金沢大学ラーニングコモンズを考える


先月、共同学習会「金沢大学ラーニングコモンズにおける学習支援・運用を考える」を行いました。本学中央図書館の岡部課長より、図書館の観点から見たラーニングコモンズに至るまで歴史、インフォメーションコモンズからラーニングコモンズへ変わる背景、ラーニングコモンズについてのご説明が、日本国内と海外の大学の事例を含めてありました。学習支援の関係で私が微力ながら協力させて頂いています。岡部課長も結構、学習支援にご興味をお示しで、ご理解を下さっているので、お話が結構進むので楽しいです。
インフォメーションコモンズでは、プリンターやマルチメディアへのアクセスなどの統合的サービス、OPAC、グループ学習スペースの提供を基本に情報リテラシー教育の一部を担うような形で造られていました。以上のものはグループ学習スペースはまだしも、図書館の利用を通じて、情報リテラシー学習を主に個人で行うことにあったように思います。しかし、図書館が提供できる資源を有効活用することでより良い学習の場を提供することができます。それが「インフォメーションコモンズからラーニングコモンズへ」という言葉に代表されるように、ラーニングコモンズに注目をされているということになるのだと思います。もちろん、その背景には図書館の利用率の低下、図書館に関する予算の低減、図書館職員数の削減という図書館における大きな問題への対応であることもあります。
ただ、私がちょっと驚いたのは、岡部課長からもお話がありましたが、ラーニングコモンズのもう1つの背景として、「知識の伝達」から「知識の創造」へという、学習観の変化についても触れられていることでした。「知識の創造」というところまではちょっと言い過ぎ感があるようにも思いましたが、これは学習科学の方でも学習は一方的に知識が教員などの知識がある人から学習者への「知識の伝達」観から「人間は人間や人工物との相互作用を通じて、知識を再構成する」という社会構成主義的学習観に1990年代を中心に注目されてきました。それに通じるものを図書館でも意識されていた(のか?)というのが驚きだったのです(もちろん、知識の伝達の意味や効果を否定するものではありません。学習というものは受動的なものではなく、好奇心というものをもつ人間の主体的な行動であると捉えることが重要です)。このような考えは教育学部などで教育研究に関わっていない限り、学部などで教育に携わっている教員もあまり知られていないことなのですが。このあたりの概要を知るには、IDE大学協会が出しているIDE-現代の高等教育でラーニングコモンズ特集がされていたので、参考になります。後半にある矢野先生が書かれた学習環境デザインとの関係ではTEALのお話しもあります。
しかし、ラーニングコモンズのような空間は図書館一部局でできるものではありません。ICT利用とも密接に関わってきますので、情報技術について長けている部局との連携は必要になります。本学では情報部が管理しているので、ここはなんとかなるのではないかと、私の勝手な想像ですが、思っております。空間設計も、社会構成主義的学習観の立場に立つ問題解決学習やプロジェクト学習などの学びを支援する可動式で、グループの人数によって組み合わせ方を変えることができる什器類、ゾーニングも大切です。「静かな空間」だけではなく、「仲間が対話を繰り返し、学びを発展させる場」を作ることはなかなか難しいものがあります。本学のラーニングコモンズでもそのような空間が図書館内につくられます。しかし、ラーニングコモンズで「最も」といっても過言ではない程の重要な点は学習支援にあります。海外の大学ではラーニングコモンズ内にキャリアセンターなどの学習支援組織が充実しています。日本の大学でもお茶の水女子大学の学生アシスタントLiSA、東京女子大学の学習コンシェルジェ、名古屋大学でも学習支援スタッフが配置され、学習支援体制が創られているということでした。ここはお金がない地方大学は頭が痛いところです。でもこれが抜けるとラーニングコモンズではないということになります。地方大学では「センター」という文言を気にするような小さな教員もいるので、さらに頭が痛いです。
ただ、本学のように教育工学において、心理学的な側面から協調学習、CSCL研究をしてきている研究者がいるところでは、運用面はプロではない部分もありますが、支援のデザインや体制を組むことは研究の知見を踏まえてできるのは、そういう研究者がいない大学に比べ、大きいことかもしれません。いろいろ考えています。支援に割くことができるリソースの制限の中、この学習空間を活かした学習支援の方法を。社会構成主義的学習観に触れた教育工学の文書や論文は1990年代後半あたりから増えてくるのですが、私は結構、教育工学の古典が役に立つなと思っています。古典はいいことが書いてありますね。
また教員向けのワークショップも必要だと思っています。昨日、東京大学の現代GPシンポジウムに参加してきましたが、東大でもKALSの教育利用普及に教員向けのサマープログラムをされたそうです。これは大切ですね。ただ、FD研修会によくある一方的な講義型はやっても仕方ないと思いますので、いろんな方法を考えたいと思います。その点、東大はうまくやってましたね。参考にしたいです。
ラーニングコモンズは魅力的な空間で、大学における授業内外の学びを支援するのに大変重要な役割を果たすと思いますが、それだけ教職員に負荷が高くなることは確実だと思います。新しい学びの形態ができるということはそれだけの新しい、それも自分たちが考えもつかないような問題や負荷が出てくる可能性は高いと思います。しかし、それを恐れていては何もできないですし、地方大学は大きな特色を出す大切な機会だと思います。
ラーニングコモンズの関係の雑誌を国内外の論文に当たりましたが、しっかりと研究されているものはまだ少ない状況だと思いました。私が読んだところ、The Journal of Academic Librarianshipの何本かの論文くらいだったと記憶しています(でも、海外誌は勉強になった。また日本と大学生のタイプが違うから、そのまま日本でどうかという話にはならないけど)。 まだまだこれからなのだと思います。今後、ラーニングコモンズを導入する大学は増えてくると思いますが、いろんな大学で活かせるような研究知見を出していきたいと思います。
ラーニングコモンズを考える時、ぜひ教育の研究者とも連携をして学習支援を考えてみてはどうでしょうか?

