感動!ラーニングコモンズの使われ方


今日はラーニングコモンズですばらしい使い方をみました。

今回は青年心理学の研究者であります岡田努先生のゼミで、3・4年生ポスター発表会で使われていました。50名と書いてあったので、どんなことになっているのだろう?と思っていましたが・・・

いい!!この使い方はいいですねー。50名だとぎゅーぎゅーになるかな?と思ってましたが、そうでもなかったです。机の上にパワーポイントのスライドを印刷したものをならべて、学生さんたちが活発に議論をしていました。ポスターというと壁に貼るというのが普通なのですが、机の上に置くというのがいいじゃありませんか?しかも、スライド毎にバラバラにさせているというのがいいですね。スライドをいろいろ手で移動させながら、話ができますね。机の上だといろいろ書きやすいというのもいいですよね。メモとか。
いやー、ほんと、この空間を作って良かったです。感動しました!!岡田先生、ありがとうございました!!他の先生方も是非使って下さい。まさにこのような利用のされ方も1つの理想型として思っていたのです。
これを見て、各テーブルにホワイトボードとか、机の上にペンで書けるシートとか用意した方がいいと思いました。たぶん机の上にペンと紙があって、このような学びと合わせるといいでしょうね。議論も盛り上がりますよね。私もやってみたい!!あと、それぞれの研究に関連する文献や論文を検索できるような端末と、文献そのものを置いておくとか。まさに図書館だからできることじゃないですか?学習空間としての図書館、まさにラーニングコモンズを感じました。
なんか、ラーニングコモンズにおける協調学習の環境デザインについてヒントが得られたと思います。後期に向けて、より良いものを作っていきたいと思います。なんかいろいろアイデアが涌いてきましたよー。
図書館の方々と相談して、イーゼルパッドとか購入を考えます。これ、絶対いいですよね。買おっと。

デザイン思考


棚橋 弘季 著「ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術」を読んでみました。

別に仕事に困っているとか、悩んでいるわけじゃないですよ(笑)「デザイン思考」ってなんだろう?と思って、読んでみたということです。最近、私の周りではデザイン、デザインと言葉が飛び交っていますし、実際、そんなことを発している私でもあるのですが、デザインってなんだ?とふと思って。もちろん、領域にも考え方が違うので、多少の違いはあると思いますが。

本の内容としてはKJ法やペルソナを中心とした、計画、調査、プロトタイプ作成、評価、改善、プランの実行という、人間中心設計を踏まえた実際の仕事術のような話が後半は中心になっていますが、「デザイン思考」の歴史、デザイン思考というのはどういうことかという点が触れられている点です。デザイン思考の説明で、アメリカのシリコンバレーにあるIDEOというデザインコンサルティングファームを例に、そこでの仕事方法を挙げて説明されています。本書によるとデザイン思考とは・・・

「デザイナーの感性と手法を用いて、人々のニーズと技術の力を取り持つこと」

または

「現実的な事業戦略にデザイナーの感性と手法を取り入れ、人々のニーズに合った顧客価値と市場機会を創り出すこと」

と記述されています。しかし、「デザイン思考」はアウトプットまで定義としてるんですね。その中で使われる「デザイン」というのは「生活文化をつくること」であり、デザイン思考の仕事は「人間中心の仕事」であると説明されています。私たちがいる教育工学の研究分野も相手は人間であり、学習は生活と結びついているので、「デザイン思考」の仕事ですね。仕事術で出てくる作業フローも教育工学における研究手法と共通点が多いです。こういったものは勘が利くところもあって、難しいのではと思いがちなのですが、本書によると、デザイン思考というものはある程度体系化されていて、アメリカの大学ではこの手法を学習する授業や授業内でも取り入れられているんだそうです。
仕事方法、心得も書いてあります。仕事方法はSEのシステム開発手法と似ている部分が多いです。ただ、私たちが無意識に思っていること、忘れてしまうことが書かれています。その中でも大切なことだと思ったキーワードは「視覚化」です。これはWebデザインでも学習システムでも、授業でも大切なことなのですが、作業、思考、アイデアの創出、それぞれにおいて、その仕事に関わっている人が「デザイン思考」ができるよう支援するのは「視覚化」というこだと思います。会議でもそうですよね。発想法でもKJ法の説明をする前に「発想は何もないところから出てこない」ということを前提に、「パースのアダプションと記号学」を用いて説明されています。

#私の学部の時の友人が認知科学分野で「ひらめき」と「創造性」について研究してい
#ますが、それも何もないところで、「パッ」と光が見えるように発想が生まれるとい
#うことはあり得ないということなんでしょう。
「デザイン思考」の仕事、教育工学の研究ミーティングでもそうなのですが、グループワーク(会議)というのはよく行います。ただ、「これは忘れがちだ」と思うのは、グループワークというのは、お互いが持ち寄ったアイデアをすり合わせるのではなく、「それぞれが持ち寄ったアイデアをもとに多様な視点を合わせて、包括的な視点からより『大きな森』が見える状態を作ること」と本書は指摘しています。
「デザイン思考」の仕事の7原則というのも大切なことが書かれていました。どれも常々、心にとどめておかなければならないと思っているのですが、その中でも、

