皆さんこんにちは。修士1年の尾﨑です。
先日の英語文献ゼミで読んだ論文の概要及び感想について、ご紹介します。
タイトル:Artificial Intelligence (AI)-enhanced learning analytics (LA) for supporting career decisions: advantages and challenges
ジャーナル: Education and Information Technologies
巻ページ:29:297-322
出版年:2024
著者名 Egle Gedrimiene · Ismail Celik · Antti Kaasila· Kati Mäkitalo ·Hanni Muukkonen
背景と目的
現代社会において、キャリア意思決定の支援は重要性を増しています。不確実性の高い社会環境の中で、進路選択やキャリア形成における意思決定プロセスは、学生や若年層にとって大きな挑戦となっています。このような背景の中、AIを活用したラーニングアナリティクス(LA)ツールが注目を集めています。これらのツールは、膨大なデータを分析し、個別化された情報や代替案を提供することで、意思決定プロセスを効率的にサポートする可能性があります。しかし、これらのツールが実際のキャリア意思決定支援においてどのように機能し、どのような利点や課題が存在するのかについては、十分に検討されていないのが現状です。本研究では、AI活用型LAツールがキャリア意思決定支援に与える影響を明らかにし、今後のツール開発に向けた示唆を提供することを目的としています。特に、「ユーザー視点から見た、ツールの使いやすさと利点」及び「学生でなく、キャリア移行期における活用の可能性」について明らかにすることに重点を置いています。
理論的枠組み
本研究の理論的枠組みとして、テクノロジー受容モデル(Technology Acceptance Model; TAM)とキャリア意思決定モデル(Career Decision-Making; CDM)の2つを採用しました。TAMは、技術の受容度を「有用性」と「使いやすさ」という2つの要素から説明するモデルであり、これらの要素が技術の使用意図や実際の使用行動に影響を与えることを示しています。本研究では、AI活用型LAツールがユーザーから見てこれら2つの要素においてどのように評価されるかを分析対象としました。一方、CDMは、キャリア意思決定を「事前スクリーニング」「詳細な探索」「最終的な選択」の3段階に分けて説明するモデルです。このモデルを用いることで、AI活用型LAツールがユーザーのキャリア意思決定プロセスに置いてどの段階でどのように役立つのかを明らかにすることを目指しました。これら2つの理論的枠組みを組み合わせることで、キャリアガイダンスにおけるツールの利点や課題を包括的に捉えるアプローチを取っています。
研究方法と概要
本研究では、フィンランドの職業教育訓練機関に所属する学生106名を対象に調査を実施しました。調査はオンラインの自由回答式アンケートを用いて、以下の5つの質問を中心に構成しました。すなわち、「ツールはどのような状況で使用されるか」「ツールは教育や仕事への応募に役立つか」「得られた情報の利点は何か」「ツールに対するフィードバック」「望ましい機能追加」です。これらの質問を通じて、ツールの使用体験や評価、さらにはツールへの期待や改善点についての具体的な情報を収集しました。データ分析には、TAMとCDMのフレームワークを活用し、得られたデータを理論的視点から分類・整理しました。その結果、ツールが情報提供やキャリアパスの多様化において高く評価されている一方で、視覚的デザインや指示の明確さについては課題が指摘されました。
研究結果
結果の詳細として、AI活用型LAツールはキャリア意思決定プロセスの中で特に「詳細な探索」と「最終的な選択」の段階で有効に機能していることが分かりました。具体的には、ユーザーが利用可能な選択肢を把握し、それらの選択肢を比較検討する際に、ツールの情報提供能力が重要な役割を果たしています。また、ツールが提供するデータは、進路やキャリア選択の幅を広げる可能性を持つことがわかりました。一方で、ユーザー自身の価値観に関する情報や内省を促す要素が不足している点が課題として挙げられました。さらに、TAMの視点からは、「有用性」については高い評価を得たものの、「使いやすさ」の観点では、視覚的デザインの改善やユーザーインターフェースの向上が求められることがわかりました。また、更なるLAキャリアガイダンスツール開発に関するニーズとしては、「情報の多様化と個別最適化」が挙げられました。具体的にはキャリアパスに関するアイデアの多様化や内省などについて、より個人に最適化されたデータを作成することが求められていました。これらの知見は、ツールがキャリア意思決定に与える影響を深く理解するうえで重要な示唆を与えるものです。
議論と本研究の限界について
本研究を通じて、AI活用型LAツールがキャリア意思決定支援において有用であることが明らかになりましたが、さらなる改良の余地があることも示されました。特に、ツールが提供する情報を通じてユーザーの自己内省を促し、意思決定をより主体的に行えるような機能が求められています。これについては、ツールが将来の目標、関連するスキル、自己の興味に関する情報を増やすことで自己認識の欠如を補うことが必要になります。また、職業や教育機関の情報量の少なさが、ユーザーに提供する情報量に影響を与えていることも考えられるため、さらに包括的な情報の収集についても考慮する必要があります。
また、視覚的デザインやインターフェースの改良は、ツールの「使いやすさ」を向上させるだけでなく、ユーザー体験全体を高める効果が期待されます。ユーザーのニーズに応じて、インターフェースの改良点または人間によるサポートをどのように考慮してデザインするかという点がキャリアガイダンスツールにも求められると考えられます。
そして本研究の結果を通して、ユーザーの意思決定プロセスに変化が生じる可能性も示されました。ツールによる情報分析プロセスと使用された情報はユーザーに見えず、最終的な推奨事項のリストのみ表示されるため、CDMモデルの重要な目標である「キャリア意思決定を行う方法を学習する」ことを妨げる可能性があります。したがって開発においては、ユーザーによる内省を多様な方法で可能にすることが重要であると考えられます。
本研究の限界として、社会環境、個人適性、経済状況、健康状況など個人のキャリア選択に関係すると考えられる大きな社会経済的文脈を考慮していない点が挙げられます。さまざまな排除や偏見が個人のキャリアパスに関係し、デジタルでの指導にも影響する可能性があります。
本研究の結果は、今後のAI活用型キャリア支援ツールの開発において、ユーザー視点を取り入れる重要性を示唆しています。これにより、不確実性の高い社会環境の中で、より多くの人々が自信を持ってキャリア意思決定を行えるようになることが期待されます。
以下は、この論文を読んだ私の感想です。
キャリア自己調整の促進を目指す学習デザインを考える中で、LAを用いてキャリア意思決定をどのようにサポートできるか?という点について学びたいと思い、この論文を選びました。結果として、キャリア意思決定における個別の情報提供などの点で活用の可能性があることがわかりました。また内省についてはやはりキャリア意思決定において重大な要素であり、情報の提供やレコメンドのみでは促進されづらいということも理解できました。これについてLAだけに依らず、全体の学習デザインの中でサポートすべき項目であると考えました。
一方で、ウェブ上でのポートフォリオ作成とそのテキスト解析による内省の促進などLAを活用した内省活動へのサポートや、LAを用いた学習者のキャリア探索能力の評価及び改善の可能性については、今後さらに先行研究のレビューを進めたいと思います。