高等教育論入門が発刊されました


私は教育工学にいる身で、まさか高等教育に関する本の一部を執筆させて頂けるとは思いませんでした。本センターの青野先生よりお声かけ頂き、第18章 高等教育の国際化とeラーニングの執筆を担当致しました。ありがとうございました。

今も仲良くさせて頂いています、松河先生@大阪大学も第16章をご担当されています。

内容としては近年の高等教育の国際化の流れ、その流れの中でのICTの位置づけ、日本語教育のためのeラーニング(東京外国語大学と国際交流基金)、OCW(MIT)について説明しています。

#東京外国語大学のご担当様、国際交流基金の島田さん、MITの飯吉先生、
#東京大学の中原先生には画像や内部の状況など教えて頂きました。ありがとうございました。

もしよろしければ、ご一読頂ければと思います。どうぞ宜しくお願いします。

即戦力を履き違えてはいけないよね


今日は会社時代の同期と飲んだ。会社時代の同期の状況やらいろんな話しした。
関西文系採用ではもう2人しか残っていないらしい。なんか、会社って社員の意識としてもずっといるという意識ではないことを痛感した。
昨今、大学教育側では就業力、学士力育成とか騒がれていて、なんとかしなきゃって大学が側はかなり必死になっている。即戦力のある人材を育てないとってね。たちが悪いことにそういう動きに国が後押ししているというのはホントどうにもならない。
企業経験がある教員にとっては就業力、学士力という言葉とそれを指すものに対して、本当に違和感があることばかり。 そんな疑問を同期になんとなく聞いて見た。ちなみに彼は採用担当をしている。 こう言っては難だが、結構、私の考えに一致する事が多かった。やっぱり技能育成とかとか、アイデアマン、創造力など、大切なんだけど、一番コアになるのは自己調整学習であって、それが即戦力になるんだということ。
私はゼミとか専門教育が持てない教養系教員だからこそ、自己調整学習が学生ができるように育てるべきだと思っていたが、企業が期待しているところと一致した。信じていて良かった。 自分でゴールセッティングして、サブゴール立てて、方略を検討し、学習実施中も内省できる人。内省も次の計画段階にいかせるレベルに落とせる内省ができる人。それができれば私はどこの業界でも生きていけるのではないかと信じているんだけど。なかなか難しいけど。
たぶんね、コミュニケーション力とかさ、ほんと表面的だとずっと思ってたけど、企業の人から見ても、同じ意識だった。やっぱりさ、メタ認知を発揮して、自己調整学習力を出し、自分で成長機会を作る事ができる人の人材価値は高いね。 学生が自主的に学習コミュニティーを作り、自己調整学習力を高めていける組織、大学でいえば研究室になるんだろうけど、そこが大学教育における人材育成としてポイントになる。 就業力、学士力。まあ、そんな言葉使うのは結構なんだけど、重要なポイントを外さないようにしないといけない。そんな言葉で定義されていることに踊らされてはいけないと私は思う。アクティブラーニングとかも実践力がある人材育成の方法論としても注目されてはいるが、コラボレーションする力は自己調整学習の力と平行して育成されるべきだろう。

最近、教育大学、研究大学とか言われているけど、育成すべき人材のポイントは学生が目指すところが研究者だろうが、企業人だろうがなんだろうが変わらないと思うよ。

本学も早くその点に気づいて欲しい。

外国語学習における真正性とは?


