2008年7月

仕事の満足度と研究室の満足度

@IT自分戦略研究所
仕事の満足度は低下している
http://www.atmarkit.co.jp/news/200807/22/roudou.html

一時期、外資系企業のように、実力主義という言葉が流行りました。たぶん、私が就職活動をしているころでした。IT系雑誌も、リクルートが出している就職の雑誌にも「実力主義」という言葉が並んでいました。就職活動をしても、「御社の実力で社員の査定を行い、適材適所を考えるという人事制度に引かれました」とか、そんなことを面接で言う就活の学生も多かったです。「年功序列ではなく、自分の力を見てくれる」。確かに若手にとっては心惹かれる言葉に違いない。


みんなそんな人事制度に惹かれて、夢を持って、会社に入ったと思います。しかし、今は実力主義ではなく、職の安定志向が高くなってきているということです。


この記事ではさらに1990年代では経営環境が悪く、社員の育成、適材適所の配置の努力を怠っていたと書いています。それが今の仕事に対する満足度が全体的に低下してきている原因ではないかということです。


この適材適所における満足度って何でしょうか?そもそも適材適所とは?人事部が社員を査定して、その人の能力を発揮できる場所に配置するということでしょうか?それとも社員の興味・関心があるところに配置するということなのでしょうか?これはなかなか難しい問題です。


最近、就職活動している学生は「やりたいことがあるので、それができる部署に配置してほしい」とか、「そういう配置をしない企業には入らない」とか言っている人もいます。自分がやりたいことができない配置を「適材適所」ではないと言います。それはどうなのでしょうか?私は企業では自分がやりたいことができる部署に配置されることはほとんどないと思った方がいいと思います。


企業では全体利益、組織としての営利活動として、社員の配置を考えます。もちろん社員の要望も聞きはしますが、優先は組織の観点です。自分が納得できない仕事をさせられることも多いと思います。しかし、見方を変えると、楽しいものだったりします。業務資料の作り方だけではなく、他の組織にはどういう人がいるのか、そういう人たちと仕事するにはどうすればいいのかというコミュニケーションに関係することや、いいミーティングと悪いミーティングを経験し、議論が進むミーティングの方法を考えること、下請けさんとミーティングして、他の会社の状況を知ることなど、将来のキャリアに役に立つことがいっぱいあります。目の前のことに役立つか、というのではなく、「将来を見越して、学ぶものがあるか」という満足度もぜひ考えた方がいいと思います。


その考え方は会社を辞めて、大学院に入学してからも役に立ちました。いろいろあるのですが、私は5年間の大学院生活で、大変多くのことを学んだと思います。


研究室の学びでも書いたのですが、ただ研究ができればいいわけではない。自分が楽して、好きなことができればいいわけじゃない。それを求めるならば大学院になんて来ない方がいいと思います。ただリソースを提供してくれるだけの研究室。なんてさみしいことなのでしょう。先生、OB/OG、上級生、同級生、後輩と一緒に研究室と専攻を盛り上げていく活動を行っていく、これを通じて、仕事の仕方やコミュニケーション能力、マネージメント能力を磨いていくことが研究室に所属して研究する意味だと私は思います。その中には自分がやりたくないこともいっぱいあると思います。ですが、ここから学ぶことができるのは、その時にしか学ぶことができない重要なエッセンスがあります。


最近、企業は大学院卒業の新人雇用について冷めた目で見ています。それは専門家育成という観点から中途半端な育成をされているという考えが広がっているからです。ITのスキルなんて、家に帰って勉強すればいいのです。ヲタクになるまで勉強してください。そんなことよりも、上記のことをしっかり経験している人こそ、企業も大学も求めていると思います。


企業も大学院も根本的に違いなんてないですね。この研究室での学びの価値を認識し、活動させていくことが研究室での満足度に結びつきます。学ぶものがあるか、という満足度。大切ですね。

