九州大学 山田研究室

ボードゲームによって、学生のキャリア学習への不安は解消されるか?

2025年03月17日

みなさんこんにちは。
今回の英語文献ゼミで読んだ論文とその感想を紹介します。

論文タイトル:Development and Evaluation of an Educational Board Game- “118
Job Bank” for Human Resource Training Courses
ジャーナル:European Conference on Games Based Learning
ページ:774-781,
出版年:2021
著者名:Zuo Pei-Ying, Fang Ying-Sang, Kuo Chih-Chen, Lin Hsin-Ta, Hou Huei-Tse.

キャリアプランニングは、学生が将来の職業選択を行う際に不可欠なプロセスであり、自己の適性や興味、職業に関する知識を深めるためのステップです。プランニングの過程には自己にふさわしい職業や教育に関する情報を収集するキャリア探索が重要な要素になります。しかし若年層のキャリア探索は、その過程に不安やストレスが伴う場合が多く、その緩和のための適切な支援を受けることが学習効果に直結すると考えられています。先行研究においては、キャリア探索がキャリア関連知識の習得や自己認識の向上につながる一方、過程中に生じる不安が意思決定の質を低下させる要因となることが指摘されています。近年注目されているゲームベースドラーニング(Game Based Learning:GBL)は、学習の動機づけや問題解決能力の醸成、さらには学習不安の軽減に寄与する可能性があるとされ、さまざまな分野で応用が進められております。こうした背景を踏まえ、今回読んだ論文では、GBLの手法をキャリア教育に応用し、学生が実際の職業データやロールプレイングを通じてキャリア探索の疑似体験を行うことにより、学習成果の向上が期待できるのではないかという仮説を立て、検証しました。

具体的には、本研究の目的は以下の2段階に分けられます。まず「118 Job Bank」というキャリア教育ボードゲームを活用することで、学生のキャリア関連知識および意思決定能力が向上するかどうかを検証します。次に、ボードゲーム内の3つのゲームモードにおいて、フロー体験、ゲーム受容性、学習動機、学習不安に有意な差が生じるかどうかを統計的に検証することで、各モードの特徴と学習効果の一貫性について明らかにすることを目的としています。

この研究で使用された「118 Job Bank」は、台湾労働省のウェブサイトから取得した実際の職業データをもとに作成された職業カードと、ホランドのRIASECモデルに基づいて構成されたキャラクターカードを組み合わせ、学習者がキャリアに関する知識を深められるよう設計されています。ゲームは、以下の3つのモードで構成され、それぞれ異なる学習効果を狙った設計がなされております。
1. マッチングモード :”Human Resource Agency Expert”
学習者は、人材派遣会社のインターンとして、提示されたキャリアクターカードと職業カードを照らし合わせ、適切なマッチングを行います。このプロセスにより、各職業に必要な特性やスキルを理解し、適性のある職業を判断する能力が養われることが期待されます。
2. シーケンスモード :”Salary Actuaries”
このモードでは、学習者が給与計算係として、各職業の初任給を推定する作業を行います。職業カードに記された情報をもとに、正確な初任給の予測とその順序付けを行うことで、職業ごとの給与体系や市場価値に対する理解を深めることができます。
3. 組み合わせモード :“Hunter Head Expert”
学習者は、ヘッドハンターとして企業のプロジェクトに適した人材を選出する役割を担います。複数の職業カードを組み合わせ、企業が求めるスキルセットや職務内容に合致する人材を選定する過程で、戦略的思考や多角的な分析能力が促進されるよう工夫されております。
これらのモードは、実際のキャリアデータを利用することで、現実の職業市場や業務環境を疑似体験できる点に特徴があり、学習者が実践的な知識と判断力を養う手段として期待されます。

実験では、台湾の高校生36名を対象に4名1組のグループに分かれ、全体で9グループにて110分間のアクティビティを実施しました。各グループには「118 Job Bank」のセットが配布され、ゲームプレイ中における各モードの体験を通じて、キャリアに関する知識の習得と意思決定のプロセスが促進されるよう設計されています。評価方法としては、ゲームプレイの事前事後にテストを実施し、学習達成度の向上を対応のあるt検定により分析しました。さらに、ゲームの各モードに対する学習者の評価を、技術受容モデル(TAM)に基づくゲーム受容性、フロー尺度、学習不安尺度、そしてMotivated Strategies for Learning Questionnaireによる学習動機の各項目で評価し、分散分析を用いて統計的な有意性を検証しました。

事前事後テストを比較したところ、学習達成度において有意な向上(t(36)=-4.378, p<.01)が認められ、ゲームを通じたキャリア教育が学習者の知識習得および意思決定能力の向上に効果的であることが明らかになりました。3つのゲームモードごとの「ゲーム受容性」「フロー体験」「学習動機」「学習不安」に関する評価については、それぞれ全モードで高評価が示されており、ゲームを用いたキャリア教育がユーザビリティや学習への集中、不安の軽減を当初の目的通りに達成できていることが確認されました。一方で、それぞれの結果において、3つのゲームモードで効果についての有意差はありませんでした。以上の結果から、「118 Job Bank」は、学習者が実際のキャリアデータやロールプレイングを通じて、現実に近い状況での意思決定や戦略的思考を体験できる有効な教育ツールであると結論付けることができます。特に、キャリア探索における知識習得だけでなく、学習不安の軽減や学習動機の向上にも寄与することが、この研究の示唆として重要な点です。

本研究の結果は、教育用ボードゲームを用いたキャリア教育が、従来の講義形式の授業と比較して、学習者の知識習得および意思決定能力の向上に寄与する可能性を示しております。また、ゲーム内の各モードが一貫して高いフロー体験や受容性、学習動機をもたらす一方、学習不安を軽減する効果も確認されたことから、今後のキャリア教育におけるGBLの導入が期待されます。

本研究の限界について、筆者は以下のように述べています。まず時間の制限があり、ゲームに含まれる学習内容や課題も限られていたため、学生にさらに十分な時間を確保することが必要である点です。また、本研究では、生徒がゲームをプレイしている間、どのような行動パターンをとっているのか、どのようなゲーム戦略をとっているのかについては分析しておらず、学習過程をより深く理解するために、インタビュー調査を行う必要があるという点についても主張しています。

以下は私の感想です。キャリア教育に関するゲームデザイン手法において、学習効果だけでなく、学習不安の軽減や学習への動機づけ等の多面的な評価がなされていた点は、ゲームベースの学習を選択する際の利点として参考になりました。一方で、多様なゲームモードを用いてゲームデザインを行ったにも関わらず、分析は学習効果に関する対応のあるt 検定とモード間の分散分析のみであり、モード間の効果への優位差も確認されなかったため、どのような要素がキャリアに関するスキルやその他の学習効果に影響するのかという点が気になりました。例えば、ゲームを用いずにキャリアに関する学習を行った場合との比較をすると学習不安や動機付け等はどのように差が出るのかということについて、実証研究を行う際に取り入れたいと考えました。また、筆者はゲームのプレイ時の行動パターンの分析の必要性を示唆しており、インタビュー以外にもラーニングアナリティクスの活用や事後のワークの記述内容の分析等で多角的に評価できる可能性があると感じました。カードによる学習内容の制限を指摘していたため、AR を駆使した視覚情報によるサポートや、QR コードを用いてデータベースを参照する等、ICT を活用してキャリアに関する学習内容を補強することもできると思われるので、今後の研究の広がりが期待できる分野だと感じました。

文責:尾﨑康平

 

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