九州大学 山田研究室

VRによる臨場感は言語学習においてどのような効果があるのか?

2022年11月29日

皆さん、はじめまして。修士1年の李 瑭(リ トウ)と申します。

まずは、自己紹介を兼ねて、自分の研究について簡単に説明します。

私は立命館大学情報理工学部に在学し、大連理工大学と立命館大学の学士のデュアルディグリー(dual degree)を取得しました。立命館大学には、コンピュータグラフィックス(CG;computer graphics)研究室に所属し、専攻科目の授業で仮想現実(VR; virtual reality)に関する技術を勉強しました。それを通じて、VRに強い関心を持ち、大学院でVR関連の研究をしたいと思いました。

研究のテーマはVRを活用した日本語の擬情語学習支援システムを開発し、評価することです。日本に留学している外国人は当然として日本人と交流する必要があります。日本人とのコミュニケーションの中で、日本人は擬情語を使って気持ちを表現していることが多く、留学生にとって理解が難しい点でもあります。個人的な経験でも私が中国で習った日本語とは異なるところが多いなあと感じたことが擬情語に関係することでした。例えば、不快な気分を表現するとき、私は「怒っています」とか、「気持ちが悪い」と言いますが、日本人は「イライラ」などの言葉を使いますし、退屈やつまらなさを表現するとき、日本人は「ウンザリ」といった擬情語で感情を表すことが多いと思います。

「イライラ」、「ウンザリ」のような、感情や気持ちを表す擬情語と呼ばれるものです。擬情語がコミュニケーションに使われるとき、日本語母語話者としての皆さんにとってはすぐに理解できるはずですが、日本語を母語としない外国人には理解するのが難しいです。擬情語は、あまり説明しなくても意味が伝わるという特徴がありますが、文化的な違いから、外国人は日本人のように擬情語で直感的に理解することができず、さらに、他の言語に擬情語のような語彙が少ないため、訳語を見つからない場合もあり、意味を理解することが難しいです。そこで、私は外国人の日本語学習者が擬情語の意味を学習できるために、擬情語を表す感情を直接体験する(つまり、学習者に擬情語を表す感情を生み出させる)ことで、その意味を理解できるようにすると考えて、VR技術による擬情語意味の学習を支援するシステムを開発したいと思います。

VR技術が感情体験に役立つと考える理由として、VR技術によってもたらされる高い臨場感にあると考えています。臨場感は、「その場に身を置いている」という心理感覚を指し、高い臨場感が、強い感情反応をもたらすことができます。さらに、感情を生じる可能である現実のシナリオを参照し、仮想のシナリオを設計することで、特定の感情を生み出すことが実現できるとされています。これらをもとに、擬情語意味の学習を支援するVRシステムの開発と評価を行う研究を進めています。

今回の英語文献ゼミで、私は下記の論文を読んだので、ここに紹介したいと思います。

論文名:The impact of immersive virtual reality on EFL learners’ listening comprehension.
著者:Tai, Tzu-Yu & Howard Hao-Jan Chen
発行年:2021年
論文誌:Journal of Educational Computing Research, 59(7), 1272-1293

この論文を選択した理由は、2つがあります。1つは、言語学習におけるVR技術の活用に関する実証的研究であり、言語学習を支援する手段として、VR技術を検討する方法を知りたかったためです。もう1つは、VR技術がもたらす高い臨場感は言語学習へどのように行われ、どのような効果が得られたのか、また、どのような測定項目が用いられたのかを知りたかったためです。

この論文の内容について、ここで簡単に紹介します。

本研究では著者らはモバイルVR(Mobile VR: MVR)がEFL(English as a Foreign Language)学習者のリスニングに与える影響について調査しました。MVRは、「本格的な場所や状況に身を置いているような物理的な感覚を模擬しながら、現実的な環境を再現する3Dモバイルベースの仮想環境」を提供するものであり、Google Cardboard、Samsung Gear VRがMVRにあたります。MVRは、軽量、携帯可能、かつ何処でも使えるという利点を持ち、完全な没入感のあるVR体験を提供できるため、学校に最も適したVR技術として広く認められていると指摘しています。

