九州大学 山田研究室

学生のニーズに最適化したキャリア教育プログラムの開発には、どのような手順が必要か?

2024年12月02日

みなさん、こんにちは。修士1年の尾﨑です。

今回の英語文献ゼミで取り上げた論文の内容や感想について紹介します。

論文情報

論文タイトル:Development and Effectiveness Verification of an Online Career Adaptability Program for Undergraduate Students

出版:Frontiers in Psychology

巻数・ページ:13:857111

出版年:2022

著者名:Jihyo Kim

https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2022.857111/full

将来が予測不可能な現代において、「仕事上の予測可能な準備及び予測不可能な状況に対処する能力」であるキャリア適応性(career adaptability)向上のための多様なプログラム開発がなされてきています。一方で、それらの多くは就職や成績などの成果重視の視点から開発されたものであり、人生全体を考慮したキャリア支援の視点によるものではないという指摘もあります。

この研究では、韓国の大学生が直面する問題や変化に適切に対処する能力の開発に焦点を当てた上で、以下三つの重点分野を定め、プログラム開発を行っています。

(1) 自己と職場環境に関する知識と認識:タスク実行時に直面している困難に焦点を当てながら、対象の適応要因を考慮すること。

(2) 自律的対処に関連するキャリア上の行動:診断ツールと連動し、個別にカスタマイズされたキャリアコンサルティングにも応用可能なものにすること。

(3) キャリアの決定と適応のための環境相互作用 :補助ツールとしてではなく、ウェブベースの教材をメインで使用する。

リサーチクエスチョン(研究課題)

・学部生のキャリア適応性を向上させるために設計されたプログラムの構成は?

・ プログラムに参加した大学生のキャリア適応度はどのように変化したか?

開発に際しては、以下の手順で行われました。

◯Study1:オンラインのキャリア適応性向上プログラムのパイロットを開発し、その有効性をテストする。

(1) 文献レビューとニーズ分析

キャリア適応プログラムのニーズ分析を 10人の専門家と実施し、以下のように構成要素をまとめています。

・キャリア適応力を高めるために必要なコンピテンシーを5点

・プログラムの開発に反映すべき要素を「トップダウンのプログラム構成」「対人スキルの追加」の2点

・内容を「ソーシャル・キャピタル構築力」など6点。

・運営方法を「チームベースの活動に基づいてコミュニケーションスキルを向上させる」など 6 点。

・プログラムの有効性を高める方法を「失敗、挫折、放浪、放棄、課題の克服を含む内容」や「さまざまな職業における失敗や課題の克服の経験を共有するプログラム等の開発」と定める。

(2)パイロットプログラムの設計と開発

・ニーズ分析の結果に基づき、プログラム開発を行いました。

(3)内容の妥当性検証

Delphi 法による検証:フィードバックを伴うアンケートを実施。専門家グループの合意に達するまで、統計的指標に基づき、2 回目でパネリスト間の合意が得られたと判断しました。

(4)パイロットプログラムの実施

パイロットプログラムに自主的に参加した学生(参加者7名)から意見を収集。各セッション終了後に満足度調査及びキャリア適応性について事前事後テストを実施しました。

・キャリア適応性の事前事後テストのスコアの差を調査。キャリア適応性の複数の下位尺度およびキャリア適応力全体に有意差がありました(F=8.752、 p=0.011)。

・プログラム満足度調査では、「プログラムの質と満足度」、「問題解決のサポート」について概ね高い満足度となり(中立:0%~26.67%、同意:20%~86.67%)、再参加意向は「はい」の比率が 93.3%~96.7%と高くなりました。

・キャリア適応性テスト :K-CAS (kim 2021a)を用いて測定。各項目を 4段階で評価しました。

・プログラム満足度調査 :Client Satisfaction Questionnaire (CSQ)(Larsen et al1979)の一部項目を修正して使用し、プログラム内容の適切性、活動の適切性などを測定します。回答は、5 段階で評価し、研究に関する意見や経験についての自由回答形式の質問にも回答しました。

・有効性テスト:反復測定ANOVA (RM ANOVA) を使用しました。

Study1の結果として、キャリア適応の 3 つの領域及び 9つのキャリア適応性サブ要素から構成される 13セッションの最終プログラムが完成しました。

(5) 最終プログラム実施、分析。

・プログラムの目的は、以下のように整理されました。

①自分自身についてのポジティブな感情と強みを発見することによって、キャリア課題に対応するための適応能力と自己調整戦略を向上させること。

②子どもたちが将来に対して楽観的な期待を持てるよう支援すること。

③自主的なキャリア準備を支援すること。

・プログラム方法は、以下のように設計されました。

(1)プログラムのニーズと目的を探る。 (2) キャリアに対する前向きな信念。 (3) 自分自身のアイデンティティを確立するための理解:仕事の意味と価値観。(4)アイデンティティを確立するための自己理解:強み。 (5) 労働環境の理解。 (6) 社会的責任。(7)(8)リソース利用能力。 (9) (10)キャリア選択の危機に対処する能力。 (11)目標調整能力。 (12) キャリア準備行動。 (13) 統合。

