32になり、昨年の11月から思いだせる範囲で、何をやっていたか、思っていたか振り返ってみる。
昨年11月
30代に入り、将来のことがいろいろ不安になり、いろいろ公募を出していたが、落ちまくっていた。書類で落ちることもあったが、面接までいけるところもいくつかあった。あまりに決まらないので、もうちょっと様子を見ようと思い、当時審査中のもの以外は公募に出すのをやめた。半分あきらめていた。
が、金沢大学から面接のお知らせが来た。そこで、急きょ、金沢へ飛び、面接を受ける。自分でも驚いたが、翌日、合格の電話をセンター長から頂いた。
昨年12月
Computers & Education誌に採録される。
あと、嫁さんの博士論文関係のデータ分析を手伝う。
1月
何かあったっけ?
2月
嫁さんが切迫早産で入院。福岡のお義母さんとかにお世話になる。金沢へは2週間に1回出張へいく。そんな中、バルセロナにいく。
3月
バルセロナから帰国翌日からアメリカへ行く。嫁さんが退院。赴任に向けて準備をする。引っ越し代をたたいて、まけさせる。繁忙期にも関わらず。結構がんばった。
赤堀先生が東工大を辞められた。BEATでは最終講義の意味合いも込めて、2008年度最終報告会の講演者として赤堀先生をお招きし、「教育工学の25年とこれから」についてお話し頂いた。
4月
金沢大学へ単身赴任。4月でもかなり寒い。研究室も与えられ、ちょっとうれしい。いろいろ環境慣れをする。
長女が誕生!!いろいろ大変だったが、無事に生まれた。でかい子だった。今もでかいけどw
5月
全学のFD委員会に入る。私のような下っ端が出ていいものだろうか?と思いながら。ただ、FD・ICT教育推進室の代表として、本センターの堀井先生が出られるということで、堀井先生をモニタリングしながら、状況把握して、学べばよいかと思った。嫁さんが金沢に来た。数ヶ月だけだけど、家族で過ごす。
6月
ハワイに行った。国際会議で。図らずも最上階のスイートルームだった。しかも、学会のWebページのディスカウントよりも安く泊まれた。もちろんオーシャンビュー。
7月
いろいろ本格的に仕事が入ってくる。でもあまり覚えていない。
北村先生@東京大学と共著の資料論文が教育工学会論文誌に採録になった。
33(3)に掲載される。
社会心理学は本当に面白いと思い始め、本をいろいろ買い始める。
8月
論文が不採録になる。理由が言語教育者以外の関心が得られないから。これは言語教育だから言われることなのか、教育工学でも強い科学教育、情報教育だったら言われないのではないかと疑ったりもしたが、そんなことを考えても仕方あるまいと思い、次を考える。
嫁さんが金沢を出ていく。仕事の関係で別居になる。
長女がすくすく育つ。寝返りをし始める。
合宿に行く。赤堀研解散後初めての合宿。赤堀研OBでもある加藤先生@放送大学が中心に行う。大変充実した合宿だった。
9月
長女がリモコン、パソコンに興味を持ち始める。
あとJSET全国大会。東京大学で開催。金沢に行ってしまったため、あまり協力ができず、申し訳なかったが、当日はできるだけがんばって動いたと思う。
チリに行く。片道31時間。トロント経由。辛い。チリで風邪をひき、体調を大きく壊す。帰国後も、そして今も体調不良が続く。
10月
ずっと体調が悪く、ウィルス性の感染症が疑われたため、出勤自粛が続く。家では仕事ができない人なので、何をやっても続かない。別に楽しいこともなく、既にみた相棒やあらびき団を見て過ごす。
長女がずりはいをするようになる。これでいろいろ動き始める。今月から保育園に行くようになる。
誕生日を迎える。
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やはりこの1年、子どもが生まれたことはでかかった。あと、別居かな。一時期だけど家族で過ごせたのは本当に良かった。楽しかった。
あと、Tenuredの職になり、自分の研究環境と研究コミュニティーをどう作るかというのが大切だということを実感。Tenuredになってからこそ、研究ということが大切だと思った。大学教員である限り、研究は止めてはならない。研究をしっかり精力的にやらなければならない。研究というのはウェイトが大きいものだと思う。遠隔であっても、CSCLゼミとか、SRL研究会とか参加することは自分にとって刺激になるので、本当に良いことだと思う。
さて、33に向けて新しい1年が始まった。
良い年になるようにがんばりたい。