言語学習の観点では、リスニングというスキルは、言語学習において極めて重要と見なされます。しかし、EFL学習者に対しては、リスニング能力の向上は困難なものと見なされ、コミュニケーション中に不安を引き起こすとされています。一方、言語教師が感じている言語教育における課題としては、いかにしてL2リスニングのための本格的なコンテキストを作り、学習者を実世界で起こりえるコミュニケーションのコンテキストに設定するのかということです。これらの課題を対処するために、MVRを活用することが有効であると先行研究レビューによって主張をしています。しかし、MVRによる特定のL2学習効果を支持する実証的証拠はまだ限られており、主にモチベーションと語彙学習に焦点を当てており、EFLのリスニング理解に対する効果についての研究は、まだ不足しています。この論文は、MVR(Mondly)とビデオ閲覧と比較することで、MVRがEFL学習者のリスニング理解に与える影響(特に臨場感の効果に関する影響)、およびMVRによるEFLリスニングの学習支援に対する認識を調査しました。

調査した結果、MVRはEFL学習者のリスニングの理解と記憶の保持に促進することがわかりました。また、MVRプレイヤーを通じたリスニング学習の効果は、MVRアプリが提供する臨場感に関わる主な要因となる、高い忠実な表現、仮想キャラクターとのインタラクション、オブジェクトを調べたり仮想環境を探索したりするための一人称視点によるものに関連すると考えられるとしています。これをもとに、著者らは、VRの活用がEFLのリスニング理解に対する促進効果があると結論づけました。一方、MVRに対する認識や態度について、多くの学習者は、MVRを使いやすく、操作しやすいと認識しており、MVRの携帯性を高く評価し、柔軟で便利な学習と認められているというポジティブな評価をしていました。しかし、少数の学習者は、さまざまな刺激に注意を奪われ、これほど多くの機能を同時に操作することができないために、リスニングの妨げを生じると報告しました。この知見により、MVRアプリを選択する一方で、言語教師は、学習者を過負荷にし、臨場感を阻害し、その結果、学習に悪影響を及ぼすことを避けるために、学習者とのインタラクションの程度と種類を慎重に検討することが必要としています。

この実証的研究によって、VRはリスニング能力の向上に役立つことが明らかになりました。また、VRは長期記憶の保持を役に立つことことができました。これらの知見により、VRは、言語学習における重要なツールになりえると考えます。私の研究においては、この研究の知見を踏まえ、単語の意味を学ぶことは理解だけでなく、単語の長期記憶につながるため、VRが長期記憶保持に有効であるという結論は活用できると考えています。一方、臨場感は学習者の学習に対する興味を促し、モチベーションを高めることが実現できると示唆されていますので、VRを使用するメリットは大きいように感じています。

しかし、この論文にはいくつかわからなった点があります。まず、この論文では、MVRの活用はリスニング理解に対する影響を検討することを目指していましたが、学習活動は、単にリスニング理解の活動を行うことだけではなく、特定の場面でリスニング理解とスピーキングが求められる学習活動を行いました。一方で、ビデオ閲覧群はスピーキングをする活動が入っていません。これだと対照群として適切だったのか?と疑問が残ります。VR中に他者の会話場面を見るということもできたと思うのですが・・・これだと臨場感というよりも、作り込んだコンテンツや機能によるスピーキングの効果もあったことは否定できないように感じました。現実的な行動を含めて臨場感というのかもしれませんし、それは臨場感を高める要素になるであろうと思いますが、研究としてVRという要素、学習行動などを含めて、臨場感というものは何であるのかを定義する必要もあると感じました。比較実験をする場合、機能の整理をし、何が適切な対照群となり得るのか、しっかり考えないといけないなと思いました。

ですが、私がVRを選択し、擬情語の学習支援をするシステム開発において、重要な知見を示しているものだと考えています。これを踏まえて、効果的な学習環境デザインを考えていきたいと思います。

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