「真正性」、英語ではAuthenticity

言語教育において「真正性」というのは、学習者の日常生活の中で見聞きするものや経験する、真実味があることを意味します。例えば、地下鉄の駅の放送をそのまま日本語教育の教材にすることは、地下鉄を日常的に使用する学習者にとって、「真正性」が高いことになります。

この「真正性」というのは、言語教育の中で重要性が主張されるようになってきたのは80年代後半に入ってからです。それまでは機械的に文法や語彙など教える学習が主流でした。実践的なコミュニケーション能力の定義やその育成については70年代から言われていましたが、「真正性」が必要という話が論文上で言われるようになって来たのは80年代後半あたりからです。

90年代に入り、ビジネスシーンで英語などの外国語を使用する状況が増え、特定目的のための英語教育であるESP(English for Specific Purposes)、特にEnglish for Business Purposes(EBP)の必要性が高まってきました。このあたりから「真正性」と言う言葉が論文上で急増してきます。ビジネス英語はEBPの最たるものです。

しかし、この「真正性」に関する言葉。研究者によって、定義の厳密度が違っていて、どこまでを真正性が高いものというのか、研究者や実践家について頭を悩ますものでした。例えば、学習教材の中に地下鉄の放送ダイアログがあるだけで、「真正性」が高いというものもありますし、リスニングなどで実際の放送を教材としなければならないとまで言う研究者もいます。タスクベースの言語教育においては、インターンのように、実際の現場まで行って、外国語を使用する業務を体験させないと、それは「真正性」が高いなんて言えないという研究者もいます。

「真正性」の定義について厳密度が研究者の間で違うのですが、現実的な教育シーンを考えると、学習者のニーズや日常生活における経験を分析し、教材に落とすことができるか。ここがポイントになると思います。

しかし、この「真正性」の効果について検証した研究は本当jに少ないです。本当に「真正性」が高い教材は学習効果があるのか?あるならば、どういうプロセスで学習効果が高くなるのか?

言語教育において、この点については議論がなされず、何かわからないけど、効果がありそうだという感じでESP、EBPが進んでいるように思います。

私がさらにポイントだと思うのが、「真正性」が高いと感じる条件です。例えば、修士1年の学生に「(締切直前までに間に合わせるという心構えでは)修士2年で痛い目に合うよ」と忠告しても、たぶん当該学生には伝わらないと思います。修士論文の執筆は大変つらいもので、実験計画、実験の実施、分析とこの2年間の努力の結晶と言えるものですが、日本の学生に限った話ではないかもしれませんが、まあ、普通、そこまで真剣に勉強する学生なんていないわけです。修士ならば学部に比べてもっと勉強してもいいものなのですが。しかし、ほとんどの修士2年の学生が体験することで、通常ならば「真正性」が高いと認識されて当然のことです。

ですが、学生によってはこの「真正性」を認識されず、聞き流されるというのは、当該学生にとっては「真正性」が高いとは言えないということになります。

自分の直接的な利益が関わる「緊急性」や問題の「深刻さ」というもの、これは「真正性」に包含されることかもしれませんが、何か「真正性」を高くする条件はあると思います。

この研究はなにか泥沼化しそうですが、評価する観点、実験デザインをしっかりすると面白いものが見えそうですね。

もし興味がありましたら、この文献は面白かったので、読んでみてください。

HERRON, C., MORRIS, M., SECULES, T. and CURTIS, L. (1995) A Comparison Study of the Effects of Video-Based versus Text-Based Instruction in the Foreign Language Classroom, The French Review. 68(5): 775-795

HUTCHINSON, T. and WATERS, A. (1987) English for Specific Purposes. Cambridge University Press, Cambridge, UK

しいの木迎賓館のアクティブラーニング教室


しいの木迎賓館の3階はセミナーで利用できる階層になっています。3階のアクティブラーニング空間のコンセプト検討・作成、空間の一部設計、ここで行う学習形態の検討に関わらせて頂きました。

 

 

 

