BEATセミナーに行ってきました:その2

BEATセミナー「オープンエデュケーション×教育改革」のご講演では、本間先生@立命館大学のご講演もありました。本間先生はもともと文部科学省の官僚だった方で、大学を取り巻く環境から大学における教育改革の方向性についてお話をされました。本間先生の官僚時代、京都大学での事務局長のご経験、また現在の立命館大学における副総長としての職務から、大学マネジメントの観点でこれからの大学はどういう方向へ向かうべきかというお話しを具体的に頂きました。


元官僚とは思えないくらい、はっきりと意見主張をされる方で驚きました。大学が社会人学生を引き受けることによって求められる変化、また今回、立命館大学がグローバル30に採択されていましたが、それに至るまでの学内調整や学内の説得、また大学職員さんのあり方と教員との関係についてなど、マネジメントでも様々な観点をご提示くださいました。


高等教育市場の縮小化の流れの中でも大学数の増加、運営費交付金が年々削減されるなかで、大学は資金をどう集めてくるか、設備を建てようにも高くなってくる。そんな中でも国際間・国内の大学間競争が強化され、大学評価というものが重視されてきています。


そんな中で、本間先生は大学の現状に対して、率直に問題点の指摘をされています。「言い訳のための大学自己点検評価をやめ、本気で大学を変えるための自己点検評価をしなさい」、「大学は自分がどうあるべきかを考えて動かないといけない」、「あまりにも強い教育重視」など、挙げられていました。研究をしなければ、外部資金の獲得は難しいですし、今後の生き残りも、大学としても教員としても難しいと私も思います。


大学は経営、研究、教育に関して、入学者や中退者からのデータをもとに分析を行い、今の大学の位置と今後を見据え、戦略を持たなければならないということでした。その中には経営の効率化やリソース投資の選択と集中なども含まれています。また、研究レベルの向上は当然として「教育力」の担保が最優先課題であるとおっしゃってられました。


いろいろ考えますよね。企業にいた身から考えると、業務改善、効率化というのは当然のように行われてきていますので、本間先生が言われることは当然のことだと私は思います。それがなぜ高等教育の場面になると「改革」という言葉になるのか。大学組織の特殊性を感じるものがありました。企業にいれば、社員個人の専門性は当然として求められます。それゆえにその会社にいるのです。


では大学はどうかというと、大学には専門性が求められないルーチン化された業務があり、それらを淡々とすればよいという認識が職員さんの中でも広がらないようにするべきであるとご指摘されました。そういう業務はアウトソーシングしてしまって、職員さんにはより専門性が求められる業務をやってもらうことが良いという、おもいきったことをおっしゃられました。今後、大学は教員と職員さんというのではなく、教員と専門職という形を作ることが求められると。教員と職員さんの関係も、今までは職員さんがへりくだった感じがしましたし、そういう関係ではなく、対等の教職員、1つの組織を盛り上げていく成員であることをお互いに認識しないといけないということなのだと思います。大学職員さんにもどんどん責任あるポジションについてもらって、事務局長、さらに副学長まであげて、教育改革はすすめていかないといけないということでした。


しかし、こういうことが言われるということは、おそらく大学にはこういう企業的思想が入ってこず、組織的に守られてきたという雰囲気があったのだと思います。ところが今の大学が抱える経営的な諸問題により、そうもいかなくなってきた。教育だけではなく、大学運営も効率化と運営の質的向上が求められている中、組織の体質の改善も企業のような形で求められてくるようになってきたということでしょう。


しかし、職員さんの専門性を引き上げるには組織的な支援が必要だと思います。今まで、それがうまく回らなかったのは、もちろん意識の問題もあるとは思いますが、職員側の組織体制にも問題があるのではないかと思っています。一枚岩になっていないということ。教員に対するFDのような感じだと思うのです。組織間でも変な力関係があるのではないでしょうか?職員さんの組織側でも、「この部局にはこういうことをさせれてばいい」というような意識があるのではないでしょうか。大学を変革しようにも、末端がルーチン化されているから、そこを変えればいいというレベルの話では決してないように思います。そういう仕事をさせてしまっている組織にも変革のメスをいれないと結局同じではないかと思います。


