皆さんこんにちは。修士1年の尾﨑です。
この記事では、今回の英語文献ゼミで読んだ論文とその感想について紹介します。
論文タイトル:CareerSim: Gamification Design Leveraging LLMs For Career Development Reflection
論文誌とページ:Extended Abstracts of the CHI Conference on Human Factors in Computing Systems(pp.1-7)
出版年:2024
著者名:Wantong Du, Zhiying Zhu, Xinhui Xu, Haoyuan Che, Shi Chen
1. 背景と目的
近年の不安定な社会情勢の中、キャリア開発には自己構築や意思決定、長期的な展望が重要になります。しかし、これらのスキルを効果的に身につけることは難しく、情報不足や理解の欠如が課題となっています。そこで、キャリア教育分野において「ゲーミフィケーション」が創造的なアプローチとして注目されていますが、現実を単純化しすぎたり、内省を軽視したりする可能性も指摘されています。その問題点において、包括的なデータベースを構築した上で大規模言語モデル (Large Language Models :LLMs)をデザインに活用することで、より個別化された深いナラティブの生成と、没入感のあるユーザー体験を生み出し、有意義な内省を促進できる可能性があります。
この研究では、現在開発中のキャリア教育のためのシミュレーション RPG ”CareerSim”の設計、開発と予備調査を行っており、「LLMsの活用により、ゲームのイベントと現実世界との関連性と内省を強化すること。」を目的としています。
2. CareerSimのゲームデザイン
設計において「DMCピラミッドモデル(Wiklund and Wakerius,2016)」を参照し、設計の要素をダイナミクス・メカニズム・コンポーネントの3つの視点に分類しました。
(1)ダイナミクスの視点とゲームジャンル
CareerSimは教育用RPGとして設計されています。教育用RPGは、プレイヤーの進捗状況を内省のための記録としてを提供できるという特性があります。プレイヤーはキャラクターを通じて30年間のキャリアを体験し、予測不可能な未来や自己の職業像を探索します。プレイヤーは、プレイの中でバーチャルキャラクターを構築し、キャリア発達を確認することができます。
(2)メカニズムの視点
CareerSimは、「プログレッションメカニズム (Ljungkvist and Mozelius,2012)」に基づいて設計されています。プレイヤーのキャリア形成は段階的に分けられ、それぞれの段階にテーマ、イベント、タスクが設定されています。プレイヤーは段階ごとにキャリアの可能性を探求し、意思決定を行う必要があります。このデザインの理論的裏付けには、スーパーの職業能力開発理論が用いられています。ゲーム内での意思決定は、プレイヤーが現実での内省を促す役割を果たします。また、キャリアに関する理論に基づき「チャンスのメカニズム」が設計され、ランダムに発生する社会的、経済的、文化的な外的要因も考慮されています。
(3)コンポーネントの視点
意思決定の結果を可視化するため、「現実的、探索的、社会的」などの特性設定が取り入れられています。これらの特性はホランドの職業パーソナリティ理論に基づき、ゲーム開始時にプレイヤーが定義します。ゲームの進行中、特性はプレイヤーの意思決定によって動的に変化し、意思決定の成功率にも影響を与えます。さらに、低ピクセルのインターフェイスを採用することで、ストーリーに集中できるようにし、教育的なゲーミフィケーションのための利便性を確保しています。
3. ゲームのコンセプト
CareerSimはPCでプレイ可能で、プレイヤーはバーチャルキャラクターに扮し、初期段階で様々な特性を設定します。彼らはキャリア開発に関するイベントを経験し、仮想のキャリアを形成することで、自己構築やキャリアの意思決定について内省する機会を得ます。
ゲームの世界観について、プレイヤーがX大学の工業デザイン専攻を卒業することから始まります。進学や就職などの出来事を通じてキャリアを形成していく中で、慎重な選択が求められます。プレイヤーは、決断の過程で特性や役割を発展させ、55歳で引退し、キャリアに関するレポートを受け取るという流れになっています。ゲームは、キャリア形成におけるイベントを通じて進行し、大きく4つのフェーズに分かれます。
(1)キャラクター設定: ゲーム開始時にキャラクターの特性と居住都市を設定します。特性と職業パーソナリティ理論を組み合わせ、初めの最適なキャリアポジションをマッチングします。特性はイベントやプレイヤーの選択によって動的に調整されます。
(2)キャリア開発イベント: ゲーム開始後、システムによって生成されるキャリア開発イベントを経験します。これらのイベントはプレイヤーのキャリア発達段階や個別の特性に影響されます。
(3)意思決定と影響: プレイヤーはゲーム内の選択肢を考慮し、決断を下します。これによりキャラクターの特性が変化し、年齢は次のステージの範囲内で更新されます。これらの変化は、後のイベントに影響を与えます。