机が組合わさっているところを見ていないのですが、いい感じでした。机が結構軽く、グループが組みやすいですね。しいの木迎賓館ではおそらく、アクティブラーニングの支援が必要になるとは思うのですが、ICTの利用支援スタッフの方は常駐して下さっているのですが、大学内ではないですし、東京大学KALSのように、教育を専門とされるスタッフがずっと常駐されるわけではありません。ですので、グループワークなどの学習者中心の学習を促進する1つの仕掛けとして、いすの色を分けました。

この色分けに意味を感じて、動いて下さって、問題解決学習、プロジェクト学習など、学習者中心の学習形態を導入して頂ければと思います。非常に表層的で単純なことかもしれませんが、色というのは結構注目されるものですし、この教室の利用事例を簡単に説明すると、この色を使って工夫して下さる先生もいらっしゃるのではないかと思ったのです。同じ色のいすに座っている人でグループを組んでもらってもよいですし、その後に、各グループから1名ずつ集まって、情報共有するなどのグループを再編するというときにも使えます。また学習者の属性とこのいすの色を合わせて使ってもらっても良いかと思います。ホントにお恥ずかしい限りの小さなことなのですが、使えるかなと思いました。

 

あと3面ホワイトボード、スクリーンも備わっていて、いろんな形態の授業を組むことができますね。小さなホワイトボードも用意していますので、各グループでそのホワイトボードを利用してもらって、グループ内の学習を活発にやって頂ければ幸いです。みなさん、どのように利用されるのか、楽しみです。
もちろん、他の支援も必要になってくるのですが、ここも今後、考えていきたいと思います。

 しかし、このレストラン、すごいですね。ジャルダン ポール・ボキューズというレストランらしいです。フランス料理のレストランで、東京、大阪にもあるそうです。私のような貧乏教員にはなかなか入りづらいですね(笑)1階にもこのレストランのカフェがあるそうです。私はこのようなレストランが入ることは知りませんでした。タクシーの運転手から聞いてびっくりしましたよー!

 

高級そうだ。餃子の王将好きな私はなかなか縁がなさそうな感じ(笑)緊張して手がプルプルしそうだ・・・私みたいな人は行っちゃダメなんだろうね。

しいの木迎賓館は兼六園、21世紀美術館、金沢城に囲まれた大変いいところにありますし、香林坊にも近いので、空港バスにもすぐ乗ることができるので、交通の便は大変良いと思います。セミナーなど開催される時はぜひお使い頂ければと思います。2011年5月に私は金沢で日本教育工学会の研究会を開催しないといけないのですが、規模が小さければここでやってもいいかもなんて思ったりもしますが、会場料金もありますし、もう1つの教室は講義型の教室で、最大で借りることができても2教室までなので、難しいかな。やっぱ、大学か。

しいの木迎賓館アクティブラーニング教室のゾーニングにご助力を頂きました、Educe Technologyの山内先生(東京大学 大学院情報学環 准教授)には感謝致します。ありがとうございました。

