九州大学 山田研究室

没入型協調学習環境の共同注意はどうなっているか?

2024年07月22日

皆さん、こんにちは。耿学旺です。
この記事では、最近の英語文献ゼミで読んだ論文とその感想について紹介します。

論文タイトル: Unveiling joint attention dynamics: Examining multimodal engagement in an immersive collaborative astronomy simulation
論文誌:Computers & Education
巻号数:213
ページ:1-15
出版年:2024
著者名:Jina Kang, Yiqiu Zhou, Robin Jephthah Rajarathinam, Yuanru Tan, David Williamson Shaffer
https://doi.org/10.1016/j.compedu.2024.105002

以下は、論文の内容の概要となります。

近年、拡張現実や仮想現実などの技術の発展により、コンピュータ支援による協調学習(CSCL)環境が大きく変化しています。特に、没入型学習環境は、学習者に3D仮想空間を提供し、新たな協働学習の場として注目を集めています。共同注意は、関心を持つメンバーに向かって注意を調整することと定義され、協調学習において重要な役割を果たしています。社会構成主義的視点から見ると、共同注意は、参加者間の共有意味の構築を促して、共有問題の解決空間を確立し、相互作用を促進することで、効果的に共同問題解決を向上させます。

しかしながら、多くの先行研究では視線追跡データを用いて共同注意の影響が探られてきましたが、3D世界を自由にナビゲートできる没入型協調学習環境における共同注意についてはまだ十分に調査されていませんでした。これに対して、複数のセンサーから収集されるマルチモーダル学習データは、協調学習活動をよりよく理解する可能性をもたらしています。マルチモーダルデータは、コミュニケーションや意味形成の言語的、行動的、空間的や生理学的側面を含む複数のデータソースを統合した分析であり、学習活動の言語行動だけではなく、ジャスチャーなどの非言語的学習行動を分析することが可能となっています。そこで、この研究は、没入型天文学シミュレーションを利用した協調学習環境において、共同注意と概念的議論を多角的に分析することを目的としています。具体的には、以下の3つのリサーチクエスチョン(RQ)を設定しています:
1. 没入型天文学シミュレーションにおける共同注意と学習成果の関係は何か?
2. 協調活動における共同注意、ジェスチャー、ターンテイキングがグループの概念的議論をどのように影響するか?
3. 共同注意と概念的議論は、異なる学習成果のグループ間で活動中にどのように変化するか?

上記のRQを調査するため、本研究は、アメリカのとある大学で入門天文学コースを受講する16グループの77名の学部生を対象に実験を実施しました。参加者は「Lost at Sea」という多段階の問題解決タスクに取り組みました。このタスクでは、未知の海洋に落下した宇宙カプセルの位置を特定するため、星座の識別や緯度・経度の計算などを行います。データ収集には音声・ビデオ録画、ログファイル、デバイスの画面キャプチャ、事前評価・事後評価が用いられました。共同注意の測定には、参加者の頭の動きとシミュレーション内の視点、デバイス間の視野の重なりが評価されました。これにより、共同注意レベル1(非活動)からレベル5(画面が重なり、最後のタスクのシーンにとどまる)までの5段階の共同注意レベルが特定されました。また、概念的相互作用の測定には、言語的および非言語的な相互作用に焦点を当てたコーディングスキームが開発されました。これには、新しい知識の導入、知識の修正、知識の確認、混乱などの要素が含まれています。共同注意と概念的議論の変化を明らかにするため、順序付きネットワーク分析(ONA)が用いられました。ONAは、イベントの時間的順序を考慮し、学習プロセスをモデル化する手法です。

分析の結果、以下のような知見が得られました。まず、学習成果の低群と高群の間では、タスク完了に費やした時間と共同注意の持続時間に有意差は確認されませんでした。学習成果の高群は、問題解決プロセスにおいてより高いレベルの共同注意(特にレベル4とレベル5)に関与する傾向がありましたが、低群との比較では有意差は認められませんでした。さらに、異なるレベルの共同注意が、グループの概念的相互作用において異なる関係性があることが示唆されました。例えば、共同注意のレベル4(学習者が同じシーンにいますが、違うところを見ています)は新しい知識の導入と正の相関、知識の混乱と負の相関がみられ、共同注意のレベル5(同じシーンの同じところを見ています)は知識の確認との正の相関がみられました。また、知識構築プロセスを示すビネットの分析結果では、高群は共同注意と概念的議論がより効果的に相互作用して、共有理解と新しいアイデアの採用が促進されました。低群には、共同注意の欠如や学習者の独立した活動、知識と意見の不一致とが多く確認されました。ONAによる分析結果では、タスクが進むにつれて、高群は低群よりも、高いレベルの共同注意(レベル5)と概念的議論に多く関与していることが明らかになりました。これらの結果は、協調学習におけるタスク設計やツールの活用、複数データソースの統合、異なる粒度での分析の重要性を示唆しています。例えば、初期段階での個別探索と多様な視点の統合を促進するタスクの設計や、個別探索からグループ議論への移行を支援するリソースとプロンプトの提供が重要であることが示されました。

以下は、この論文を読んだ感想です。本研究は、ONAを用いた学習プロセス分析と質的分析を組み合わせた混合研究アプローチを採用しており、非常に興味深い内容でした。特に、マクロレベル(全てのタスクを含める学習プロセス)、メソレベル(タスクごと)、マイクロレベル(ビネットなどのエピソードごと)の分析といった異なる粒度の分析アプローチは、他の研究にも応用できる可能性があると感じました。例えば、私の以前の研究では全体的な動詞の学習活動を分析していましたが、この研究のアプローチを参考に、より詳細な複合動詞と単純動詞の学習行動、そして各単語間の異なる粒度の分析を適用することができると思いました。一方で、この研究は、拡張現実や仮想現実の協調学習環境における共同注意はどのように明らかにすべきについての重要な見解を提供していますが、CSCLおよび共同注意に関する具体的な知見がやや少ないと感じました。今後の研究では、より大規模なサンプルでの検証や、異なる学習コンテキストでの適用、そして協調学習のデザインや支援に具体的な示唆を与えていくことを期待しています。

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