九州大学 山田研究室

外国語教育研究における「妄想」と実験的評価

2011年09月01日

最近もまだ国内の外国語学習に関する研究ではこのような風潮があるのではないか?と思うようなことがありました。
「学習者にツールを与えるだけでは何もならない」ということです。

もちろん学習者の属性も影響するので、それがすべて言いきれるわけではないです。ただ、最近、語学教育にICTを利用しようと考える方々の中で、1つの誤解があるのではないかと思うのです。eラーニングでも携帯電話でも学習者に与えれば、学習者はやる気になるという「誤解」です。デジタルデバイスにもともと興味があるような子はどんどん触っていって、次第に勉強していくようなことがあるかもしれませんが、大半の大学生はそうではないと思います。

そういうものを与えられれば、最初はやるでしょう。新規性効果がありますから。しかし、次第に使用しなくなっていくでしょう。先日の学会でも携帯電話を使って、自律学習を促進するという旨の研究発表があったのですが、やはり結果として、やる気のある子はどんどん勉強をするが、やる気がない子はやらない、携帯電話でせっかく教材を提供してもやらないということが示されていました。

これは何も疑問がない、至極真当な話です。ツールを与えただけでは、動機付けにも何もならないということです。やる気がある子は何を与えても勉強はしますし、誰から何も言われなくても自分で学習することができる子が大半だと思います(もしかすると、そういう子は自分の学習スタイルができているので、ツールを与えられること自体を嫌がる可能性もあります)。「ツールを与えれば、学習者の動機付けにつながり、学習するようになる」というのは、私は「妄想」だと考えます。

しかし、ICTでなければできないこと、ICTがあれば楽になること、効果が大きくなることが予想されることは多くあります。ただ、ICTは、たかがツールです。それをどう利用するか、効果が出るようにコントロールするのは現場の教員(研究者)です。

外国語教育研究というのは、もちろん、「教育」と語っている以上、教育現場に研究成果を還元できるようにしなければなりません。研究フィールドも現場が多くなります。ですが、新しい何か、ここでいうとICTになりますが、そういうものが登場し、その効果を検証するためには、やはり実験的検証を行わなければなりません。教育工学では王道なのですが、(実験的評価→修正)×N回→実践評価というプロセスは重要だと思います。ソフトウェアを開発するときも似たようなプロセスです。

外国語教育に関する研究発表をご覧になられた方々も多いかと思うのですが、実践を重んじるばかり、要因統制があまりできず、ツールの評価といっても、ツールの評価になっていない、あべこべな結論になっているものも少なくありません。外国語教育の研究すべてがそうかというと、そうではありません。外国語教育と関連が深い応用言語学は1980年にApplied Linguisticsという論文誌が出版されて、今は大きな研究分野となりましたが、その頃はちょうど認知心理学という学問分野が現れれる時期で、応用言語学は認知心理学の研究知見とも加味して研究されることが多いのです。アプローチとして、当然、教室における授業、長期的な評価も行いますが、実験室実験も行い、要因間の検証を応用言語学は行っています。確かに「習得」というレベルで見ると、それは実践的に長期的にやらないといけない部分もあるとは思いますが、言語情報処理の過程や情意面の評価、アウトプットの比較評価という点では実験室的な評価でも相当な部分を検討することが可能だと私は考えます。応用言語学と外国語教育学とは少し違う研究分野にはなるのですが、重なっている部分があるこの分野にいる研究者や実践家が実験的アプローチを知らないわけではないのです。

コンピューターの登場、携帯電話の登場、最近はそれらデバイスを使って、ブログやSNSなどのソーシャルソフトウェアの教育利用が検討されてきています。それをいきなり実践評価するという研究発表もありますが、そもそもそれらの効果は何なのか、その効果を主張するための仮説は何か?ここの検討・検証がなく、研究が進められている感があります。特に外国語教育についてはそれが顕著だと、私はここ数年、外国語教育系の学会に参加して思います。これは日本だけか?と思っていましたが、そうでもないです。世界的に実験的アプローチが忘れられている?軽んじられているのだと思います。それゆえに「外国語コミュニケーションのツールで、マルチモーダルのツールを使用して、効果があった」とか言ってしまうのです。そのツールの何かよかったのか、悪かったのかという議論もなく。

外国語教育系の学会では、おそらく、今後も実践ベースの研究がメインになると思います。実践ベースの研究を否定するわけではないです。私は3年間、高校と大学で英語を教えた経験もありますので、実践評価の価値、重要性、また難しさも理解はしています。むしろ、実践ベースの研究がない教育研究はあり得ません。しかし、今、一度、実験室ベースの研究に立ち戻り、実践で利用したいツールの効果検証をしっかりするべきだと私は思います。

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