しいの木迎賓館
http://www.shiinoki-geihinkan.jp/about/shop.html

アクティブラーニングについて思う


今年に入って、アクティブラーニングに関するイベントの企画をしたり、そういうイベントに参加したり、私自ら講演したりしています。
今になって思うのですが、アクティブラーニングって何のことを言うんでしょうね。東京大学のイベントの時に、中原先生@東京大学がアクティブラーニングという言葉が言われ始め、人によって言うことが違い、アクティブラーニングについて話す人の数だけアクティブラーニングの考えがあるといったことを言われていました。中原先生のお話では「インプットートランスフォーム(自分とは異なる他者と触れることで一回り大きくなる過程:ロゴフの話が入っていてわかりやすかったです)ーアウトプットが有機的につながっている学習形態」というように言われていたように思います。人によっては問題解決学習、プロジェクト学習などの学習者中心の学習形態のことを言い、人によっては演習型だろうが、講義型だろうが関係なく、学習者の主体性を引き出すことができる仕組みが入ったものと言います(後者の方がしっくりしますね)。
ちょっと心配になるのは、「アクティブラーニング」という言葉が先行してしまい、意味も乱立し、結局何を意味しているのものなのか、わからなくなってしまうことと、なんでもかんでもアクティブラーニングという人が出てくるということです。
前者の方は学会とか、シンポジウムがある度に「アクティブラーニング」をどういう意味合いで使用されているのか、確認しないと行けないのが嫌ですね。溝上先生@京都大学が2007年に名古屋大学の高等教育関係の紀要でアクティブラーニングについて整理されていらっしゃいますが、溝上先生もあの紀要で書かれたことをもう一度整理しないと行けないとおっしゃってました。溝上先生が書かれた2007年から3年の間でもこのアクティブラーニングという言葉はいろいろ解釈され、混沌としているのだと思います。
後者の方は教育においてはいつも問題になるようなことだと思います。ICT、特に流行の技術がちょっと出てくると、それを宗教的に信じて使ってしまう傾向。それと似たようなもので、なんでも「アクティブラーニングがいい、導入すべき」と言っちゃう人が出てきちゃうんですよね。これは困ったものです。しかもこの言葉自体がいろいろな解釈を生んでいることをわからずに・・・どういう意味なのかにもよりますが、例えば、問題解決学習やプロジェクト学習のような社会構成主義的学習観に立つ学習形態のことを指すのであれば、そういう学習形態が合うものと合わないものがあると思います。2月22日に私がいるセンターが主催しました「アクティブラーニングが創る大学教育の未来」では「そもそもアクティブラーニングをする必要はあるのですか?」というコメントがありました。この学習形態のことをアクティブラーニングというのであれば、その通りでしょう。必要がない、というか、合わないものがありますよね。
しかし、学習者の主体性を導きだすための仕組みが組み込まれた学習形態/モデルという意味になるならば、必要です。それがない授業はまずいでしょう。この話であれば、アクティブラーニングをやらないといけません!という主張は理解できます。ですが、この話は言葉が変わっただけで、ここ何十年もずっと言われてきていることなので、ここで敢えて、どうするものなのか?という疑問はあります。
ここ数ヶ月、アクティブラーニングについていろいろ関わることが多かったです。渡辺君@首都大からは「なんか、アクティブラーニングという言葉が金沢から聞こえますね」と言ってもらえたのは、なにかしらいろいろ頑張ったからかなとありがたい気持ちになるのですが、気をつけて考えて進めていかないと行けないことだと思いました。あと宗教的にハマる先生や宗教的にアクティブラーニングを連呼する先生を我に戻すのも忘れないようにしないといけませんね。

シンガポールの教育


現在、私たちの身の回り、使用する電子機器、生活環境が大きく変わりましたし、それに合わせて学校で教わるものも少し変わってきました。何か、大学で教育していたものが高等学校へ、中学校へ、小学校で少しずつ落ちてきているようにも思えることもあります。一番最後に影響を受ける小学校は小学校英語、情報科目、小学校によってはコミュニケーション能力の育成のための授業を行うなど、小学校が大きく変わりつつあります。

今後は小学校から将来の人材育成を考えて、必要であれば新しい科目を追加し、カリキュラムが検討され、授業が行われていくんだろうな・・・そんなことを考えていた時、シンガポールに昔行ったことを思い出します。赤堀先生とベネッセコーポレーションの方々と一緒に学校視察に行きました(この頃はまだ博士1年で、今のポジションにつくなんて考えてもなかったです)。

シンガポールの教育熱はまるで15年前くらいの日本を見ているようでした。基礎学力の育成に熱心で、教育熱心な親が大変多いです。たぶん日本より過激で、小学校から国家試験、この小学校6年くらいで受験する試験で大学にいくことができるかどうか、決まるんだそうです。シンガポールは小さな島国ですし、資源も何もなく、「人材こそが資源」と政府の明確な方向があり、人材育成はしっかりやっているということです。人材流出を避けるためにもパスポート更新は2年、留学に出るときはデポジットで100万円だから200万円だか、政府に納めないといけないということです。

シンガポールでは英語教育も盛んで、幼稚園の頃から始まります。小学校では主に中国語と英語が使用されます。タミール系の方もいるので、タミール語も使用されているところもありますが、中華系、タミール系の学校と外見上別れているようにも見えます(もちろん、中華系の学校にタミール系の生徒もいるのですが)。この幼児期からの2ヶ国語教育ですが、シンガポールの「落ちこぼれ」を生む大きな原因になっているんだそうです。日本人でシンガポールで生活している方とお話しすることができましたが、この2ヶ国語学習はかなり重いそうです。中華系の方にとっても、親が英語を話すことができないことや、中国語でも書き言葉を教えることができないこともあり、中華系のお子さんにとっても、厳しいところがあるそうです。

