みなさん、こんにちは。博士課程2年の田中です。この記事では、先日の英語文献ゼミにて読んだ論文を紹介させていただきます。
論文タイトル: Leveraging Process-Action Epistemic Network Analysis to Illuminate Student Self-Regulated Learning with a Socratic Chatbot (ソクラテス式チャットボットを用いた学生の自己調整学習を明らかにするためのプロセス・アクション型エピステミック・ネットワーク分析)
著者: Joel Weijia Lai, Wei Qiu, Maung Thway, Lei Zhang, Nurabidah Binti Jamil, Chit Lin Su,
Samuel S. H. Ng, Fun Siong Lim
掲載誌: Journal of Learning Analytics (2025 年)
1. 背景と先行研究
ラーニング・アナリティクス(LA)は、学習プロセスを理解し、教育環境を改善するために幅広く用いられている手法です。この分野では、学習者が学習のプロセスにどのように関与しているかを明らかにすることに焦点が当てられています。本研究で注目する「自己調整学習(SRL)」とは、学習者が目標達成に向けて、自らの学習環境や行動、方略を能動的に管理する過程を指します。SRLは、学業達成やメタ認知、自己効力感、動機づけ、さらには感情的レジリエンスなどに肯定的な影響を与えることが先行研究により示されています。また近年では、SRLを固定的な段階モデルではなく、状況に応じて変化する「動的・適応的なプロセス」として捉える傾向が強まっています。
現代の教育現場では、学生が生成AIを活用して学習する機会が急速に増えていますが、これが学生のSRLにどう影響するかはまだ十分に検証されていません。学生はAIとの対話の中で、質問や確認、理解の修正などを流動的に行うため、効果的な学習を実現する上でもこのSRLの観点が不可欠となります。そこで本研究は、学生と生成AIチャットボットとの対話データをSRL理解の手がかりとして捉え、その特徴を検証することを目的としています。
2. リサーチ・クエスション
生成AIは個別化された支援に大きな可能性を持ちますが、既存研究ではAIとの相互作用をSRLの観点からどう分析できるかが十分に検討されていません。このギャップを踏まえ、本研究では以下の2つの研究課題(RQ)を設定しています。
RQ1: 教育用チャットボットとの会話を、SRLの観点からどのように処理・分析できるか。
RQ2: 学生の能力水準、および学習成果の伸びの違いによって、チャットボットとの相互作用にはどのような共通点・相違点があるか。
3. 研究の方法
チャットボットの開発:
本研究では、問いを返して学生自身に考えさせる「ソクラテス式問答法」に基づくチャットボット(GPT-4ベース)を使用しました。学生がAIに依存せず、自ら考えて学習を調整することを促す設計です。授業内容の知識ベースや過去の会話履歴を参照し、学生の質問を段階的に分解してフォローアップ質問を行います。
実験の手続き:
大学初年次レベルの統計学入門クラスに参加した学部生34名を対象に実施されました。3週間のブレンド型授業(第1週は対面、第2・3週はオンライン。動画教材の視聴とチャットボットの活用)で行われ、全体の流れは「事前テスト → 3週間のチャット利用 → 事後テスト」で構成されています。
SRLフレームワークとコード化:「プロセス・アクション・フレームワーク」
収集された会話ログは、先行研究の「プロセス・アクション・フレームワーク」(Lai, 2024)に基づき、SRLの4つのプロセス(Defining / Seeking / Engaging / Reflecting)と、それに紐づく9つの具体的なアクション(目標設定、理解確認、情報整理など)に分類してコード化されました。
ネットワーク分析の手法:
分析には、コード間のつながりを分析する「ENA(エピステミック・ネットワーク分析)」と、行動の順序まで区別して分析できる「ONA(順序付きネットワーク分析)」が用いられました。これらを用いて、事前テストに基づく「能力群(A1/A2)」およびテストの伸びに基づく「伸び群(G1/G2/G3)」ごとに比較分析を行いました。
4. 結果と考察