「他人が作ったものを否定しない。厭ならよりよい代替案を具体的に示す」
「『わかる』ことは重要じゃない。『わからない』ことにこだわる」

というのは、7つの中でも私が大切だと思うことです。特に後者は研究者である私は研究者であるが所以であることだと思っています。私たちは教育工学の分野で、みんなの学習をよくするという目標を達成するに当たり、「わからない」ことを明らかにすることですから。
また、調査の段階で、エスノグラフィーを導入する点もビジネス書ではめずらしいですね。これも人間中心設計というデザイン思考の中心概念があるからだと思います。人間中心設計はどの製品でも言われることなのですが、なかなか実施が難しいです。エスノグラフィーはただ実験室で被験者を観察して・・・とかそんな軽い話じゃないですし、普通にやるととてつもなく時間がかかりますので、実際のビジネスに使用する場合は何かしらの、工夫が必要になると思います。あと、あくまで主観的であるというところも注意が必要です。でも、調査として、その空間内で起こる様々な事象を見ることができる有効なツールであることは私も同意です。あとは現場にどう落とすかですね。
仕事に困った時に読むとか、そういう目的ではなく、日頃の自分の仕事のやり方、会議のやり方など振り返るという目的で読むのが良いと思います。無意識に思っていること、忘れていることを思い出させてくれます。

Twitterでの議論は難しい


最近、Twitterでいろんな方と縁ができ、大変楽しませてもらっています。あまり気の利いたことはつぶやいていませんが、一度も会ったことがない方と意見交換ができるのはうれしいことですね。
しかし、ちょっと同時に困ったこともあるというのが正直なところです。それは議論です。私は議論は好きな方なのですが、Twitterではそれが難しいなと思うこの頃なのです。議論にはそれなりの主張があり、それを支える理由などが含まれます。情報ソースもあるでしょう。それはやはり140字という枠の中には収まり切れないというのがあります。また、突発的に議論を振られることになると、忙しいときには参加することができず、非同期的に使うにも、既にその議論が終わっているということが多々あり、なかなか難しいと実感するところです。
あと、もう1つ気になるのが、フレーミングです。いわゆる「誹謗・中傷」が連続することですが、Twitterに限らないのですが、テキストベースのコミュニケーションでは起こりうることです。社会心理学・社会情報学の方ではTwitterのようなComputer-Mediated Communicationの研究は結構進んでいます。大変興味深いことに、社会心理学の教科書的な本、グラフィック社会心理学で掲載されていたことで、Castella et al(2000)の調査によると対面、ビデオカンファレンス、電子メールでフレーミングに差があるのかどうか見たところ、電子メールが一番多く(全発言の4.72%)で、対面、ビデオカンファレンスでは1%未満ということだったそうです。また「くだけた」話し方の率は対面、ビデオカンファレンスでは4.66%、4.98%で、電子メールでは8.89%だったんだそうです。この原典に当たっていないので、実験デザインや背景などちょっと正確な要点が漏れているかもしれませんが、このようなデータが載っていました。興味深いですね。ちょっとまた原典に当たりたいと思います。
社会的存在感の観点から言うと、引用がしにくいというのは辛いところです。人の名前を明示した上で発言を引用するのはメンバーの社会的存在感を高めるので、Garrisonに言わせると良いこととされています。引用は議論の展開では重要で、社会的存在感がまさに学習に結びつける要点だと私は考えていますが、それが引き金でフレーミングに結びつく危険性も同時にあると思っています。フレーミングは一種、感情的発言が出てくるので、それも社会的存在感の定義内のことと言われれば、そうなのかもしれません。Garrisonはフレーミングと社会的存在感の関係については触れていなかったと記憶しているので、ちょっとこのあたりも調べてみたいところです。
しかし、Twitterでも時折、このような状況を見ることができるので、なかなか冷静な、しっかりとした議論というのは難しいのかもしれません。なにより感じたのは、話の文脈が140字では欠落し、議論参加者相互の誤解が生じてしまうことが痛いと思いました。
Twitterでは、対面での議論の土台として、お互いの考えの方向性の確認や事実関係の確認程度の質問と回答程度で抑えるのがベターなような気もします。あとはブレインストーミングのような、お互いのアイデアを基本的には批判をしないようなアイデア出しなど、いろんな方のアイデアを聞くことができるので向いていると思います。
そういう、柔らかな使い方がいいのかもしれません。熱血議論屋さんはちょっと時折、熱冷ましをしておかないと、フレーミングをしてしまい、よいことにはならないので、注意しないとです。私も議論屋の時があるので、注意しないと・・・