先週、本センターの共同学習会にて、就職支援室 山本室長より、「自宅待機を読み解く~企業人事の立場からの視点 -就職支援力を高めるために3-」という題目でお話頂きました。
山本室長は金沢大学のご出身で、大手企業の企業のヒューマンリソース部門のずっと経験されていて、現在は自ら北陸地方の人材採用関係のコンサルタントをされていながら、お忙しい中、本学の就職支援室長も兼任頂いております。企業の方を兼任でも採用するということは首都圏の国立大学は感覚が鋭いので結構進んでいるのですが、地方国立大学は保守ですし、動きも鈍いので、企業の方を兼任でも採用することは少ないので、金沢大学はここまで動いていて私は驚きました。
#この大学はもうちょっと別のところでも改革的に動いてほしいものですが(笑)
せっかく内定をもらっても、「自宅待機」と言われ、不安な学生さんもいますし、学生さんから相談された教員もいますので、いろいろ考えることもあるのですが、「自宅待機」という意味について理解しておくということで教員側も学生側も安心できる部分もあるということでした。自宅待機という処理をするのは労働基準法でいう休職をさせることにあたるらしいですね。麻生内閣で施行された補助を受けることができるらしく、数か月後にしっかり採用し、継続的に雇用しつづける会社に限って、人件費について3分の2程度の補助が出るらしいです。結構大きいですよね。
ただ、心配なのは、こういう補助を受けた企業がたとえ数か月後に新人を雇用することになったとしても、健全な経営をし続けることができるのか?ということや、新人の育成はどうなるのか?というところですね。雇われた新人も辞めていくのではないでしょうか?(なにも身につけないで退職すると、次の就職活動が辛くなりますが)
自宅待機の話のあとは現在の就職活動のトレンドの話をお話くださいました。私が就職活動をしていたころもそうなのですが、内定をいっぱい取ることができる子と全く取れない子の二極化が進んでいるということでした。山本室長は、就職活動にはいろいろマナー的な話もありますし、エントリーシートとかの書き方などいろいろ考えないといけないことがありますが、いろんな人生経験を積むことの大切さを主張されていました。得た経験を十分に自分の人生に活かすことを考えればよいということです。
私も大不況の頃に就職活動をし、内定をいくつか頂いたのですが、その時の経験も合わせて、山本室長の話を解釈するならば、自分だけが語れる自分のストーリーを企業の状況に合わせて語ることができるかということなのだと思います。そういうのは、付焼刃的な経験では語ることができない、本気で気持ちをこめて、積んだ経験でないとできないですよね。しかも、ただの良き思い出を語られても困りますしね(笑)
できる営業マンは、商品のスペックだけをダラダラ説明するのではなく、お客さんのニーズに合わせて、その商品が産まれたストーリー、この商品の使用者のストーリーを語ることができるんだそうです。就職活動では、自分を売り込んでいくわけですから、自分を売り込む営業マンであるということだと思います。
そのあと、毎日コミュニケーションズの方とお話をしていたのですが、地方大学の学生は都市圏の学生と比べて、話すスキルの向上がちょっと遅いと言ってられました。都市圏の学生ならこの時期ならこれくらい話せるなと思っても、地方大学の学生はそれにはまだ及ばないということです。もちろん、それは地方にはそれだけ採用を開始する企業数が少ないということもあります。
私は地方大学は地方であるがゆえに情報戦で既に負けていると思っています。インターネットがなんだかという話は私はウソだと思っています。インターネットで手に入れられる情報はもう誰でも手に入れられるのです。誰でも手に入れられる情報にはそこまで強い価値があるとは思えません。やはり、人を介して伝えられる情報にこそ価値があるのだと思っています。地方大学ではそこで大きなハンデを背負っていると思います(もちろん、情報を活用できる力はまたは別です。情報収集能力で勝っても活用できなければ、あまり意味はないのですが)。
しかし、企業側の目からみると、冷徹な言い方をすると、そんなハンデなんてどうでもいいのです。多少、地方についても配慮しつつも、最優先はポテンシャルが高い学生をいち早く確実に確保することですから、地方がハンデを抱えようが、そんなことはあまり強く配慮はされないと思います。地方大学だろうが、都市圏の大学だろうが関係なく、ポテンシャルがある学生にできるだけ「早く」出会い、確実に来ていただくことを確約して頂く。これが企業の最優先とするところでしょうし、現場で働いている人は少なくともそれを願っています。さらにいうならば、「うちの部署に配属して欲しい!」と願うでしょう(笑)
そこで地方大学の事情を話されても、「あ、そうですか」としか言えないです。元企業にいた大学教員の目からしてもそう思います。人事部からの目と現場の目はまた違うかもしれませんが。
情報戦で不利な状況にある地方大学の宿命を少しでも緩和するために教員ができることはなんだろうか?と考えました。特に私のように学生を持たない教員は。講義しか学生と接する場面がないわけですから、講義に就職活動に応用できる能力を育成できるように工夫するしかないですよね。教員主導側の講義ではなく、学生主導の講義で、自分の考えを整理し、表現できる力を育成できるような講義を考えなくてはいけません。
このような力を育成したいと思い、センターではGPに応募しようとしたのですが、金沢大学の内部審査ではねられました。そういうものを教養教育でやってもあまり意味はないのではないか?という考えなんだそうです(率直に言うと「今さら教養教育なんですか?」というようなことを聞かれました。あと教育学部系のものはことごとく落ちてました)。学生の観点でみると大変ニーズがあると思われるものだと思うのですが、本学は専門科目重視のようです。
仕方ないので、何か、こういう力を育成するための講義を1つくらいつくってもいいかなと思っています。私が担当できるのであれば、今の不況と同じくらいの不況時代に就職活動をし、短かったですが、企業経験もありますので、その経験で学んだことを伝えられるものができるといいのですが。就職支援室と組んでやってもいいですね。来年度ですかね。今年はちょっとできないので。
教職員の就職支援力。地方大学にとっては重要な要素になりますね。さらにいうと、大学の価値をどう高めるかということでしょう。「金沢大学はいい意味でも悪い意味でも『くそ真面目』(金沢大学出身の後輩曰く)」をどう変えていくかですよね。
#これって痛烈な言葉だと思うんですよね。きっついなぁー。危機感を感じているのは私だけ
#となると辛いですね。自分の立場を学生も教職員も理解した上で、考えないといけないです。
#意外に「自分が置かれている立場やハンデ」を理解するところが大きな壁になったりします。
#私の師匠も言ってましたが、まずは上記で書いた「危機感」を感じることから始まるのだと
#思います。