九州大学 山田研究室

中等教育における自己調整学習プロセス―トレースデータのネットワーク分析(ENA)による可視化

2025年12月22日

みなさん、こんにちは。先日の英語文献ゼミで読んだ論文を紹介します。

論文名:Self-regulated Learning Processes in Secondary Education: A Network Analysis of Trace-based Measures
著者:Yixin Cheng, Rui Guan, Tongguang Li, Mladen Raković, Xinyu Li, Yizhou Fan, Flora Jin, Yi-Shan Tsai, Dragan Gašević, Zachari Swiecki
発表年:2025年(LAK 2025, ACM)
DOI:10.1145/3706468.3706502

1. 導入と理論的背景
自己調整学習(SRL)とは、「認知・メタ認知・動機づけ・感情・行動を含む循環的で活動的なプロセス」(Zimmerman & Schunk, 2011)とされており、この論文では、SRLが中等教育(Secondary Education; SE)における学業成績や個人的発達にとって重要であるという観点が示されています。SEの学習者の中には、学習を効果的に管理し、高等教育(Higher Education; HE)への移行に備えるための知識・スキルが十分でない可能性があるとも述べられています。
SRLを説明する枠組みとしては、予見・遂行・内省のフェーズを含むマクロレベルの循環モデルが広く用いられてきましたが、従来の測定は自己報告型の質問紙や思考発話プロトコルに依存することが多く、プロセスを誘発してしまう可能性や意識化の限界、回想の不完全さといった課題が指摘されています。それらの課題に対し、この論文ではトレースデータの活用可能性が提示されています。Bannert(2007)の枠組みに基づき、SRLを認知・メタ認知・動機づけのプロセスへ細分化し、コンピュータベース環境の記録からSRL行動に関する洞察を得るアプローチが有用であると述べられています。

2. 先行研究と研究課題
この論文では、トレースデータを用いたSRL研究は理論・技術面で進展している一方で、SEの文脈でSRLプロセスを系統的に測定する研究が不足している点がギャップとして挙げられています。また、トレースデータでSRLと成績を関連づける研究の多くはHEを対象としており、SEに適用できるとは限らない(中学生と大学生では認知・メタ認知的方略が異なる可能性がある)とも述べられています。したがって、この論文では、デジタルライティングプラットフォームを用いたライティングタスクに取り組む学習者のSRLプロセスを測定し、成績上位者・下位者の差や、SEとHEの差を比較することが目的とされています。研究の問いは次の3点です。
• RQ1:SEにおいて、どのようなSRLプロセスが一般的で、成績上位者と下位者でどの程度異なるか
• RQ2:HEにおいて、どのようなSRLプロセスが一般的で、成績上位者と下位者でどの程度異なるか
• RQ3:教育コンテキスト(SE vs HE)間でSRLプロセスはどの程度異なるか

3. 研究の方法
3.1 実験デザインと参加者

この論文では、同一の課題を、“FLoRA”というライティングプラットフォームで実施した2つの研究(2023年実施)を比較する設計が採用されています。SE条件はオーストラリアの2つの中学校から66名(12〜15歳、平均13.44歳)で、課題時間は45分に短縮され、リーディング資料とルーブリックは簡略化されています。HE条件は中国の公立大学から59名(平均22.63歳)で、課題時間は120分とされています。
トレースデータは大規模で、SE条件で合計547,812イベント(平均8,300イベント/セッション)、HE条件で合計1,329,882イベント(平均22,540イベント/セッション)が記録されました。

3.2 SRLプロセスモデリングとENA
SRLプロセスのコード化は、Bannert(2007)のSRLフレームワークに基づき、理論駆動型とデータ駆動型を組み合わせた反復的アプローチによりラベル付けされたと説明されています(7つのSRLコード:Monitoring, Evaluationなど)。
この論文ではエピステミック・ネットワーク分析(Epistemic Network Analysis, ENA)という手法が採用されています。ENAとは、データ内で特定の概念(コード)がどのように共起(同じ文脈内で一緒に現れる)するかを測定し、その関連性のパターンをネットワークモデルとして可視化する分析手法です。ノード=コードに対応し、エッジ=コードの共起頻度を表すとされています。
ENAの設定としては、各参加者が個別のネットワークとして表現され、ウィンドウサイズはすべてのモデルで50イベントに設定され、ENAスコアの比較には、共変量(事前テストレベルなど)を統制した回帰分析(M1, M2, M3)が用いられたと述べられています。

4. 結果(ENAにもとづくSRLプロセス)
4.1 RQ1:中等教育(SE)

