会社時代の先輩が講師で来てくれました


私のセンターが主催している学生・学習支援研究会に私の会社時代の先輩が講師で来てくれました。テーマは「大学と企業での学びの接点」です。

世の中、なんとか基礎力とか、学士力とか言っているのですが、それらはどこまで求められているものなのか?そもそも理想論を言っているだけであって、過度に騒ぎすぎなのではないか、などいろいろ疑問があり、コンサルでもない、人事部でもない、現場の方に来て頂いて、お話を聞きたかったのです。

そこで私の会社時代の先輩に来て頂けることになり、研究会を開催しました。教育工学の研究でも出てくる言葉もあり、大変わかりやすかったです。内省、自己成長、メタ認知、意図的学習・偶発的学習のお話から、使命感、適応力、理不尽な環境で生き抜く力(とある状況において「理不尽」であるというラベルを貼るかどうかは自分次第という思考)、目の前のことを「がむしゃら」にする若手が減ったなどのお話もありました。

この話はぜひ本学学生にも聞かせたいと思い、ラーニングコモンズのオープンスタジオで学生向けの研究会でもお話頂きました。

スタイルとしてはフリーディスカッション形式で、最初から質問を受けつける形式という、今まであまりなかった形式でとまどいを受けた学生もいましたが、私の授業を受けてくれていた学生から口火を切ってくれて、盛り上がりました。先輩は転職も2回されていますし、その転職の契機に関するお話から、就職活動における文系・理系の違い、「人事部という部局があるのに、なぜ人材育成の企業があるのか?」といった素朴な質問、いろいろありました。学生の刺激になり、これからの学生生活の過ごし方、就職活動で意識すべき点、また今年度で卒業してしまう学生には、卒業後のキャリアの考え方など、いろんな収穫があったと思います。

教職員向けの研究会でも、参加された先生から「こういう現場の方と話をして、大学の教育を考える機会、振り返りは大切」という感想も頂き、来年度は2人くらい、現場の方をお呼びして、お話頂こうかと思っています。なかなか現場の方はお忙しく、難しいのですが、なんとかこの機会を作りたいですね。そして、学生にも聞かせたいです。

私は、最近、めったに出ない先人の例を出してきて、きれいな言葉で人材育成論が語られているように思います。また、コミュニケーション、コラボレーション、非常に大切ですが、これらが自分にとって厳しい壁にもなり、ストレスになるということもあることを知らず、求める学生が増えてきているように感じます。現場ではハラハラすること、泥臭いこと、思い通りにならないことなど、いろいろあるのです。学生に希望は持って欲しいですが、現場というのがどういうものであるのか、という現実もしっかり知る必要はあるのです。

是非、来年度もやりたいですね。
もう年末ですね。今年も残すところ、1週間ほどですか。今年も長かったようで、短かったようで・・・年末になっていろんなゴタゴタした会議が入ってきて大変です。授業は無事に年内は終わりました。

 

CALLにおけるマルチモーダルを考える


ちょっと自分の本棚を整理していたら、題名でちょっと魅かれた論文があったので、ざっと読んでみました。

Hampel, R., Hauck, M. (2006). Computer-mediated language learning: Making meaning in multimodal virtual learning spaces, The JALT Journal, 2(2), 3-18

この論文によると、

・言葉を「書く」ことと「話す」という行為がなされるのは、その行為がなされる文脈が異なり、また形成される意味が異なる

・ヨーロッパでは歴史的に言語リテラシーを重視し、「書く」ことによるコミュニケーション(おそらく手紙など)が多く、「書かれる」言語に対する研究が主流だった(著者は本論文内で「読み書き能力」の意味としてリテラシーという言葉を使っていると思われる。OralyとLiteracyと対比して使っているので)

しかし、

・電話やテレビの登場により、「話される」言葉への注目がされるようになり、言語教育の研究対象の1つとなってきた。

・最近の情報通信技術の発展が「書く」ことを重視する支配的な考え方をより弱体化させ、「話す」という行為にも同等に目が向けられるようになった。

ことから、マルチモーダルへの注目がされるようになってきたとしています。

そして最近、コンピューターを使用した言語教育(Computer-Assisted Language Learning)で、なぜマルチモーダルなツールが使用されるようになってきているのか、この論文によると要点は3つあるように思います。

1:人間は言語を「話す」、「書く」ことで相手に伝えるが、言葉は視覚的な情報、身体的な情報(表情やしぐさ)などを媒体として、意味が形成され、相手に伝えられるものである

2:言語は様々なメディア(コミュニケーションツールのことだと思います)を利用することで創られる意味が変わるが、メディアはそれを1つの土台に組織化する(つまり、使う媒体で伝え・伝わる意味はメディアによって変わるが、それを1つにまとめあげるのもメディアということか)

3:コミュニケーションのカジュアル化(携帯電話を例に、電話よりもテキストベースのコミュニケーションを好んで使うことが多くなり、テキストコミュニケーションでも対面のような「話し言葉」を使ったコミュニケーションが増えてきている)

この3つの観点がCALLにおけるマルチモーダルの有効性や今後の展望において大きなヒントがあるとしています。そこで、Open UniversityのLyceumというシステムを例に挙げて、Lyceumのマルチモーダル化について説明しています(今はLyceumから新しいシステムに移行したと思いますが)。

Lyceumの利用実践や効果については結構論文で発表されているので、下記などを参照とするといいと思います。いろいろ昔から論文が出ていますので。Open Universityだからこそ考えないといけない点なども実践として書かれている論文もあります。

Hampel, R. & Stickler, U. (2005). New skills for new classroom: Training tutors to teach languages online. Computer-Assisted Language Learning, 18(4). 311-326

Hauck. M (2005). Metacognitive knowledge, metacognitive strategies, and CALL, In J. Egbert & G. Petrie (Eds.), CALL Research Perspectives (pp.65-86). New Jersey, Laurence Erlbaum Associates.

マルチモーダルについて、いろいろ議論がされる契機は私は今まで知らなかったことなので、勉強になりました。Hampelの論文は私は結構読むのですが、勉強になりました。

ただ、思ったのは、コミュニケーション媒体のマルチモーダルと教材のマルチモーダルは切り分けて考えないといけないと思いました。コミュニケーション媒体と言う場合は同期・非同期型コミュニケーションツール、テキスト・音声コミュニケーションツール、相手の動画表示・非表示コミュニケーションツールで組み合わせを考える必要があると思います。これらをすべて1つの画面で可能にするとなると、コミュニケーションを通じた意味形成を促し、インタラクションを促進させること以前の問題で、システムを利用する観点から負荷が高く、学習活動に集中することができないと思われます。システム設計的にイケてませんよね。

私自身はいくつかのコミュニケーション媒体を1つの画面で可能にするという考え方はあまりよくないと思っています。コミュニケーション媒体は学習者にとって大変重要なアウトプットを司る部分ですので、単純で集中できる形が望ましいと思います。またこの論文でもメディアによって言語の意味形成が異なるとしているので、複雑に入れ込むことで何を育成したいのか、わからなくなります。学習目標によってコミュニケーション媒体を切り替えることを可能にするシステムであれば、それはいいことだと思いますが。

教材や学習支援ツールとしてのマルチモーダルという考え方はいい部分が多いと思います。ホワイトボードや文字ベースのドキュメントを共有し、線を引く機能を入れること、ユーザーのマーカーを共有する機能など、さまざまな学習方法を可能にする機能を入れることで、学習者が行いたい、伝えたいことを支援するという意味でいいと思います。ただ機能として複雑にならないこと、使用方法がわかりやすいことが外せない点だと思います(かなり難しいことなのですが)