シンガポールでは小学校での授業にIT機器が積極的に使用されています。PRSで、授業中に数学の4択問題を出して、生徒に答えさせ、その回答が違う子でグループを組み、数学の勉強をするとか、自分で英語教材をFlash で作ってみるなどの授業があり、おもしろかったです。小学校で1つのeラーニングを提供し、自宅でも学習ができるような仕組みを作っているところもありました。その「落ちこぼれ」を救うために、レベル分け行い、英語能力の定着のため、eラーニングとのブレンドで学習をさせるようなところもありました。日本と同じような、教科の理解を深めるという道を歩まないで、社会で求められるような、ソーシャルスキルや問題解決能力の育成を教科教育で行っているのは面白いですし、日本ではこうはいかないと思いました。

日本の小学校でははシンガポールほど、コンピューターのソフトウェアが充実していませんし、指導できる内容もかなり限定されていて、シンガポールほどの積極的なIT使用は難しいと私は思いますが、ITを使わなくてもできることもありますし、教科教育の中でも、単に学習項目の学習をさせるのではなく、指導方法についてもいろいろな方法があると思います(それは日本でも研究されてきているので、ここで触れることではないと思います)。

それ以上に、私が覚えているのは、学校現場の教員であっても、数年の教務経験を持ったあとにNIEにいって、教育学修士のコースに入って勉強することや、企業の人たちと研究するなどして、実際の現場で活躍している人材がどういうものなのかということを意識し、勉強して、また教育現場に戻っていくというサイクルができていると思いました。もちろん、小学校から「企業ではこんな人が活躍しているから、そんな風になりなさい」とか「君たちは将来企業に行くのだから・・・」とか、そんなことを言うのではないですよ。大学や企業で行われている教育形態や能力を小学生の指導レベルに落として考えるということです。教育現場の教員であっても、単に授業ができる、学級運営ができるだけでは足りない。将来の人材育成を見据えるということが大切で、今後日本でも求められるのかなーと思いました。

Top 25 Hottest Articlesに選ばれていた


Twitterでもつぶやいたのですが、Editor-in-Chiefから「採録は厳しい」なんていわれている海外論文誌に再投稿しようとかんばっているわけですが、そのためにちょっと読んでいた論文で、なんか聞いたことある知見だなと思ったら、私の論文が引いてありました。海外の論文だったので、うれしかったです。
条件回答のために、海外論文誌をいろいろ見て、探し回っているわけですが、私が以前採録頂いた(おかげで、査読が振られるのだけど)、エルゼビアのComputers & Education誌の中でTop 25 Hottest Articlesというのがあったので、見ていました。2か月ごとに出ていて、最新のが2009年の7月から9月のものなのですが、「へぇー、Second Lifeの教育利用とかってこの頃はよく読まれていたんだー」とか「Reviewもあるのね。モバイルの評価フレームワークか、おもろそうだな」とか、思いながら見ていたわけです。
そんで2009年4月から6月の間で読まれた論文ランキングを見ていたら、そのTop25の25位に私の論文が!えー!マジ?ちょっとこれはうれしいかも。この論文は大変だったな。条件に着々と回答していたのですが、ちょっと厳しい条件が1つあり、北村先生@東京大学に相談にのってもらったんだっけ。対策についてお知恵をお借りしたんです。北村先生には感謝しています。
ありがとうございます。FD系のセンターにいると、研究という意識が段々薄れていきそうで本当に怖く、常に「研究する!」、「査読つき論文に出す!」という強い意思を持っておかないと辛い部分があるのですが、海外の論文誌、特に教育工学の論文誌でもインパクトファクターがついている論文誌でほんのちょっとの期間だけでも多くの方に読んで頂けたことは本当にうれしいことで、感動しています。「読まれる」といっても、引用されているわけでもなく、批判の対象という意味で読まれているということもあるので、一概に良いとは言えないかもしれないのですが、教育工学の分野に興味がある海外の研究者や学生などの皆様に読んで頂けたということだけでもうれしいと思います。
本当にありがとうございます(日本語じゃ通じないんだけどねw)。私の研究は日本ではなかなか広まらないですし、教育工学からは「CALLはよくわからない」と言われ、英語教育からは「英語教育者がやった研究じゃないしな」と言われ、なんとも中途半端な立場ではあるのですが(もちろん、日本の論文誌自体にあまり投稿していないということも一因としてあるが)、これからも皆さんの研究や実践にお役に立てるような研究をしていきたいと思います。

http://top25.sciencedirect.com/subject/social-sciences/23/journal/computers-education/03601315/archive/22/