◯Study2:最終プログラムの有効性をテストするために定量分析を実行する。

・参加者数:G power での検証の結果、必要な参加者数は 159名(各グループ 53名)であり、今回は 163名と十分な参加者数を確保できました。

・参加者:韓国の私立大学の学部生はランダムに3つのグループに割り当てられ、所属する学部や性別は多様でした。

実験群…この研究で開発されたプログラムに参加。n=54

比較群…既存のキャリア教育プログラムに参加。n=56

対照群…プログラム参加なし。n=53

・分析

二元配置分散分析(SPSS Statics 25.使用)を用いて、キャリア適応性の事前事後テストのタイミングで各群の主効果と相互作用効果を調査し、参加者のキャリア適応性スコアの変化が統計的に有意かどうか判断します。

加えて、ボンフェローニテストにより有意水準の補正が行われました。

・正規性、等分散の検証

①Kolmogorov-Smirnov の正規性検定によると、比較群と対照群では一部の正規分布が満たされていない状態でした。ただし、歪度と尖度の値は-2 から 2の間であるため、3 群すべて正規分布を仮定して実行されました。

②Levene の等質性統計では、グループ間の均一性が確認され、等分散の仮定を満たしました(M=5.034、 F=0.822、 p>0.05)。

③球面性テストでは、真球度の仮定に違反していることが判明し(W=0.60、 ×2 (3)=10.74、 p<0.05)、Greenhouse-Geisser の補正 P 値が適用されました。

・結果

 ①キャリア適応性スコア:キャリア適応性の平均スコアにおける群間差:F=11.280 (p<0.001、h2 =0.135)となり、有意差ありとみなされました。

さらにCA の平均値に大きな変化を示したサブ要因は「アイデンティティを確立するための自己理解」、「作業環境の検索」などであると特定できました。

②平均キャリア適応性スコアとグループ間の相互作用効果:F 値 7.293 (p<0.01、h2 =0.091)で統計的に有意となりました。

さらに相互作用効果の重大なサブ要因は「アイデンティティを確立するための自己理解」「作業環境の探索」でした。

③下位因子の事前事後テストのスコア変化:実験群はほとんどのサブ因子でスコアが増加し、比較群では「責任ある行動」に特にスコア増加が大きくなりました。対照群では、いくつかのサブ因子で小さな変化が観察されるのみでした。

④全体的なスコアの調整平均について共変量分析の結果、プログラムへの参加は、修正後の適応性スコアに有意なプラスの効果をもたらしました(F=11.963、 p<0.001、 h2 =0.142)。

④プログラム満足度調査:実験群・比較群の参加者は、プログラム全体の質と満足度について肯定的な反応を示したものの、いくつかの項目で実験群が比較群より有意に高くなりました。

⑤自由回答の分析(テーマティック分析):プログラムへの参加に対する認識と満足度に関する自由回答から、(1) 個人のキャリアパスに関する意見 (2) プログラムに関する意見 の2つの意見カテゴリーが得られました。

 

先行研究でのプログラムとの差異として、以下のような点が挙げられました。

・プログラム内容の個別性:多くの先行研究では、キャリア適応性の4 領域に基づいた介入を提案していますが、本研究では、学生が支援を必要としている領域として特定したキャリア開発タスクの3つの側面に分類し開発したものであり、学生に応じてパーソナライズされたプログラムを設計する可能性を示唆しています。

・キャリア適応性向上のアプローチ:本研究では、適応性のサブ要因の事後テストスコアの差をグループごとに比較し、どのような要素が適応性の改善に影響するかを検討することに主眼を置きました。

・オンラインでのプログラムの優位性:学生は、いつでも自分のキャリア適応力を診断し、個別のプログラムを受けたり、詳細なカウンセリングを受けたりといった選択等につなげることができます。これはオンラインとオフラインを組み合わせたキャリア教育プログラムを開発するためのモデルとしても使用できる可能性があります。

 

以下は、私の感想になります。

自分自身の研究で、キャリア自己調整を促す学習デザインを開発するにあたって、「プログラムの妥当性をどのように保障するか」また「キャリア適応性と関連する要素についてどのように分析をするか」という点を学びたいと思い、今回の論文を選びました。学校外のリソースも利用した分析プロセスや、参加者数・内容の妥当性検証の方法など参考にしたいと考えています。

一方で、気になる点と自分の研究に取り入れたい視点として、以下の点があります。

・「ニーズ分析において、学生本人が認識するキャリア適応性のスキルを考慮しているのではなく、専門家等によって学生全体の課題を分析したものである」

→分析対象を学生全体でなく、診断結果により個別最適化されたプログラムをカスタマイズして受講するデザインの考慮。

・「オンラインでのプログラムとしての強みの最大化やデメリットの解消についても十分に検証できていなかった」

→オンラインとオフラインを組み合わせたプログラム開発の可能性。

・「質問紙による定量的な分析に偏っていた」

→学習ログの分析やオンラインで作成したポートフォリオのテキスト解析等を用いた質的なデータ分析。

特に、オンライン学習環境でのキャリアに関する個人の行動の側面を、今回の論文のようにキャリア適応性やその他のスキルと結びつけてどのように評価できるか?という点について、今後より深めていきたいです。

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