九州大学 山田研究室

ダッシュボードにおける社会的比較の効果: 外発的動機付けと学習成果の向上

2023年05月15日

皆さん、こんにちは、D3の耿学旺です。

この記事では、今回の英語文献ゼミで読んだ論文の内容と感想について紹介します。

論文タイトル:Social comparison in learning analytics dashboard supporting motivation and academic achievement
論文誌:Computers and Education Open
巻号:4
ページ:1-11
出版年:2023
著者名:Damien S. Fleura, Wouter van den Bos, Bert Bredeweg

新たな技術の普及に伴い、学習者と学習環境に関するデータ量は急速に増加しています。ラーニングアナリティクス(LA)は、学習データを理解して、学習に最適化する手段の1つとして挙げられます。LAのうち、ダッシュボードは、学習意識を引き出すため、学習データを整理して、1つまたは複数の画面に可視化して視覚的に表示するものと定義されています。ダッシュボードは、喚起された意識が自然に学習の調整につながるという前提で設計されるものが多いです。しかし、学習者が学習に関する認識をしても、必ず自己調整学習ができるとは限らないです。そのため、学習に関する認識を学習ストラテジーの使用や行動の変化に促すためには、学習者に動機付けが必要となります。

社会的比較は、学習者の動機付けに影響を与えるとされています。社会的比較は、他者と比較することで、個人が自分の能力やパフォーマンスについて正確な評価を生み出すことができるとされています。著者らは先行研究にて学習者は社会的比較の機能を備える「比較ダッシュボード」を使用して、もっと頑張ろうという気持ちを持つようになり、学習成果が促進されたことを示唆していると述べています。ただ、比較と言っても、社会的比較が動機付けに及ぼす影響は、さまざまな要素によって異なります。例えば、比較の方向としては、上方志向の比較(より良い人との比較)と下方志向の比較(より悪い人との比較)があります。下方志向の比較は、上方志向より自己改善へのプレッシャーを与えないものの、動機付けやパフォーマンスに負の影響を与える可能性があります。著者らはGerberら(2018)のメタ分析の結果を引用し、上方志向の比較に影響し得る3つの要素を特定したことを述べています。

1.比較対象が自分の社会的背景、年齢などの属性が似ているまたは親近感があると認識される場合、動機づけが強くなる
2. 比較対象と学習者自身との差の程度:著しい差異ではなくて、わずかに良い他者との比較は、より動機づけが強くて、学習成果にプラスの影響を与える
3.動機づけに及ぼす影響は、比較対象の数に反比例します。比較対象の数が多ければ多いほど、人は比較に興味を示さなくなる

以上を踏まえて、この研究は、適切で少ない数の比較対象とわずかな上方志向の比較の要素を取り入れた比較ダッシュボードについて、動機付け、メタ認知及び学習成果への影響を調査しました。

ダッシュボードの社会的比較機能では、学生と自分の成績の最も近い9名の学生(成績より高いか等しい)の現在の成績を表示します。また、ダッシュボードの目標志向機能では、学生の最終成績の予測を正規分布の形で示します。この比較ダッシュボードの影響を調査するために、著者らはオランダの大学の学部生に2回の比較実験を実施した。学生は無作為に実験群と対照群に割り当てられました。実験群の学生は学習管理システムからダッシュボードに自由にアクセスできます。一方で、対照群の学生はダッシュボードにアクセスできないです。具体的な実験と分析の詳細は下記の表に示します。

分析した結果、両実験とも、比較ダッシュボードが、外発的動機付けと学習成果を向上させたと著者らは結論づけています。一方で、メタ認知に対する統計的に有意な効果も、外発的動機付けの媒介効果も認められませんでした。これらの結果について、著者らは、把握できなかった何らかの方法で、学習者が学習行動を調整させた可能性があると推測しました。また、この研究の結果は、教材への関心の低い学習者に外発的動機づけを促すことが、認知的関与とその後の学習成果にプラスの影響を与えることを示唆していると著者らは説明しています。

以下、私からの感想となります。まず、自己調整学習において動機付けを影響する要因として社会的比較をダッシュボードに取り入れたという考え方は、ダッシュボードのデザインについて、とても参考になります。さらに、この研究の課題として、ダッシュボードの使用がどのような行動変化が引き出されたか、また、それが動機付けの向上とどのように関係しているのかが明らかではないという点について、自己報告法だけではなくて、行動レベルからダッシュボードの効果を評価することも重要だと感じました。今後の研究や教育実践において、社会的比較を含むダッシュボードの開発や適用に関して、有効的な使用方法を探求していくことが必要だと考えられます。

以上が、今回の記事の内容となります。社会的比較ダッシュボードが自己調整学習に与える影響に関する研究は、教育現場での指導や学習支援の方法に大きな影響を与える可能性があります。今後もこのような研究成果を活用し、自己調整学習への支援に取り組みを続けていくことが望まれます。

 

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