BEATセミナー「外国語学習のソーシャルイノベーション」で話してきた


先日、BEAT Seminar「外国語教育のソーシャルイノベーション」にて、パネルディスカッションの指定討論者としてお話してきました。

最初にレアジョブの加藤さん、Lang-8の喜さんのご講演がありました。レアジョブの加藤さんからはなぜレアジョブというサービスを始められたのか、なぜ講師がフィリピン人の方々なのか、サービスの概要などお話がありました。フィリピンでもフィリピン大学という日本でいう東大ランクの大学の現役学生さん、卒業生を実際に採用活動を通じて講師として雇用されているそうです。レアジョブのWebページから講師を選択し、時間を予約し、Skypeで受講するという形になっています。価格も大変安く、25分で129円からで、50分コースもあるということでした。月謝は1ヶ月分まとめて支払うという形になっています。加藤さんのフィリピン初の世界的企業にしたいという思いが伝わるご講演でした。ただ、フィリピン人を雇用して事業を展開されるだけではなく、フィリピンと日本と文化的交流もお考えになられているところが、単なる事業を進めるという意味を越えた、深さを感じました。
私は修士の頃から外国語教育におけるビデオカンファレンス、テキストチャットといった同期型CMCの利用に関して研究をし、学位を頂きましたので、興味深く聞かせて頂きました。実際にどのような学習効果があるのか、知りたいですね。またフィリピン人という同じアジアの人から教えてもらうという効果も興味があるところです。英語は本当にキレいでした。私もちょっとやってみたいと思います。最近、全く英語を話していないので。私は特にリスニングがだめなんですよね。
Lang-8の喜さんのご講演も興味深かったです。テンダムラーニングですね。学びたい言語を母語とする人たちとコミュニケーションを通じて、修正してコミュニケーションを続けるというものでした。自分のソーシャルネットワークを通じて、修正するということです。対応言語数は参加者に依存するので、参加者の出身国分対応できるということになります。事業開始の時は日本ではあまり広報を行わず、アメリカを中心に外国で広報をされていたそうです。興味があるテーマを中心にテキストによりコミュニケーションで学習できるので、いいですよね。実際のコミュニケーションというオーセンティシティーもありますし、非同期テキストコミュニケーションなので、ゆっくり文章を作成することができます。また修正されることで学習になり、さらに社会的存在感も強くなると思います。コミュニケーションにテーマや相手への親近感によっては、50分間もずっと修正をして下さるユーザーもいらっしゃるということでした。Lang-8を気に入って、CMを作って下さる方もいるとか。
文法的な意識が高められ、時間をゆっくりとることができるコミュニケーション媒体だからこそ、うまくまわっていると思いますね。自分の国の言葉を学びたいという思う外国人に対しては本当にうれしい気持ちになりますし、お互いに教え合えば、社会的存在感も強くなり、社会支援を行いたいという気持ちになりますよね。良いサービスだと思います。また、テストとか、そういうガチガチの学習観に縛られないという、ソーシャルメディアがうまくハマる使い方をされていると思います。外国語教育におけるソーシャルメディアに関する研究をしてきた私は「うまい」と思いました。ただ、ビジネス的にはちょっと苦しいんだそうです。ほんと、がんばって欲しいです。
パネルディスカッションでは私が最初に外国語学習におけるソーシャルメディア利用において、重要になる理論を紹介し、課題についてお話しました。私は外国語学習に限らず、学習にソーシャルメディアを利用するにあたって、気を付けるべきはガチガチな学習環境にしないことだと思っています。あくまで対面などメインになる媒体における学習との接続点として利用するのが良いと思っています。ソーシャルメディアは人間関係の充実を主に、モチベーションを高め、ゆるい学びを目指す方がハマりますよね。
印象に残った質問というか議論は、ソーシャルメディアは対面の学びと比べて何が違うかということです。うーん・・・デザインをどうするか、学ぶ内容、縛りにもよりますが、私は比較するものじゃないように思うんですよね。上記で述べたように。違いはいくらでもあると思いますが、利用する主義がそもそも違うと思いますね。対面はがっつり学ぶという形でも良いと思いますし。ソーシャルメディアは緩くし、学習のポイントを外さないようにする。ここが要点で、難しいと思います。総じて学習時間を延ばす、質を向上させるといった間接的に関わる有効性を狙う方がうまいと思いますね。

みなさんはいかがですか?

