九州大学 山田研究室

“物語をつくる”キャリアサポートへ!―キャリア構築理論から考える、次世代の進路支援システム

2026年08月17日

皆さん、こんにちは。尾﨑康平です。

今回の英語文献ゼミで読んだ論文と、その感想について紹介します。

論文タイトル:New Frontiers in Computer-Assisted Career Guidance Systems (CACGS)- Implications From Career Construction Theory-

著者:Leung, S. A.

ジャーナル:Frontiers in Psychology

巻号:13:786232

出版年:2022年

 

パソコンで進路相談? CACGSとは何か

CACGS(コンピュータ支援型キャリアガイダンスシステム)とは、パソコンやアプリを使って、適性検査などの「診断」と、職業・進学情報などの「情報提供」をセットで行う進路支援の仕組みのことです。アメリカの大学入試向けシステムや、職業興味検査と連動した情報サイトなどが、代表的な例として知られています。

ただし、こうした従来型のシステムには、次のような課題も指摘されてきました。

・「適性テストをして、結果を伝えて終わり」になりがちで、今の複雑で先が読みにくいキャリアの歩み方に合っていない

・生徒を「診断される受け手」として扱いがちで、自分ごととして進路を考える主体性が育ちにくい

・楽しさの工夫(ゲーム性など)が乏しく、続けて使いたくなる仕掛けが少ない

・学校や担任・進路指導の先生の支援と切り離された「独立したツール」になりやすい

この論文の著者は、こうした課題を乗り越える鍵として、「キャリア構築理論(Career Construction Theory:CCT)」という考え方に注目しています。

 

キャリア構築理論(CCT)という視点

CCTを提唱したのは、キャリア心理学者のサビカス(Savickas)です。この理論のポイントは以下のとおりです。

①興味や得意なことは、「診断」されるものではなく「語られる」もの

CCTでは、興味や得意なこと・価値観は、生まれつき決まっている固定的な特性ではなく、これまでの経験や周りの人との関わりの中で少しずつ形づくられていくものだと考えます。適性検査の結果は「正解」ではなく、自分について語るための”きっかけ”や”材料”として位置づけられます。過去の出来事・今の経験・将来への展望をつなぎ合わせて語られる「キャリアストーリー」こそが、進路を考えるうえで大切にされます。

②変化に対応する力=キャリア適応力

CCTでは、進路の悩みや転機にうまく向き合っていく力を「キャリア適応力」と呼び、次の4つの心の資源(4C)から成るとしています。

・関心(concern):将来に目を向ける気持ち

・統制(control):自分で選び取ろうとする意志

・好奇心(curiosity):色々な可能性を試してみる姿勢

・自信(confidence):やればできるという気持ち

③支援者と一緒に、自分の物語を編みなおす

CCTに基づく進路支援(ライフデザイン・インターベンション)では、生徒が自分の小さなエピソードを語ることから始まり、それらを意味あるまとまり(アイデンティティ)へ編みなおし、支援者と一緒により良い物語へ育てていく、という段階を踏みます。

つまりCCTは、CACGSに対して「検査結果を渡して終わりにするのではなく、生徒自身が自分の物語を紡ぎ、その物語をもとに次の行動へつなげていけるような仕組みを組み込むべきだ」というヒントを与えてくれるわけです。

 

事例:香港発の進路支援アプリ「Infinity」

この論文では、実際にCCTの考え方を取り入れて開発された「CLAP Portfolio Infinity」という香港の中高生向けシステムが紹介されています(のちに香港教育局によって、香港のすべての中等学校向けの進路支援ツールとして展開されました)。

Infinityは、「情熱(Passion)」「声(Voices)」「世界(World)」「目的と行動(Purpose & Actions)」という4つのステップを、必要に応じて何度でも行き来しながら進んでいく設計になっています。この4ステップの中に、次のような10種類の機能が組み込まれています。

⒈適性検査とその結果をまとめて見られるダッシュボード

⒉カードを並び替えて自分の大切にしたい価値観を見つける「仕事の価値観ゲーム」

⒊写真やコラージュ、動画などで自分の気持ちを表現する「マイギャラリー」

⒋CCTに基づく全12回の進路学習カリキュラム

⒌200種類以上の職業紹介動画・情報

⒍進学・就職情報を検索できるデータベース

⒎予定管理カレンダー

⒏興味・得意・目標をまとめる簡易プロフィール

⒐やるべきことをチェックリストで管理できる機能

⒑先生や保護者、友人と共有できるファイル機能

検査で終わらせず、自分を表現する・情報を探す・行動を記録する、というサイクルを1つのアプリの中でぐるぐる回せるようにしているのが特徴です。

Infinityは、いきなり完成形として作られたわけではありません。まず現場のニーズを調べるところから始まり、5つの学校の先生たちと一緒に「どんな仕組みが必要か」を話し合い、システムを設計しては使ってみて改良する、という手順を踏みながら、段階的に協力校へ広げていっています。理論だけでなく、進路指導の現場と対話しながら形にしていった点も、この事例の特徴です。