小学校英語の動き

小学校で英語教育が実施されることがほぼ決まった。教育現場ではこの対応に大変忙しくされていると思う。小学校英語については「英語よりも国語力を育成するべき」、「国語力があれば英語の習得は楽になるから、小学校では英語はやらなくてもいい」というような意見や、今の文部科学省が推進するような英語教育には反対というような意見があったが、もうほぼ決まってしまった以上、「小学校英語はやりません」という議論はできない。これからは今まで英語を教えてこなかった現場の先生が、この劇的な動きにできるだけ迷いなく、負荷を減らして、英語教育ができるような工夫をどうすればいいのか?というところに議論を傾けるべきだと私は思います。


私のお義父さんは小学校の校長先生をしていたのですが、前に「なりきりEnglish!」を見せた時に、大変興味深く見られて、「こういうの、小学校教員版ってできないかな?」って言ってました。これから来る流れですし、おもしろいと思います。小学校教員が使う英語学習。


その中で、eラーニングというものは小学校で英語教育をするにあたって、教員にも生徒にも大変喜ばれるツールになるのではないしょうか。小学校英語では文法や語彙の指導というのはさせない方向になっています。できるだけ音声言語を聞かせ、生徒が興味ある話をすることや、英語ネイティブの教員とふれあいを設け、できるだけ楽しく英語を勉強する・・・というよりも触れるという位置づけになっています。


前にBeatingでインタビューをしました、東京電機大学の吉成先生は、「オンラインで英語教育ができることで、文字から外国語を学習できるという大きなパラダイム変換が起こりえる」とおっしゃってられました。楽しさはそれでキープしながらも、インターネットを使用して、オンラインの英語で書かれた情報を読んでみるとか、国際交流を行う中で、語彙や文法を学習していくというのはありだと思います。小学校で英語教育eラーニングを展開するというのは、まだまだこれからですし、おもしろい分野になると思います。前に外国語教育メディア学会で見たのですが、Flashで発音のイントネーションやリズムを視覚化するというツール開発について発表がありましたが、そういう迫り方とかもおもしろいですね。


もちろん、小学校では国語が教えられているわけで、全く違う言語要素を小学校で学習することは大変な負荷になりますし、混乱するとされています。まだまだこれからだと思いますが、私は修士1年から2年間、関わった仕事があり、これは日本の小学校での英語教育を活発化する1つの動きになるのではないかと思います。

文部科学省
平成20年度「教育情報化総合支援モデル事業」の公募について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/07/08070215.htm

昔、e教員プロジェクトと題して、私の恩師であります、赤堀先生が文部科学省の仕事をされていました。おもしろいものだと思い、私も参加できる機会を先生に頂き、文部科学省の方と協力して、このプロジェクトのWebページの設計、運用を行っていました。開発は同級生だった林君(現、日立製作所システム開発研究所)が担当しました。実際に成果報告会も参加し、全国の25教育センターと小学校、中学校、高等学校の先生が成果発表されました。成果といっても、ちょっとした研究発表で、作ったもの、その使用方法、効果測定までされているものもあり、大変面白いものがありました。今後、このような活動が活発化し、現場の先生が行いたい英語授業(同時に生徒にとってもいい)がオンラインで手軽に設計することができるような基盤ができると大変いいですよね。


また最近の教育ゲーム流行というのは、現場の先生にとって大変ありがたいことではないでしょうか?ゲーム機器というのは、子供にとって、単なるゲームをするもの以上の役割があります。京都の中学校でもDSを使って英語の授業をやってましたが、小学校にもこの動きが出てきそうな感じがします。


教育家庭新聞
「小学校英語活動実施状況調査」及び「英語教育改善実施状況調査」について
http://www.kknews.co.jp/wb/archives/2008/01/post_1509.html
小学校英語のポイントさぐるワークショップ報告
http://www.kknews.co.jp/wb/archives/2007/10/post_1227.html