(4)終了後のレポート: ゲーム終了時に、総合的なキャリア開発レポートが作成されます。プレイヤーは発生したイベントを振り返り、内省的な思考を促されるよう設計されています。
4. 機能の実装
CareerSimの主な機能は、以下の4つに分けられています。
(1)インプット: 2つの要素があります。一つ目はゲーム開始時の特性入力であり、最初のイベント生成のトリガーとして機能します。二つ目はゲーム進行中のプレイヤーの決定であり、これに基づいて特性が動的に変更されます。
(2)データベース:実際のある大学の卒業生のキャリアイベントから構成されます。これらのデータはスーパーの職業発達理論に基づいて整理され、ホランドの職業パーソナリティ理論に基づいて分類されています。
(3)キャリアイベント生成: Langchainと大規模言語モデル(GPT-4)を用いて、個別的かつ真正性のあるイベントを生成します。データベース内のイベントをベクトルに分割し、コサイン類似度の比較を用いて検索し、プレイヤーのインプットにマッチしたキャリアイベントを見つけます。プレイヤーは、AIが生成したランダムイベントを含む複数の選択肢を提案され、その中から意思決定を行います。
(4)プレイヤーとのインタラクション: Dynamic FeedbackやUnityを用いたインターフェース設計により、リアルタイムのインタラクションが可能になります。プレイヤーの特性と決定に基づいて、次のキャリアイベントや選択肢が生成されます。また、メモリモジュールを使用して、プレイヤーのインタラクションを記録し、後続のイベントに影響を与えます。
5. 予備調査の結果
予備調査は、18歳から24歳の大学生12人を対象に行われ、CareerSimを実際に体験してもらった後、半構造化インタビューを実施しました。調査結果から、CareerSimは多様な意思決定を含む没入感のある体験を生み出せることがわかりました。ユーザーはゲーム内での初期特性設定や意思決定を、現実の状況と統合しながら取り組んでおり、システム設計が個別化されたキャリア探索を促したことが示されました(例えば、「現実的で、将来のシナリオを客観的に理解でき、早期の経験と準備ができる」という評価など)。
一方で、「新卒の頃は、キャリア選択に明確なプランがあったが、40歳になると、何を考慮して決断すればいいのかわからなくなった」という意見から、年齢とともにゲームの没入感や関連性が低下する可能性があることが示されました。
加えて、特性の変化がプレイヤーの内省につながることも確認されました。具体的には、「残酷さ」や「失敗」の経験による、期待に沿わない意思決定や特性値の減少が見られことにより、ユーザーは自らの選択を振り返る機会を得ていることがわかりました。(例えば、「普段キャリアの落とし穴について考えることはないが、ゲーム中で失敗や挫折に直面することで、自分の選択を内省しやすくなった」という評価など)。ゲーム内での逆境は、現実の内省とレジリエンスを高める可能性があることを示しています。
調査の結論として、キャリア内省を誘発するシステムとゲーミフィケーションデザインの有効性が実証されました。しかし、遠い将来を予測したシナリオでは、背景設定の深さに限界があり、個別的で真正性のある回答を提供することが難しいという課題も浮上しました。これからの開発では、キャリア発達段階において、家族要因などのより豊富なテーマを導入する必要があることが示唆されています。
6. 結論と今後の課題
開発と予備調査を通じて、LLMsを活用することでキャリア探索に適切なフィードバックを提供し、内省などへのモチベーションを高める効果があることが確認されました。
今後の改良点としては、リアルタイムのインターネットデータベースを統合して最新のキャリアシナリオを作成することや、LLMsをキャリア開発の知見から改良してより現実的な因果関係を作成することが挙げられます。今後の計画としては、アンケートやインタビューを用いて、ユーザーの経験や自己構築の理解度を測定する予定があるそうです。また、繰り返しバージョンアップを行うことで、学習領域全体におけるゲーミフィケーションの可能性を追求し、LLMsベースのゲーミフィケーション理論に貢献することも目指しています。
以下は、この論文を読んだ私の感想です。
ゲーミフィケーションを活用することで、自己のキャリア内省につなげることができるか?というテーマに興味を持ち、この論文を読みました。LLMsを活用し、実際の卒業生50名のデータを用いることで、大規模かつ現実的、個別的なストーリー構築を可能にしている点において、ゲームデザインの視点で大変参考になりました。またシステム上、自分の意思決定とは異なる選択肢を選んでいたら、どのような結果になったか?ということを簡単に検証できることで、自分の意思決定について比較を通して客観的に捉えられ、深い内省につなげることも可能なのではないかと考えられます。一方で、今回のゲームジャンルはRPGであり、個別学習が前提になっていました。キャリアに関する自己内省は自己理解とともに他者や社会に関する理解も重要な要素であるので、ゲームのシステムとして、協働学習や共同学習のスタイルをとるケースでは、どのような利点があるか?という点が気になりました。今後、キャリアに関するゲームデザイン分野については、目的や対象に応じてより多様なジャンルや活用するテクノロジーを考慮して設計できるよう構想していきたいと思います。