEグループの参加者は、先行研究に基づく足場かけを、PLグループは、ユーザーモデルから生成された、個別のニーズに基づいた足場かけが提示されました。

トレース・データから自己調整学習を抽出するメソッドとして、先行研究に基づいたプロトコルを開発され、学習行動は全7つ(例:オリエンテーション、モニタリング)の自己調整学習行動に分類されました。例えば、学習課題を読んでいるときにハイライトやメモをした場合、GENERAL_INSTRUCTION<-> EDIT_ANNOTATIONとラベル付けされ、この学習行動のシーケンスはMC.Orientation(課題要件の方向づけ)という自己調整学習行動にマッピングされます。そこから、学習者の自己調整学習ストラテジーを検証するために、プロセスマイニングの手法により、一次マルコフモデル(FOMM)を生成されました。
また、SRLストラテジーと学習成果・既有知識との関連性を検証するために、各テスト(事前・事後)において単変量一元配置分析分散分析、クルスカルウォリス検定、カイ二乗検定などが用いられました

結果として、まずRQ1については、EMクラスタリングとエルボー法により、3つのクラスタ(3つのSRLストラテジー)が示されました。具体的には以下の3つになります。
① Strategy Group 1: Read First, Write Next(先に読解、次に記述)
→ 読解から徐々に文章の整理と精緻化に重点が置き換わっていく。
② Strategy Group 2: Read and Write Simultaneously(読解と記述の同時進行)
→学習者は読解とライティングを同時に進行している。つまり、読解資料とエッセイの間を行ったり来たりして、必要な情報を収集し、それを書き留めている。
③ Strategy Group 3: Write Intensively, Read Selectively(集中的に記述、適宜読解)
→ライティングの割合が高く、読解に割かれる時間が比較的少ない

RQ2(学習成果と自己調整学習ストラテジーの関連性)について、ANOVA検定により3つのSRLストラテジー間の事後テストの得点の差、及びKruskal Wallis 検定により各ストラテジー間の事前・事後テストの差分を検定したところ、いずれにおいても有意差は示されませんでした。

RQ3(事前知識・足場かけが自己調整学習ストラテジーに与える効果)に関しては、3つのSRLストラテジー間の事前得点の差についてANOVA検定を行った結果、有意な差は見られませんでした。また「コントロール」、「ジェネラライズド」、「パーソナライズド」の3つの足場実験条件における各ストラテジーの効果をカイ二乗検定した結果0.05の閾値では、統計的に有意な関連を示さなかった。

まとめると、本研究の成果として、デジタル学習環境上のトレイス・データを分析し、エッセイライティング課題において3つの自己調整学習ストラテジー(「Read First, Write Next」「Read and Write Simultaneously」 「Write Intensively, Read Selectively」)が特定されました。
一方で、既有知識及び足場かけ条件において、異なる自己調整学習ストラテジーを使用する学習者の間で有意差はないことが明らかになった。これに関して、本研究ではテクノロジーの問題により、各群の人数を統制しきれなかった問題点も存在し、これらの要素と自己調整学習ストラテジーとの関連性についての今後さらなる研究とエビデンスが必要であると結論づけられていました。

以下は私の感想になります。この論文は、トレイス・データから学習ストラテジーを分析する際の手法や統計について参考になると感じました。なぜなら、私自身が、デジタル学習環境からデータを収集し、学習者の学習行動を分析するという研究を行なっているからです。したがって、本研究で実践されていたような、トレイス・データから共通の自己調整学習ストラテジーをマッピングする手法はぜひ活用したいと考えました。一方で、本論文に対して疑問に思った点も存在します。その一例として、本研究では、自己調整学習ストラテジーと学習成果や事前知識、足場かけとの関連性が検証されていましたが、自己調整学習ストラテジーと足場かけ条件の相互作用が学習成果に影響を与えるのではないかと考えました。したがって、2要因の分散分析を用いて、「足場かけ」と「ストラテジー」の2つの要因から学習成果との関連性を見てみても面白いのではないかなと考えました。
論文を読み終わった後の、研究室内でのディスカッションでは、データから得られる学習行動をどのように自己調整学習プロセスにマッピングしているのかを論理的に説明する必要があるということ、さらに3つのストラテジーを説得力のあるものにするために、各ストラテジーを用いた参加者にインタビューして裏付けしてもいいのではないか、なぜそのような学習方法をとったのかを深掘りしてもいいのではないかという意見が出ました。

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