みなさん、こんにちは。M2の李瑭です。
後期1回目の英語文献ゼミにて読んだ論文について紹介いたします。
近年、仮想現実(VR)技術と教育学の融合による学習方法の進化が注目されています。このような背景の中で、仮想現実環境における学習の効果性に関する多くの研究が行われています。今回、私が紹介したい論文は、特に冗長性原則という教育心理学の理論を、最新の技術手法である視線追跡と脳波(EEG:Electroencephalogram)を用いて仮想現実環境で検証しています。この研究は、今後の教育現場や学習方法の進化において、非常に重要な示唆を持つものとなるでしょう。
論文のタイトル:Investigating the redundancy principle in immersive virtual reality environments: An eye‐tracking and EEG study.
論文誌:Journal of Computer Assisted Learning, 38.1, 120-136.
著者:Sarune Baceviciute, Gordon Lucas, Thomas Terkildsen, Guido Makransky.
発行年:2022
下記がこの論文の概要になります。もしご興味がありましたら、ぜひ本論文をお読み下さい。
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没入型仮想現実(IVR: immersive virtual reality)は、高等教育機関や企業研修での採用が増加しております。IVRの利用は学習者のモチベーション向上や学習成果の向上に寄与する可能性があり、その効果の背後にはIVR特有の教育設計原則が存在すると考えられます。しかし、多くのIVRに関する研究は技術中心のアプローチを多用しています。このため、2Dメディアのような非没入型メディアからのインストラクショナルデザイン原則がIVRに直接適用されないことが示唆されています。
冗長性原則とは、冗長な情報が学習を促進するのではなく、逆に妨げることを指します。冗長性とは、同じ情報が複数の方法で同時に提示される場合や、過度に詳細に説明されることを指します。しかしこの原則は、非没入型メディアにおいてのみ確認されており、IVRに関する冗長性原則の研究はまだ不十分と言われています。既存の研究によれば、冗長性原則がIVRにそのまま適用できるわけではないことが示されているため、2Dメディアに基づく冗長性原則がIVRにどのように影響するのかの背後のメカニズムは、まだ明らかにされていないと論文著者らは主張しています。
本研究は、冗長情報が学習に与える影響を調査することを目的としており、異なる学習条件下での認知負荷とワーキングメモリの需要を比較したものです。さらに、冗長情報の条件下の認知的要求を深く理解するため、伝統的な自己報告の手法ではなく、視線追跡とEEGを組み合わせて認知負荷の評価を行いました。参加者は3つの学習条件グループ(すなわち、冗長グループ、文字グループ、音声グループ)にランダムに割り当てられ、それぞれの条件での学習効果を評価しました。学習中、参加者の認知負荷とワーキングメモリの需要は測定され、視線追跡技術で視覚的注意の配分を記録しました。さらに、EEGを用いて参加者の学習中の認知も測定しました。
研究結果として、冗長情報が学習効果に悪影響を及ぼすことが明らかとなりました。冗長グループの参加者は、文字や音声グループと比較して、認知負荷が高く、学習効果も低かったことが示されました。視線追跡データによれば、冗長グループの参加者はテキストの閲覧に多くの時間を費やしていましたが、音声情報グループの参加者は主に医師のキャラクターやタスクに関連しない刺激に注意を向けていたため、テキストを読む時間が相対的に少なかったことが明らかになりました。
結論として、本研究は冗長情報が学習に及ぼす影響についての新しい知見を提供しています。冗長情報が認知負荷とワーキングメモリの需要を増加させ、学習効果を低下させることが確認されました。これは教育材料の設計時に考慮すべき重要な点であり、冗長な情報の過度な使用を避けることが本論文では推奨されています。
私がこの論文を選んだ理由は、研究者が視線追跡の手法を採用し、特定の視線追跡データを収集しているからです。学習者がVR内で特定のエリアに対する注視時間は、学習者の認知的処理の指標の一つとされ、長い注視時間はより良い学習結果につながる可能性があると考えられます。私の研究計画において、視線追跡のデータ収集と分析は中心的な役割を果たす予定で、この論文の結果と方法論は私にとって非常に価値があると考えています。
しかし、私はこの論文に対していくつかの疑問点を持っています。まず、著者らは外的注意に関する状況の調査のため、主観的に感じられるアンケートを採用しています。とはいえ、視線追跡のような手法を用いることで、より客観的な結果を得られるのではと私は考えています。従って、なぜ著者らは視線追跡を採用しなかったのか、その具体的な理由が知りたいです。また、「冗長性」として取り上げられているのは「文字+音声」のみで、これが本当に冗長性効果をもたらすのかは定かではありません。
さらに、この研究の参加者としては、英語を流暢に話せる視力正常な人々が選ばれました。この中には、英語を母国語とする人や、第二言語として英語を流暢に使う人が含まれると推測されます。しかしながら、母国語と第二言語の処理方式には違いがあるかもしれません。例えば、母国語話者は言葉の聞き取りや読解能力が高いのに対し、第二言語話者は文字の読解や冗長な情報処理に長けている可能性が考えられます。この研究で、それら異なる参加者背景を十分に考慮せず、その影響を排除していないとすれば、その点についての検討が不可欠だと思います。本研究では、これらの参加者の違いを区別せずに評価したため、今後の研究でこの影響を考慮する必要があります。
総じてまとめると、この研究は「従来の冗長性原則がIVRに直接適用されない」と結論付けているものの、IVR内での具体的な要因については深く検討していないように思われます。今後の研究で、参加者の言語背景や個人の特性、さらには視線追跡技術の適用などの詳細な検討が必要とされます。特に、没入型仮想現実の教育的潜在能力を最大限に引き出すためには、研究方法論や参加者の特性を適切に考慮することが欠かせません。この点を踏まえると、本研究は没入型仮想現実の教育的応用に向けた基盤を築く重要な一歩として評価されるべきです。今後、この分野における更なる研究が期待されています。