 

研究の方法

香港の高校卒業段階の生徒2,935人(Infinity利用者844人、非利用者2,091人、49校)を対象に、利用の有無によって、以下のような点に違いがあるかを調べています。

・キャリアに向き合う力(質問紙:4Cを含む適応力)

・進路について決めることへの困りごとの少なさ、決めた進路への納得感(質問紙:各尺度)

・大学など上級の学校への進学意欲(質問紙:選択)

 

研究の結果

システム利用の有無×性別×学校の学力帯(上位校・中位校・下位校)を変数としてグループ間の平均値の差を分析したところ、以下のような結果が出ました。

・進路を決める際の困りごとの少なさ、納得感:Infinityを使った生徒の方が、有意に良い結果が出ていました。

・進路について考えを整理できているという実感:Infinityを使った生徒の方が高い傾向が見られました。

・キャリアに向き合う力(4Cを含む適応力):学力が上位の学校の生徒でだけ、有意差が見られ、中位・下位の学校ではあまり差が出ませんでした。

・上級の学校への進学意欲:逆に学力が下位の学校の生徒の方で、有意な意欲の高まりが見られました。中位の学校では、目立った変化は見られませんでした。

全体として、「使えば必ずみんなに同じ効果がある」というよりは、「どんな成果に注目するか」「生徒の学力層がどのあたりか」によって、効果の表れ方が違うという、興味深い結果になっています。

 

考察

・学力上位の学校の生徒は、もともと自信や学習への取り組み方の土台があるため、Infinityの効果がより強く出やすかったのではないか。

・学力下位の学校の生徒にとっては、自分を見つめ直す経験そのものが、これまで意識していなかった選択肢(上級の学校への進学など)に目を向けるきっかけになったのではないか。

・学力中位の学校の生徒は、上位校ほどの自信は持ちにくい一方、下位校の生徒ほど別の進路に開かれてもいない、いわば挟まれた立場にあり、より手厚いサポートが必要な層なのではないか。

そのうえで、検査のようなデータを集める機能と、自分を語り表現する機能の両方を備えていたことが、こうした複数の面での効果につながったのではないか、と論文ではまとめられています。

 

実践への示唆

・「自分を語ること」を軸にした進路支援の仕組みは、理論だけでなく実際に形にできる

・先生やスクールカウンセラーがつきっきりでなくても、生徒が自分のペースで使い続けられるプラットフォームは、支援が手薄になりがちな場面を補ってくれる

・写真や動画など、言葉で表現するのが苦手な生徒にも対応できる手段を用意しておくことが大切

・クラスや学年単位で集めたデータは、生徒全体の傾向をつかみ、進路指導のプログラムを見直す材料にもなる

・あくまで、既存の進路相談や授業に取って代わるものではなく、先生方の支援と組み合わせてこそ効果が高まる

 

今後の課題

今回の調査は利用群と非利用群を比べる形にとどまっており、同じ生徒の利用前後を比べるような、より厳密な検証や、10種類あるアプリのうちどれがどれくらい効いたのかを切り分ける分析は、今後の課題として挙げられています。

 

 

選定理由と感想

ゲームやワークショップのような単発の仕掛けではなく、生徒が「自分の経験や気持ちをふり返りながら、進路について継続して考えを深めていけるような学習の仕組みをつくれないか」という問題意識から、この論文を選びました。

理論を背景としつつ、学校現場と長期的に対話しながら設計されている事例は、自分にとって非常に参考になりました。特に、CCTに基づき包括的にキャリア構築を支援するしくみを独自に考案されている点について、課題を大きな視野で捉えつつ個々に必要な方策を設定できるよう意識していきたいと思います。

一方で筆者自身も課題に挙げていましたが、10種類ある機能のうち、生徒それぞれがどの機能をどのくらい使い、その結果どのように変わっていったのかまでは、この論文だけでは十分にわかりません。どのアプリが、どんな生徒に、どう効いたのかをもっと細かく見ていけたら、実際に自分の授業や進路指導の中でシステムやワークシートを設計する際の具体的なヒントになりそうだと感じました。

また、量的分析だけでなく、一人ひとりの生徒がどんな言葉で自分の経験を語り、それがどう変化していったのかという質的な側面も、あわせて見ていく必要があると感じました。数値としての効果と、生徒本人が実感している納得感や手応えの両方を捉えられて初めて、そのシステムが本当に生徒の役に立っているかどうかが見えてくるのではないかと思います。今後、自分が学習支援の仕組みを考えていく際にも、この視点を意識していきたいです。

 

文責:尾﨑康平

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