コピペとの戦い

J-CAST
大学生から小学生まで「コピペ病」蔓延
http://www.j-cast.com/2008/07/20023519.html

教員になったら、その職を辞めるまで戦い続けなければならないことです。コンピューター、インターネットというものはいい意味でも悪い意味でも便利になった。私の指導教官の赤堀侃司先生は情報技術の悪い部分を「闇の部分」と、前におっしゃってられました。

この「闇」。私は5年間の非常勤で何度も経験しました。もちろん、セメスター開始後最初の授業で説明はしています。「コピペをした人は0点です」と。でも「ばれない」と思うのでしょうか、コピペするんですね。これは不思議な行動です。

教員から見ると本当におもしろいくらい、コピペというのはわかるのです。普段から毎回小レポートや、小テスト、それだけではなく、日常的な会話からいろいろ考えて、「あ、これはコピペしたな」というのがすぐにわかります。この対処は私はいろいろ試してきました。授業の開始時に前でコピペの実演をして、「これをした人は0点にしています。おもしろいくらいにわかりますよ」と言うと、だいたい50%くらいの学生たちが冷汗をかいて、表情が曇ります。残り30%くらいの学生は「そんなわけねーよ」と思っていますが、教員が「例えば、アマゾンの書評からコピペした人や、富士通のWEBページからコピペした人、JTBのWEBページからコピペした人、様々でしたね」というと、残り30%の学生も観念します。

しかしこれが、なかなかの手間で、夏休みから成績を事務に提出する期間に一気にこの作業をします。この「闇」はなかなか解決が難しい・・・と思われていたこの作業、この「闇」を消すのに一役買うのも情報技術だと思います。いろんな大学でこの対応をしているのですが、身近な方の研究として、私と同じ赤堀研究室の卒業生で、私と同級生の椿本さんの研究で開発されたシステムは、レポート評価のばらつきを抑えることを目的にしたシステムなのですが、研究代表者の椿本さんが狙って効果とは違う、副次的な効果で、コピペを見破るシステムにもなったそうです。レポート内で使用している言葉などから、レポート間の類似度を算出して、2次元マップ上に見せるシステムで大変おもしろいのですが、類似度が高いレポートは近くに表示されるので、ほとんど同じレポートは点が重なって表示されるわけです。たぶん、WEB上のデータを登録しておけば、そのWEBページで使用されている言葉との関係で、そのWEBページとの類似度も読めるのですから、友人間のコピペだけではなく、インターネット上のデータのコピペも見破ることが可能になるわけです。

この観点で、どこかの大学ですが、コピペ発見システムで特許申請をしたというニュースが流れてました。自分の研究をまたちょっと違う視点で、見てみると、おもしろい点が見えてきて、また別の研究や、また違った使用方法があっておもしろいですね。

参考文献
椿本弥生, 赤堀侃司, (2007) 主観的レポート評価の系列効果を軽減するツールの開発と評価, 日本教育工学会論文誌, 30(4), pp.275-282



Google Mapで遊ぼう

前に、最近GoogleががんばっていろんなAPIを公開していますが、かなりメジャーなGoogle Map APIを使ったおもしろいWEBアプリケーションを紹介します。

2D自動車シミュレーター
http://geoquake.jp/webgame/DrivingSimulatorGM/

2Ds.jpg
実際のマップ上を車を操作して楽しむという、単なるゲームなのですが、実際のマップをいろいろまわることができるというのがおもしろいですね。これをうまく教育で応用するには、車で回りながら地理的知識を身につけるというのがベタなアイデアがありますが、西森他(2003)を参考に世界各地の名産品などを収集して、トレードするというようなゲームを作るというのも面白いと思います(世界的には教育ゲームの研究がまだ盛んですので)。こういうものはインフォーマル・ラーニングでも十分に楽しく、「ゆるく」学習ができるのではないでしょうか。


日本だけではなく、世界を爆走してみてください。私はロンドンを爆走してました。ウィーンは見れませんでした。


このように今まで個人ではなかなか利用することが難しかったソースを使用することができるAPIが公開され、おもしろいものを開発することができるようになってきました。何か作ってみたいです。Google MapをFlashの中で使用できるAPIも公開されているようですので。

