九州大学 山田研究室

デザイン思考

2011年07月10日

棚橋 弘季 著「ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術」を読んでみました。

別に仕事に困っているとか、悩んでいるわけじゃないですよ(笑)「デザイン思考」ってなんだろう?と思って、読んでみたということです。最近、私の周りではデザイン、デザインと言葉が飛び交っていますし、実際、そんなことを発している私でもあるのですが、デザインってなんだ?とふと思って。もちろん、領域にも考え方が違うので、多少の違いはあると思いますが。

本の内容としてはKJ法やペルソナを中心とした、計画、調査、プロトタイプ作成、評価、改善、プランの実行という、人間中心設計を踏まえた実際の仕事術のような話が後半は中心になっていますが、「デザイン思考」の歴史、デザイン思考というのはどういうことかという点が触れられている点です。デザイン思考の説明で、アメリカのシリコンバレーにあるIDEOというデザインコンサルティングファームを例に、そこでの仕事方法を挙げて説明されています。本書によるとデザイン思考とは・・・

「デザイナーの感性と手法を用いて、人々のニーズと技術の力を取り持つこと」

または

「現実的な事業戦略にデザイナーの感性と手法を取り入れ、人々のニーズに合った顧客価値と市場機会を創り出すこと」

と記述されています。しかし、「デザイン思考」はアウトプットまで定義としてるんですね。その中で使われる「デザイン」というのは「生活文化をつくること」であり、デザイン思考の仕事は「人間中心の仕事」であると説明されています。私たちがいる教育工学の研究分野も相手は人間であり、学習は生活と結びついているので、「デザイン思考」の仕事ですね。仕事術で出てくる作業フローも教育工学における研究手法と共通点が多いです。こういったものは勘が利くところもあって、難しいのではと思いがちなのですが、本書によると、デザイン思考というものはある程度体系化されていて、アメリカの大学ではこの手法を学習する授業や授業内でも取り入れられているんだそうです。
仕事方法、心得も書いてあります。仕事方法はSEのシステム開発手法と似ている部分が多いです。ただ、私たちが無意識に思っていること、忘れてしまうことが書かれています。その中でも大切なことだと思ったキーワードは「視覚化」です。これはWebデザインでも学習システムでも、授業でも大切なことなのですが、作業、思考、アイデアの創出、それぞれにおいて、その仕事に関わっている人が「デザイン思考」ができるよう支援するのは「視覚化」というこだと思います。会議でもそうですよね。発想法でもKJ法の説明をする前に「発想は何もないところから出てこない」ということを前提に、「パースのアダプションと記号学」を用いて説明されています。

#私の学部の時の友人が認知科学分野で「ひらめき」と「創造性」について研究してい
#ますが、それも何もないところで、「パッ」と光が見えるように発想が生まれるとい
#うことはあり得ないということなんでしょう。
「デザイン思考」の仕事、教育工学の研究ミーティングでもそうなのですが、グループワーク(会議)というのはよく行います。ただ、「これは忘れがちだ」と思うのは、グループワークというのは、お互いが持ち寄ったアイデアをすり合わせるのではなく、「それぞれが持ち寄ったアイデアをもとに多様な視点を合わせて、包括的な視点からより『大きな森』が見える状態を作ること」と本書は指摘しています。
「デザイン思考」の仕事の7原則というのも大切なことが書かれていました。どれも常々、心にとどめておかなければならないと思っているのですが、その中でも、

「他人が作ったものを否定しない。厭ならよりよい代替案を具体的に示す」
「『わかる』ことは重要じゃない。『わからない』ことにこだわる」

というのは、7つの中でも私が大切だと思うことです。特に後者は研究者である私は研究者であるが所以であることだと思っています。私たちは教育工学の分野で、みんなの学習をよくするという目標を達成するに当たり、「わからない」ことを明らかにすることですから。
また、調査の段階で、エスノグラフィーを導入する点もビジネス書ではめずらしいですね。これも人間中心設計というデザイン思考の中心概念があるからだと思います。人間中心設計はどの製品でも言われることなのですが、なかなか実施が難しいです。エスノグラフィーはただ実験室で被験者を観察して・・・とかそんな軽い話じゃないですし、普通にやるととてつもなく時間がかかりますので、実際のビジネスに使用する場合は何かしらの、工夫が必要になると思います。あと、あくまで主観的であるというところも注意が必要です。でも、調査として、その空間内で起こる様々な事象を見ることができる有効なツールであることは私も同意です。あとは現場にどう落とすかですね。
仕事に困った時に読むとか、そういう目的ではなく、日頃の自分の仕事のやり方、会議のやり方など振り返るという目的で読むのが良いと思います。無意識に思っていること、忘れていることを思い出させてくれます。

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