みなさん、こんにちは。
先日の英語文献ゼミで読んだ論文を紹介します。
論文名:Longitudinal interactions of L2 learners’ motivations and strategic behavior in strategies-based writing instruction: A self-regulated learning perspective
著者:Lin Sophie Teng、 Jia Wei、 Lawrence Jun Zhang
ジャーナル:AILA Review(Vol.37, No.2, pp.188–214)
出版年:2024年
DOI:10.1075/aila.24026.ten
1. 導入
この論文では、自己調整学習(SRL)方略に基づいたライティング指導の下で、英語を第二言語(L2)とする学習者の「動機づけ」と「方略的行動」が、時間の経過とともにどのように相互作用し、発達していくのかを追跡した縦断的な質的研究がされた結果について記載されています。研究対象は中国の英語専攻の2年生2名(高熟達者と低熟達者)であり、4か月間のコース期間中に3時点(T1, T2, T3)でデータが収集されました。この研究では、特にSRL方略の獲得・使用・転用のプロセスと、自己効力感、課題価値、目標志向の変化が検証した結果が報告されています。
2. 先行研究レビュー
SRLとL2ライティング
SRLは、学習者が「目標設定 → モニタリング → 評価 → 調整」というサイクルを自律的に回す枠組みであり、動機づけ・認知・メタ認知の統合体として理解されています。L2ライティングの研究では、自己効力感や課題価値、目標志向が、方略使用やメタ認知的調整を促進することが示されてきましたが、先行研究の多くは横断的研究であり、時間的変化や相互作用を十分に捉えられていないという問題が指摘されています。
期待–価値理論・目標志向理論
SRLと動機づけの関係を説明する理論枠組みとして、以下のものが用いられています。
• 期待–価値理論: 成功の見込み(expectancy)と課題価値(value)が、課題への努力量を決定する。
• 目標志向理論: 熟達目標(mastery)と遂行目標(performance)が、方略選択や努力配分に影響を与える。
しかし、熟練度の違いが、自己効力感や方略使用、学習成果の関係をどのように変えるのかは、未だ十分に検証されていないと著者らは主張しています。
SRL方略指導と動機づけの統合的な検証の必要性
形成的評価を組み込んだSRL方略指導は、課題価値や自己効力、目標志向の向上を促すことが報告されています。一方で、動機づけや方略使用、成果の「時間経過に伴う変化」や「足場かけ(scaffolding)が減っていく中での調整プロセス」を追跡した縦断的研究が不足していることが、先行研究におけるギャップとして挙げられています。本研究は、このギャップを埋めるため、授業実践と結びついた縦断的枠組みのもとで、動機づけ、方略、熟達度の変化を同時に追跡しています。
3. 研究の方法
参加者とコンテクスト
• 参加者: 中国の中堅大学の英語専攻2年生2名(高熟達者 Bin/低熟達者 Lei)。
• コンテクスト: EMI(English-medium instruction; 英語による授業)環境で、週1.5時間×16週のライティング授業。
• 指導モデル: 担当教員は、研究チームと協議の上、SRL方略を組み込んだ指導モデル(知識活性化→教師主導ディスカッション→モデリング→実践→支援付き実践→自律的遂行の6段階)に基づいて授業を再設計しました。
データ収集・分析
以下のデータが、3時点(T1: Week1, T2: Week9, T3: Week16)で収集されました。
• 半構造化インタビュー: 動機づけ要因(課題価値・目標志向・自己効力)とSRL方略に基づいた授業に対する評価。
• リフレクティブ・ジャーナル: SRL方略の理解・使用と動機づけの推移。
• 授業観察フィールドノーツ: 授業内での方略的行動。
4. 結果
低熟達者(Lei)
• T1: SRL方略の理解は断片的で、「成績向上」という外発的な課題価値が強く、EMI環境に時間的負荷を感じていました。方略の知識はあっても、執筆場面で活用できない状態でした。
