九州大学 山田研究室

高校生は英語ライティング学習にAIツールをどのように活用しているのか?

2025年06月16日

みなさん、こんにちは。田中です。
先日の英語文献ゼミで読んだ論文を紹介いたします。

論文タイトル: English as a foreign language (EFL) secondary school students’ use of artificial intelligence (AI) tools for developing writing skills: unveiling practices and perceptions
ジャーナル: Cogent Education
出版年: 2025年
著者: Maha B. Alghasab

本研究は、外国語としての英語(English as a foreign language; EFL)を学ぶクウェートの高校生69名を対象に、ライティングスキル向上のためのAIツールの利用実態と学習者の認識を調査することを目的としています。

1. イントロダクション・研究目的
近年、英語教育においてAIライティングツールの導入が進み、学習者のライティング能力への影響が注目されています。特にEFLにおけるライティングは複雑なスキルであり、AIツールは社会文化理論(Sociocultural Theory; SCT)における足場として、計画・生成・修正といったライティングの各段階を支援する可能性があります。AIツールは語彙・文法の強化や自己調整学習の促進に寄与すると期待される一方で、剽窃やAIへの過度な依存による思考力低下、創造性の阻害といった懸念も指摘されています。
本研究は、AIツールを一律に規制するのではなく、学習者の利用実態を把握し、教育的かつ倫理的に授業に組み込む指導方針の構築が重要であるとの問題意識に基づき、以下の問いを調査しました。
1. 中等教育の学習者によって一般的に使用されているAIライティングツールは何か。
2. それらのツールは、学習者のライティングスキル向上のためにどのように使用されているか。
3. AIライティングツールの使用がライティングスキルに与える影響について、学習者はどのように認識しているか。

2. 先行研究
本研究は、SCTの観点からAIツールの教育的意義を捉えます。SCTの概念である最近接発達領域(Zone of Proximal Development; ZPD)と媒介を通じて、AIツールが学習者の認知活動を支援する「道具」として機能すると説明します。AIツールは、文法・語彙の訂正提案、自動フィードバックなどを通じて、学習者のZPDを支援し、自律的な学習を促進します。
実証研究では、Grammarly、ChatGPT、Google翻訳などが、言語的正確性や語彙の多様性向上、自己訂正能力の育成に寄与することが報告されています。特に自動ライティング評価や自動ライティング訂正フィードバックツールは、リアルタイムでの修正提案を通じてインタラクティブな学習を可能にします。しかし、AIのフィードバックの不正確さ、一時的な効果、AIへの過度な依存による創造性や批判的思考の抑制、学術的誠実性に関する懸念も指摘されています。

3. 研究方法
クウェートの中等教育機関のEFL学習者69名を対象に、オンライン質問紙と半構造化インタビューを用いた混合研究法を実施しました。質問紙はAIツールへの理解度、使用実態、ライティングスキルへの影響などを測定し、インタビューは生徒の具体的な使用状況や認識を深掘りするために行われました。データは記述統計とテーマ別分析により分析されました。

4. 結果
・AIツールの利用実態

最も広く使用されていたツールはGoogle翻訳(81%)、次いでGrammarly(65%)、ChatGPT(50%)でした。生徒は、これらのツールを選択する際に、使い慣れていることや複数のデバイスからのアクセスしやすさ(アクセシビリティ)を重視していました。
生徒は平均3.75種類のAIツールを認識しており、ライティングの各段階(プレライティング、執筆、ポストライティング)において、情報収集、アウトライン作成、語彙選択、文法チェックなど、目的に応じて補完的に活用していました。

・ライティングスキルへの影響に関する認識
AIツールの使用は、ライティングスキルに中程度の影響を及ぼしていることが示唆され、生徒の見解は肯定的な側面と否定的な懸念の双方を含んでいました。特に、生徒の多くは以下のような懸念を表明していました。
1. 長期的依存: AIに頼ることで独立したライティング能力の発達が妨げられる可能性があること
2. 創造性: AIが提案する情報が限定的であるため、自力でのアイデア生成を阻害すること
3. 学術的誠実性: AIの使用が不正行為とみなされる可能性に対し不安を感じること
また、一部の生徒は、試験環境への対応や批判的思考力の維持といった観点から、AIツールの使用を意図的に避ける傾向も示していました。

5. 考察と結論
本研究の結果は、AIライティングツールがSCTにおける「足場」として、学習者のライティングプロセスを媒介し、書き手としての発達を支援していることを示唆しています。特にGoogle翻訳、Grammarly、ChatGPTは、学習者のZPD内での自己訂正や構成改善に貢献しています。
一方で、多くの生徒はAIによる即時的支援を肯定的に評価しながらも、長期的なライティングスキル発達への懸念や学術的誠実性の維持に関する課題を認識していました。このことは、AIの利点を享受しつつも、従来の指導法とのバランスを考慮した教育設計の必要性を示唆しています。教師は、AI活用と伝統的指導法を適切に統合し、批判的思考や学術的誠実性を育むバランスの取れた支援を提供することが求められます。
本研究の限界としては、参加者数が小規模であるため、得られた知見の妥当性に限界があること、自己申告データへの依存、ライティング能力への長期的影響の未検証が挙げられています。

6. 感想
本研究を選んだ理由は、自身の研究テーマとの関連性が高く、先行研究として有益な知見を得られると考えたためです。今後実施を予定しているインタビューデータの収集・分析方法を検討する上でも参考になりました。EFL学習者のAIツールに対する認識を把握することは、教育実践者として授業設計をする上で重要であり、ライティング学習におけるAI活用法を検討するためにも本研究は有益でした。
K–12段階の学習者がAIツールの利便性を認識する一方で、ライティング能力の長期的な成長に対して不安や懸念を抱いている点は注目すべきであると感じます。本研究では詳細に言及されていませんが、具体的にどのような文脈(例: プレライティングにおけるアイデア生成、修正段階での文法訂正など)での使用において懸念を抱いているのか、背景をより深く探る必要があると考えます。

また、本研究の課題としては以下のものが挙げられます。
1. AIツールの使用効果に関する評価が自己申告に基づく主観的データのみに依拠しており、実際のライティングスキルの向上との因果関係を直接的に検証していない点。事前・事後テストなどを取り入れた客観的データを併用することで、より信頼性の高い知見を得られることが期待されます。
2. 「ライティングへのAIツールの活用」と記載されてはいるものの、具体的なタスクの内容が明示されていない点。AIツールの選定や活用法は文脈によって多様であるため、タスクの種類(例: 授業外での英作文の課題、授業中のアカデミック・ライティングなど)や実施状況に関するデータも収集することで、より精緻な分析が可能になると考えます。
3. 対象がYear 10〜12の生徒であることを踏まえると、学年ごとに課されるライティング課題の性質や難易度、学習者のAIツールの使用経験などにも差があるため、調査対象者の学年に応じた分析も課題です。
今後、本研究で得られた知見を発展させるような研究を進めて参りたいと思います。

文責: 田中早代

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