SEの全体的傾向として、Orientation、Re.Reading、Elaboration.Organisationの間に強い接続が見られたと報告されています。注目すべき点として、SE条件ではEvaluation(自己評価)コードがデータに一度も出現せず、接続も存在しなかったとされています。成績別では統計的に有意な差があったとされ、上位者はRe.ReadingとElaboration.Organisationの間の接続がより強く、資料を再訪し、精緻化を通して新しい知識と統合する反復的な情報処理に従事する傾向が示唆されています。一方、下位者はOrientationとElaboration.Organisationの間の接続がより強く、課題指示やルーブリックをライティングの指針とすることへの依存が示唆されています。

4.2 RQ2:高等教育(HE)
HEでは、First.Reading、Re.Reading、Elaboration.Organisation、Monitoringの間で強い接続が見られ、SEと比べてより豊かで多様なSRL方略のセットが示唆されたと述べられています。成績別でも統計的に有意な差があり、上位者はFirst.ReadingとMonitoringの接続がより強く、最初の読解中に理解を積極的にチェックするなど、より戦略的なアプローチをとったと報告されています。下位者はRe.ReadingとEvaluation/Monitoring/Elaboration.Organisationの間でより強い関連性が見られ、初回の読み込みで理解に困難があり、内容を何度も確認する必要性が示唆されています。

4.3 RQ3:教育レベル間(SE vs HE)
教育レベル間の比較では、HEの学習者はMonitoringやEvaluationを含むプロセスにより深く関与しており、より強力なメタ認知的自覚と自己調整能力が示されたとされています。対照的に、SEの学習者はOrientationとElaboration.Organisationの接続がより強く、課題指示とルーブリックを理解し、それを作文の指針とすることに依存している可能性が示唆されています。さらに、これらの結果は、メタ認知スキルが年齢や教育環境の複雑さに伴って洗練されるという知見とも一致すると述べられています。

5. 考察・結論・教育的示唆
この論文では、SEにおいてEvaluationプロセスが完全に欠如していた点が重要な示唆として扱われています。自己評価はSRLの重要な構成要素であり、自己評価と学習成果の間には正の関係があるという先行知見を踏まえると、SE段階で潜在的なギャップが存在する可能性があると論じられています。また、ルーブリックを含めたにもかかわらず期待通りに自己評価が促進されなかった点から、将来の研究では、ルーブリックより効果的であるとされるスクリプト(足場かけの質問)などのツール設計を検討すべきだと述べられています。
測定方法においても含意が示されています。トレースデータにもとづく結果は、思考発話プロトコルを用いた先行研究が、「上位者と下位者で一般的メタ認知スキルに有意差がない」と報告したのと対照的に、有意な差を明らかにしたとされています。トレースデータは、自己報告や思考発話では捉えにくいメタ認知的方略への関与の微妙な違いを特定し得る、より客観的かつ連続的な測定を提供すると位置づけられています。これらを踏まえ、SEの学習者に対してMonitoringやEvaluationを促す足場かけツールや教師研修プログラムを設計する必要性が強調されています。

6. 研究の限界
この研究における限界は、下記の4点であると述べられています。
1. SE(45分)とHE(120分)で課題時間が異なるため、教育レベル差の比較(RQ3)が複雑になる点
2. グループレベルの比較に焦点が当たっているため、SRLの自己調整的性質に関わる個人差を見落とす可能性がある点
3. SEからHEへの移行が急激な変化なのか発達プロセスなのかが不明である点
4. SEの文脈で同様の先行研究が乏しく、比較や文脈化が制限される点

7. 感想
以下、論文を読んだ感想です。
本論文を選定した理由は、今後、ENAを取り入れた研究を進めていきたいと考えており、SRLに関わるENAを適用した先行研究のレビューを行うためです。この論文では、大規模なトレースログを分析対象とすることで、思考発話プロトコルなどでは捉えきれない学習過程における細かなメタ認知的行動の差異が抽出されており、データ駆動型アプローチの有用性を改めて認識しました。
一方で、中等教育と高等教育で課題時間が45分と120分と大幅に異なる点は、SRLプロセスの比較に影響を及ぼしている可能性が高く、結果の解釈には慎重さが求められると感じました。また、ENAはSRLプロセスの共起パターンを可視化する上で有効であるものの、学習者がどの資料をどのように読み、どの情報を文章に統合したのかといった質的側面を扱うことはできません。そのため、以下のような分析を組み合わせるアプローチが有効であると考えました。
・どの資料の情報を引用・統合したのかなどを明らかにするための英作文の内容分析
・モニタリングや自己評価などの学習行動が、実際にどのような修正につながったのかを把握するための修正履歴の分析
これらを組み合わせることで、共起ネットワークの構造的理解に加えて、学習者の認知的・メタ認知的判断の根拠をより詳細に分析できると考えます。今後は、このような多面的な分析手法を自身の研究にも取り入れて参りたいと思います。

文責: 田中 早代

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