みなさんこんにちは。修士3年の尾﨑です。
先日の英語文献ゼミにて読んだ論文を紹介させていただきます。
この研究は、私たちが日常的に楽しんでいるゲームの体験が、どのようにして将来の仕事やキャリア形成に役立つ能力として言語化され、結びついていくのかを分析したものです。
論文タイトル:Play for the Future: A Cross-Sectional Study on the Role of Video Game Skills in Student Career Planning
著者: Hoffelner, C., Nägele, C., & Düggeli, A.
巻号とページ: 56(4), 350-373.
出版年:2025
出版: Simulation & Gaming
1.背景と目的
現代は、予測不可能な変化が激しく、将来の進路やキャリアを設計することがとても難しい時代と言われています 。こうした不確実な世の中を生き抜くためには、学校の勉強だけでなく、日常生活の中でのさまざまな経験(インフォーマル学習)を上手に自分の強みとして再定義していくことが重要です。
そこで注目されたのが「ビデオゲーム」です。ゲームの世界には、困難に直面しても諦めずに試行錯誤を繰り返す「失敗に対する楽観主義」が溢れています。「ゲーム内での粘り強さ」は、現実のキャリアにおける困難を乗り越える力(レジリエンスや適応力)へと応用できる可能性を秘めています。
そこでこの研究では、ビデオゲームでの経験がキャリアに関する能力にどのように影響しているのか、横断的に分析することを目的としています。
2.研究の方法
この研究では、スイスの中学生・高校生(265名)を対象に、デジタルキャリアガイダンスツール「digibe」を使って調査を行いました。生徒たちはツール上で、以下のような3つのステップで自分のゲーム体験を振り返ります。
・特定:お気に入りの活動(例:『Minecraft』や『Clash Royale』など)を挙げる。
・言語化:その活動でどんな能力(スキル)が使われているか、自由に5つ書き出す。
・適用:その強みが、将来の仕事やキャリア計画にどう役立つかを考える。
この「言語化」と「適用」のプロセスこそが、ただの遊びを「将来の武器(キャリア資源)」へと変えるキッカケになります。
さらに生徒たちが報告した合計680個のスキルを分類し、構造方程式モデリング(SEM:Structural Equation Modeling)を行うことで「性別」「自己内省」「批判的思考」「ゲームの種類」「獲得した21世紀型スキル(数)」「獲得した21世紀型スキル(種類)」「学びの実生活への転移」といった項目の関係性を分析しました。
3. 研究の結果と考察
① ビデオゲームは「実社会で通用するスキル」を自覚しやすい
ボードゲームや一般的なスポーツと比較して、ビデオゲームを遊んでいる生徒ほど、自分の中に「多くの、そして多様なスキル」があることを自覚しやすい傾向が見られました。これは、近年のビデオゲームが「都市の建設」「資源の管理」「チームメンバーとの戦略的な交渉」など、現実社会の複雑なシチュエーションをリアルに再現しているためだと考えられます。具体的に生徒たちが自覚したスキルの中身は、以下の通りです。
・生活とキャリアスキル(85%):特に「主体性や自己管理能力」が高く、ゲームでの戦略立案や全体を俯瞰する視点が含まれます。
・学習と革新スキル(77%):論理的思考や集中力、客観的に状況を分析する「批判的思考」が多く報告されました。
・デジタルスキル(30%):デジタルリテラシーや、中にはプログラミングへの言及もありました。
② ジェンダーによる「自覚のバイアス」
データ上、女子生徒は男子生徒に比べてゲームから得られるスキルを少なく見積もる傾向が見られました 。しかしこれは、実際の能力差ではなく、女性の多くが「自分はカジュアルゲーマーだから」と過小評価してしまい、スキルが身につくような「本格的なゲーマー」としてのアイデンティティから自分を外してしまうという、文化的な思い込みが影響している可能性が高いと指摘されています 。
③「内省(リフレクション)の質」と学び
最も興味深く、教育現場にとって大きな示唆となるのは「内省の質」によって、ゲームでの学びが現実世界に活かせるかどうかが大きく左右されるという点です。 データ分析の結果、以下の2つのアプローチで真逆の効果が出ることが分かりました。
・単なる「内省(感情への没入)」はマイナス効果? :「自分の今の気持ち」や「楽しかったという感情」ばかりに過度に集中してしまう振り返りは、自分が持つスキルの多様性に気づくプロセスに対してマイナスの影響を与えていました。感情に没入しすぎると、自分の意識が内側に向かってしまい、せっかくの経験を「外部の環境(将来の仕事など)」へ応用しようとする視点から遠ざかってしまうのです。
・「批判的思考(客観的な分析)」こそが未来への架け橋?: 一方で、既存の思い込みを疑い、ゲームの仕組みや自分の行動を客観的に分析できる「批判的思考」が得意な生徒ほど、ゲーム体験から将来に役立つ強みを多く抽出できていました。 つまり、ただ漠然と「ゲームが楽しかった」「悔しかった」で終わらせるのではなく、ゲームのメカニズムを客観視し、自分の行動を市場価値のある言葉(例:プロジェクト管理、状況判断能力など)に翻訳するような「質の高い振り返り」を周囲がサポートすることが不可欠だと考えられます。
また、この研究の限界として「プレイするゲームのジャンルが考慮されていないこと」「自己報告での主観的なデータに依存していること及び学習転移データの客観性に欠けること」が指摘されています。
感想
この論文を踏まえた私自身の感想と、今後の実践・研究に向けた展望をお伝えします。 私が修士論文の研究を組み立てるにあたり、そもそも「キャリア教育において、あえてゲームを用いる意味とは何だろうか?」という原点に立ち返りたいと考え、この論文を読みました 。「ゲームだからこそ」引き出せるナラティブ論文の理論的背景にもあったように、ゲームが持つ「未知の領域を探索するワクワク感」や「何度失敗してもペナルティなく挑戦できる環境」は、子どもたちの心理的ハードルを下げてくれます。身近なゲームをフックにすることで、子どもたちが主体的に、そして自分自身の言葉(ナラティブ)で生き生きと将来を語り出す強力なツールになり得ると感じました。
特に納得させられたのは、単に自分の内面に向き合う「内省」がスキル特定にマイナスの影響を与え、固定観念を疑う「批判的思考」こそが学習の転移(現実世界への応用)の鍵になるという点です。ゲームをプレイした後に、学習者の認知を揺さぶり、客観的な批判的思考を誘発するような「適切な問いかけ(ファシリテーション)」をシステムや教育デザインの中にどう実装できるかが学習効果に関して焦点になると考えられます。
一方で、これからさらに検討を深めなけらばならないのは、キャリア学習においてどのような実生活での行動変容を狙ってゲームを設計し、その効果をどう測るのか、という点です。ラーニングアナリティクスや多様な分析手法、長期的なキャリア意思決定データなどを含めた研究デザインの可能性について、今後探究していきたいです。
文責:尾﨑康平




