九州大学 山田研究室

児童生徒はゲーム中にどのようなプロセスで問題解決に挑んでいるのか?

2025年06月09日

皆さん、こんにちは。
この記事では、今回の英語文献ゼミで読んだ論文とその感想について紹介します。

論文タイトル:Uncovering students’ problem-solving processes in game-based learning environments
ジャーナル: Computers & Education
出版年:2022
著者名: Tongxi Liu , Maya Israel

本研究は、ゲームベース学習環境において生徒が対面する問題解決プロセスを解明し、教育現場の個別化支援策につなげることを目的としています。従来のテストや自己報告をもとにした調査では、学習者のリアルタイムな認知活動を捉えることが困難であり、大規模な実装に多大な時間的コストが伴うという問題点もありました。一方、デジタルゲームは詳細なログデータを大量に生成するため、生徒の試行錯誤や戦略選択などのプロセスを可視化するポテンシャルを秘めています。
本研究では、教育用のゲームである「Zoombinis」の中のパズルゲーム中での学習者の行動に着目し、連続型隠れマルコフモデル(Continuous density Hidden Markov Model:CHMM)とシーケンスマイニングを統合した手法を提案しています。リサーチクエスチョンは以下の通りです。
1. Zoombinisにおいて、どのようなデータマイニング技術を適用すれば、生徒の問題解決プロセスを定量的に明らかにできるか?
2. 生徒はどのように試行錯誤から解決策の一般化へとプロセスを発展させるのか?

理論的背景と先行研究として、問題解決は未知の課題に対し情報の探索・統合・変換を行う認知活動とされ、数学・科学教育領域では「デコーディング」「表象化」「処理」「実装」の四つのフェーズで論じられてきました。
ゲームベース学習に関する先行研究では、ゲームにおける繰り返し試行とフィードバックが学習促進に関与すると提唱されてきました。特に、試行錯誤を経て効率的戦略を適用し、複数の問題を通じて解法を一般化するプロセスが鍵であると示唆されています。
本研究における生徒の問題解決行動として、「試行錯誤」「系統的テスト」「解決策の実行」「解決策の一般化」の四つのフェーズを設定しました。これらはそれぞれ無計画試行、順序的にテストする、一面または全次元での解法提示、反復によるパターン抽出と定義しました。

研究の方法として、地元の学校および課外プログラムから募集した3~7学年(8~12歳程度)の生徒30名を対象に、Zoombinisの中の「Pizza Pass」というゲームモードをプレイしてもらいました。1時間のテストプレイを行ったほかは外部支援は一切行わず、全ログを取得しました。
Zoombinisは、各試行ごとに生徒ID、タイムスタンプ、選択・除去などのゲーム中のアクション情報を詳細に記録します。これらの行動から、先行研究に基づき全試行を前出の4フェーズにラベル付けしました。

データ分析手法として、「連続型隠れマルコフモデル(CHMM)」により多変量ガウス混合モデルに基づき、初期確率・遷移行列・観測分布パラメータを推定しました。各試行の対数尤度を4フェーズのモデルで比較し、最大尤度(尤もらしい値)を示すフェーズを同定しました。
次にシーケンスマイニングにより、全906試行の選択/除去アクション系列を符号化し、PrefixSpanで頻出の配列を抽出しました。これにより、「1つずつ試す」「追加する」「ふるい分ける」の三大戦略パターンを定量的に把握しました。

CHMMでの分析結果として、最頻出の行動パスは「試行錯誤 → 系統的テスト → 解決策の実行 → 解決策の一般化」であることが明らかになりました。この経路は、初期の探索から計画的検証を経て解法を試行し、最後にパターンを汎化するという典型的プロセスを示しています。また、一部の生徒は「系統的テスト」から直接「解決策の一般化」へ飛躍的に移行するケースも観察され、個別の問題把握度や論理構築力の違いが影響している可能性が示唆されました。
シーケンスマイニングによる戦略パターン抽出結果として、以下の三大戦略パターンが定量的に確認されました。
・「1つずつ試す」:無計画な選択を減らし、効率的に解決策の実行へ移行するための基本戦略。
・「既正解要素を固定して新しい1つを加える(追加する)」:解決策の一般化を促進するキー戦略として、複数の次元を順次検証する際に有効。
・「全要素を配置後に除去して絞り込む(ふるい分ける)」:系統的テストから解決策の実行への架け橋として機能し、解決策一般化への足がかりを形成。
これらのパターンは各フェーズでの生徒支持度(s-support)と試行頻度(i-support)に基づきランキング化され、特に「1つずつ試す」は「解決策の実行」フェーズへの貢献度が最も高いことが示されました。
また、CHMM推定結果を用いて生徒ごとのフェーズ滞在時間を比較したところ、効率的に次フェーズへ移行した生徒群と長時間「試行錯誤」にとどまった生徒群とで明確な差異が認められました。前者は平均試行回数が約12.3回、後者は約25.7回と、大きな開きがあり、戦略の早期適用が全体の学習効率向上に寄与することが示唆されます。また、男女間や学年間での有意差は見られなかったものの、ゲーム慣れの有無や論理的思考スキルが進展速度に影響を与えている可能性があります。

結果の考察として、CHMMは多次元ログデータから可視化困難な問題解決フェーズとその遷移確率を定量的に推定し、生徒が「どこでつまずき」「どこで着実に進展したか」を明示的に可視化できる点で教育データ活用に大きな貢献をもたらすと考えられます。また、戦略パターン抽出と組み合わせることで、ゲーム内で生徒が自律的に用いる成功パターンを特定しやすくなります。これにより、アダプティブラーニングシステムで「ふるい分ける」や「追加する」といった戦略が必要になるタイミングで足場かけを自動提供するようなシステムの設計につながります。
例えば、「試行錯誤」から抜け出せない生徒には具体的かつ段階的なヒントを与え、「系統的テスト」フェーズへ誘導する・「追加する」戦略が一般化を促進する点を活かし、パズル設計段階で意図的に部分的フィードバックを多段階提供する。などの授業デザインへの考慮が考えられます。

以下は私の感想になります。
ゲーム中の学習行動をどのように分析することで学習者の行動を評価できるのか、特に教科の学習ではない分野において気になっており、この論文を読みました。直接観測されないものも含めて、遷移確立をもとに学習のモデルを特定したり、問題解決に重要な要素を予測したりするという分析のフレームについて大変参考になりました。一方で気になる点として、今回の対象者は3〜7学年と年齢にもばらつきがあり、そもそもの認知的・非認知的能力やモチベーションなどの内的な要因については考慮されておりませんでした。ゲーム中の学習行動と個人の特性を加味した分析や、長期的な影響の有無など、さらなる多角的な分析の可能性が残されていると考えられます。また、この研究ではあくまで「ゲーム中の問題解決行動」に着目されたものでした。これに対して、PBL等の授業デザインの中の1要素としてゲームを組み込み、現実の複雑な問題解決場面においてゲーム中の学習がどのように影響するのか、といった点についても今後研究していきたいと思います。

文責:尾﨑康平

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