事前・事後テストの比較により、学生の得点は有意に向上しており、大きな効果量が確認されました。会話ログ(全6,716行)をコード化した初期のコード分布では、チャットボットの設計を反映して「理解や答えを確認する行動(E. RV)」と「情報や説明を探す行動(S.S)」が多く出現しました。これらのデータを基にしたネットワーク分析から、グループごとに以下の特徴が明らかになりました。
事前テストにおける能力水準別の違い(A1群: 低いスコア群 vs A2群: 高いスコア群):
A2は、目標設定(D.G)、理解確認(E. RV)、情報整理(E.O)などの行動が相互に強く結びついており、A1よりもより複雑な学習行動を示しました。単に知識を得るだけでなく、何を学ぶべきかを管理し、情報を体系化する傾向が見られます。
一方、A1は、情報探索(S.S)に偏る傾向が見られました。順序分析(ONA)では、A1において「確認した後にまたすぐ情報を探す(E. RV → S.S)」という移行頻度が、「情報を探した後に確認する(S.S → E. RV)」に比べて約2倍多く、反応的な行動パターンであることが示されました。この結果から、初期能力の低い層には、情報提供だけでなく、目標設定や情報整理へと導くような「足場かけ(誘導)」が必要であると筆者らは述べています。
事前から事後テストの伸びによる群間比較(G1: 伸び小、G2: 伸び中、G3: 伸び大):
ONAによる分析の結果、G1とG2、G2とG3の間には有意な差が見られましたが、G1とG3の間には有意差がありませんでした。これはG3の多くがもともと伸びしろのある低能力層であり、G1の多くが天井効果に近い高能力層であったためと解釈されています。
大きな伸びを示したG3(および共通の特徴を持つG1)は、情報探索と確認の往復(S.S ⇄ E. RV)や、例を求める・練習する行動(E. RH)が強く見られ、基本概念を質問して応答を確認し、さらに例を求めるような相互作用を行っていました。一方で伸びが中程度だったG2は、問題同定と確認の往復(D.I ⇄ E. RV)が目立ち、これは課題の質問をそのまま入力して回答を確認するだけの、受動的な傾向があったと解釈されています。
これらの結果は、SRLが「目標設定→遂行→自己省察」のように固定された順序ではなく、状況に応じて流動的に行き来するプロセスであることを示しており、チャットログがその動的側面を捉える有用なデータ源になることを裏付けています。また、チャットボットの設計そのものが学生のSRL行動を誘発すること、およびLAの観点からリアルタイムにログを把握することで個別化された支援を行える可能性が示唆されました。
5. 結論と限界点
結論: 生成AIとの会話ログを「プロセス・アクション・フレームワーク」で適切にコード化し、ONA等を用いることで、学生の能力や伸びに応じた流動的なSRL行動のネットワーク構造の違いを可視化できることが示されました。会話ログを単なる利用記録ではなく、SRLを分析するための学習データとして活用した点に意義があります。
限界点: 限界点としては、サンプルサイズが34名と小さい点、統制群がないためチャットボットの効果を因果的に断定できない点、そして学生側の発話のみを分析しており「チャットボットの応答の分析」が含まれていない点が挙げられています。
感想
本論文では、学生とチャットボットとのインタラクション(対話ログ)をSRLの“process-action framework”に基づいて分類し、さらにENAやONAにより行動のつながりや順序を分析している点が大変勉強になりました。特に、学生の成績や学習成果の伸びによって、チャットボットとの関わり方が異なる可能性を示している点は、生成AIを用いた学習支援を考える上で重要であると感じました。
一方で、データをSRLコードに分類する際には、判断が難しい部分もあると感じます。学生の発話が、単なる確認なのか、あるいは理解のモニタリングや自己評価なのかは、文脈によって解釈が分かれる可能性があります。コーディングの基準などを明確化・透明化することが重要であると考えました。また、学生の発話だけでなく、チャットボット側の質問や応答も分析対象に含める必要があると考えました。学生の回答はチャットボットの促しに左右される可能性があるため、学生の発話だけを分析すると、それが自発的なSRL行動なのか、あるいは、チャットボットへの反応なのかを区別しにくい可能性があるためです。さらに、チャットの総数や利用頻度も示されていると、群間比較の結果をより解釈しやすくなると感じました。本研究における、学習行動をSRLの観点から意味付ける方法論などを、自身の研究に活用していきたいと考えています。