金沢でも大学のかじ取りをどうするかと気になるところですが、今後の方向を考えるときに、江戸時代の話を引き出しているようでは先はないと思いました。江戸時代、加賀藩がどうだったのか、歴史を見ればわかりますし、徳川政権で存続するためにお松の方を人質に出したり、裏ではもっと何かあったのかもしれません。そういう江戸時代における加賀藩の処世術ですが、その時代のことを引き合いに出されても、先に進むことはできないと思います。


別に日本の大学No.1を目指すわけではなく、金沢大学だからこその独自性を出していける、そのために何をすればよいのか、首都圏の大学がとっている方法を見ながら、考えていけばいいのではないでしょうか?この立場はおいしいと思いますが、情報収集はしっかりしておかないといけないと思います。シンポジウムだけではなく、国際会議も重要だと思いますね。


しかし、関係ないですが、大学職員さんのキャリア意識って、ここまで企業と組織が違うと、どういうものか気になりますね。調べてみたいものです。SDのヒントになると思うんですよね。そういうデータってあるんですかね。私がいた会社は新入社員のときに、メジャーなキャリアパスみたいなものが示されるんですよ。自分がどのパスを通っていくか、そのためにはどういう研修を何年目あたりで受けて、どういう仕事をするかというのが見えるんです。

#まあ、私や私と同じチームだった同期は当時、「そんな人にひかれたレールを走ってられるかい」
#と粋がっていたわけですが・・・

大学職員さんにもそういうものってあるんですかね。


田中先生@京都大学は教育のオープン化と教育改革について、FDをテーマに、学生の変容に対応する大学の構成のあり方を「ローカルと連携」という切り口でお話下さいました。FDもその1つですが、大学の教育改革について、様々な学会やシンポジウムでいろんなお話をお聞きするのですが、それが大学にとってリアリティーがあるものでないといけない。それが各大学というローカルな場において、どう受け入れられるかが課題となっているということでした。


京都大学は国内的にも1つのFDの拠点となっていますが、それでもなかなか難しい課題があるそうです。京都大学は様々なシンポジウムや相互研修、また博士課程の学生向けのFDを実施するなど、積極的な動きを学内だけではなく、学外的に行い、「オープン化」をされています。しかし、地域連携をされていても、構成員がどう考えているか、どう受け入れて、どう貢献するかというところは千差万別で、どういうリーダーシップをとるべきかというところも考えどころで、難しいそうです。


またこういった活動がうまくいっているのか、というところも、単なる数で評価するのではなく、その大学の地域、その大学の状況において、変わることなので、難しいというお話もありました。


本間先生の話もあわせて考えると、何か変化を起こす場合、全国的に取られている手法をとるというのもありですが、それだけではなく、その大学の特色も活かした方法でなければならないということなのだと思います。それが田中先生が言われる「ローカリティーの尊重」ということのだと思います。その「ローカリティー」、おそらく、各大学が持つ状況というものなのでしょうか、それにどっぷり浸かっては、それも何も進まないので、どの塩梅が良いか、ここが肝要なのでしょうね。


金沢の「ローカリティー」が江戸時代マインドだったら、ショックですけど、まあ、その江戸時代の処世術が大事であるならば、それはそれで良いと思いますが(私にはあまり大事ではないです)、それならばもっと独自性(地域だけじゃなく、日本、世界へ示すことができるような)をどこに出すのか、学内には本当にすばらしいご研究をされている先生方も多くいらっしゃいますので、そういう先生方とも議論してみるといいと思います。


私のような末端の人間が聞くのではなく、ぜひ上層部、管理職の方に聞いてほしいお話しでした。