• T2: TREE(英作文の構成の型の一つ)やグラフィック・オーガナイザーなどにより段落構成が可視化され、ピア協働も通して自己効力と課題価値が上昇し、授業の有用性を認識しました。
• T3: 足場が減ると計画段階で再び停滞し、方略の活用が進まず、表層的修正にとどまりました。失敗経験を能力の否定として捉えた結果、自己効力が低下し、遂行志向が強まり、方略使用が弱まるという後退が見られました。
高熟達者(Bin)
• T1: 授業に高い期待を持ち、評価目標と熟達目標を区別して設定していましたが、手続き的知識には不安を感じていました。
• T2: TREEを戦略的に使って計画段階で構成を確定し、チェックリストも「上位基準(論理・段落間)→下位基準(文法・語法)」という階層的運用が定着しました。ピア協働で他者に手順を説明することで、自身のメタ認知も高まりました。
• T3: 反論や再反論を追加するなど、自ら課題の「挑戦度」を上げることで価値を維持しました。成功経験を細かく言語化・記録することで、能動的関与と方略転用が安定して継続しました。
研究課題への回答
• RQ1: 授業への評価は、T2では両者とも高かったものの、T3では、高熟達者は価値づけを維持した一方で、低熟達者は負担感と自信低下により評価が後退しました。
• RQ2: 自己効力・課題価値・内発的目標志向はT2で両者とも上昇しましたが、T3では、高熟達者は挑戦度の再設計を通じて維持・上昇したのに対し、低熟達者は失敗を否定的に捉えたことで低下しました。
5. 考察
SRL方略に基づく明示的な指導は全体として肯定的に受容され、課題価値、目標志向、自己効力感を高めることが示されました。ピア協働や対話的活動、循環的な実践練習などの「社会的・メタ認知的足場かけ」は、認知的負荷や不安を軽減し、自己モニタリング・自己評価の実行を促進し、ライティングへの自信を強化しました。ただし、熟達度による違いが明確になりました。
• 低熟達者: T2で伸長が見られるものの、課題の複雑化や足場の減少によって努力の維持が難しくなる傾向がありました。
• 高熟達者: SRL方略の運用は成熟するものの、教授法が反復的になると価値認知が頭打ちになる可能性も示されています。
これらの課題への対応として、本研究では以下の点が提案されています。
• 学習者差を前提にしたシラバス設計。
• 「知識活性化→モデリング→支援付き実践→自律的遂行」を踏まえた足場の強度・タイミングの調整。
• チェックリストやガイド質問の階層化(論理→構成→文・語)。
• ピア協働における「支援する側/される側」の役割デザイン。
本研究の限界と今後の課題
本研究の限界点として、対象が英語専攻の学生2名のみというサンプルの小ささ、特定のライティング授業という文脈の特殊性、そして観察期間が4か月と長期とは言えない点などが挙げられています。
6. 感想
自身の研究テーマとの関連性の高さから、本論文を選定しました。L2ライティング指導における動機づけと方略の相互作用を縦断的に検証し、学習者を熟練度別に検証している点は大変参考になりました。動機づけや方略の変化を検証した上で、習熟度に応じた必要な足場かけなどが具体的に提示されている点は、SRLを統合したライティングの授業設計に実践的な示唆を与えるものだと考えます。
限界点としては、動機づけと方略の変化を検証するためのデータが、インタビューとリフレクティブジャーナルの自己報告型に限定されている点や、方略の検証が月に1回の教室観察に基づいている点が挙げられます。学習者の方略的行動は、タスクの内容(テーマなど)などに応じても変動する可能性があることから、今後の研究においては、学習者の成果物や行動ログといった客観的な指標を併用することで、より多角的な検証が可能となると考えます。
ゼミのディスカッションでは、本研究が質的な研究方法のみを採用した背景など、研究方法に関するクリティカルな意見交換が活発に行われ、研究の目的、リサーチクエスチョン、研究の方法が合致しているか、という基本軸をしっかり立てることの重要性を再認識する機会ともなりました。
文責: 田中早代