今回は参加者がビジネス関係者が多かったので、学術的な話、教育のお話には興味ないだろうと思っていましたが、お持ちの方もいらっしゃいましたね。ビジネスのセミナーではなく、教育のセミナーなので、山内先生、北村先生が私をお選びになられたと思ったのですが、大丈夫かとちょっと心配してました。でも、私のお話もご興味を持って頂いた方もいて、終了後に私の発表資料を欲しいという方が何人かいらっしゃいました。なので、公開しますね。リファレンスもつけておきました。ご研究されている方がいらっしゃればご参考にして頂ければと思います。

外国語学習におけるCMC、いやソーシャルメディアの利用に関するものは実践は多いのですが、研究としてはは日本ではまだまだで、まだ数少ない状態です。私が修士の頃、始めた頃は日本で研究の論文として載っているモノが本当に少なく、海外誌をよく読んでました。海外では結構盛んで、EuroCALLではCMCのSIGがあります。日本ではないですよね。これからどんどん増えていってくれることを願っています。そして、その理論的背景にもっと心理学の観点を踏まえたモノをしていって欲しいと思います。
ご質問がありましたら、ご遠慮なく、お気軽にして下さい。

BEATセミナー Togetter
http://togetter.com/li/47376

山田の資料
BEATSeminar20100904

マイコミジャーナルさんで記事になりました。本田義則さん、ありがとうございました。
http://journal.mycom.co.jp/column/bizenglish/043/index.html

「なりきりEnglish!」論文採録!


2006年かな?私が博士2年の頃から中原先生@東京大学が主導されてこられたベネッセ先端教育技術学講座のプロジェクト「なりきりEnglish!」の研究成果がやっと論文となりました。採録です。長かった・・・
Yamada, M., Kitamura, S., Shimada, N., Utashiro, T., Shigeta, K., Yamaguchi, E., Harrison, R., Yamauchi, Y., Nakahara, J. (2011) Development and evaluation of English listening study materials for business people that use mobile devices: A case study, CALICO Journal, 29(1), in printing
出版が2011年??って言う人もいるかもしれません。ええ、出版まであと1年半ほどですね(笑)忘れた頃に校正チェックがきて、出版です。その頃には所属とか変わっている人もいるかもしれないですねぇ。
なりきりEnglish!は企業で働く方を対象にした、モバイル向け英語リスニング教材です。ポイントは「あなたが今、または近い将来に耳にする英語を教材化する」ということでした。そのために企業の人事部にストーリーを作るためにヒアリングしたり、ストーリーを英語化したり、それらを元に開発し、評価し・・・とかなり大規模なものでした。プロジェクトに関わった人も2年で20名を越えるというものでした。私は設計・開発の部分に主に関わっていました。
前にも書いたのですが、このなりきりEnglish!がなければ私は東大で働くことは無かったですし、今のような研究コミュニティーにいることはなかったでしょう。この「なりきりEnglish!」はなんとしてでも論文化したい!と思っていました。不採録になったこともありましたが、粘り強く書いてましたね。特に北村先生@東京大学と2人で論文ストーリーや構成など、いろいろ見直しをしていました。
これで一区切りできました。しかも国際論文誌です。CALL研究者でしたら、結構読まれる国際論文誌だと思います。なんか私はすがすがしい気分です。私が東大に入るきっかけになった重要なプロジェクト。私の中でこれで「なりきりEnglish!」は終了です。
本プロジェクトに関わって下さった皆様、ありがとうございました。特に論文執筆も含めて、最後までおつきあいくださった北村先生には感謝致します。
なりきりEnglish! これにて終劇!!
(この先、何かビジネス展開、研究プロジェクトがない限り)

なりきりEnglish!!
http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/archives/beat/projects/index.html#Narikiri

#でもね、CALLの研究をしてきた私から見ると、手間やお金はかかったけど、
#ここまでしっかり作り込んで、評価したESPのCALLの研究って本当に少ないんですよ。
#ヨーロッパは増えてきていますが。あそこは言語教育が日本以上に重要視され
#ていますし、EUが言語教育研究プロジェクトに出す予算が何千万~何億レベル
#ですから、日本以上にやれることはいっぱいあるんですよ。
#その日本の限られた中でやったプロジェクトとして、かなり良いものだと私は思います。

#効果あって当然じゃんなんて言う英語教育者もいるけど、検証もしていないのに
#そんなこと言ってるんですから、「当然」なんて言えるわけないんです。
#まあ、人の心理を扱う教育において「当然」なんてことは絶対にあり得ない
#し、ツールや教材を与えて高い効果を出すなんてことは簡単にはできるわけ
#がない。そんな簡単だったら、みんな既にやってますって。
#仮にそういうことを言う人がいたら、それは何にもわかっていない人です。