参考文献
西森 年寿 今井 亜湖 松川 秀哉 山城 新吾 中原 淳 永岡 慶三, (2003) 異なる役割間の交渉場面を設定したWebベースのゲーム型教材の開発と評価, 日本教育工学雑誌, 27(1), 83-91

中高一貫校生向けキャンパスツアー

今日は中高一貫校に入学した中学生向けの東京大学キャンパスツアーイベントの支援で、「なりきりEnglish!」について発表しました。中学1年生、2年生向けのイベントということもあって、話す内容をどこまで落として話すか考えました。普段、自分でやっていることを簡単な言葉で、相手をひきつけながら話すというのは難しいですね。スライドもいろいろ考えました。


chu-ko1.jpgまず最初に山内先生から東京大学ってどういうところなのか、説明がありました。山内先生が「もし合格したら、東京大学に入学したいか」中学生に聞いたところ、中学1年生は「入りたい」と素直に答えてましたが、中学2年生は意外に少なかったです。山内先生からの「東大に入るための勉強ではなく、社会で貢献するために勉強をして、その1つの過程として東京大学がある」というお話がありましたが、その通りですね。受験意識の高まりがたぶん若年化しているんだろうと思うのですが、そういう人は受験を通るための勉強をしていますよね。でも実社会で貢献できる人になることが重要なことであって、それができない人は東京大学という恵まれた学習環境に入学できたとしても成長が止まるのかな?と思いました。実際に、会社でも、知識はものすごくある人がいましたが、それを実践することや行動することができる人というのは同期でも少なかったですし、そういう人は大学の過ごし方が違ったのだと思います。


chu-ko2.jpg「なりきりEnglish!」の発表ですが、できるだけ、わかりやすくするために、まず、「将来やりたい仕事」を聞いて、「英語を使って仕事をする場合、仕事でしか使わないような英語を勉強しておかないと仕事ができません」という話をしてから、「なりきりEnglish!」の話に入りました。ときどき笑いスライドもいれつつ・・・そこまでウケませんでしたが(T_T)

なかなか笑いの神は降りてきません。うらやましいくらい降りてくる人を周りで1人知っていますが(笑)











chu-ko4.jpgその後は「なりきりEnglish!」で一緒に研究をしたベネッセコーポレーションの秋山さんから、「なりきりEnglish!」のスピンアウト企画、「英語deキャリアアップ」の説明があり、大人でも勉強していること、紙やペンだけではなく、情報機器などを使うことで効果的な学習が可能であることを発表されました。
(「なりきりEnglish!」と「英語deキャリアアップ」については、プロジェクトページで紹介しています。)









chu-ko5.jpg
最後に現役東大生から、学生生活と中学高校の頃の時間の過ごし方について、山内研究室の大城さんと農学部の大坪さんからお話がありました。いやー、高い目標意識と日々の努力というのが必要ですね。大学受験とかそういうこととは関係なく、何かを達成するには地道に、目標を意識しながら、そのために必要なことを着実にやっていけば、必ず道が見えるということですね。







2人が早く気づいたことを、私はそれは大学の3年くらいになって、ようやくわかりました。「もうちょっと早くわかっていれば・・・」なんていう言葉がありますが、私が今、これ以上を考えられないくらい、十分すぎるくらい幸運に恵まれているので、気づいたのがその時期でもよかったのかもしれません。というよりも何かを目指すには遅すぎるということはないということです。着実な努力が必要なことに気付くのが遅かったとしても、そこから動きだす勇気と行動力があればいいということかと思います。強い気持ちとそれに突き動かされる行動力ですね。私も大学教員になるなんて、会社にいた頃は思ってもいなかったです。頭の片隅にもなかったと思いますが、それを意識し始めて、気持ちが強くなって、動いた・・・気持ちが抑えられなかったといいましょうか、そのような感じでした(上司に退職の意思を初めて言うときですね。手が震えました。大学院を受験して、合格はしてましたが、断ることはできるので、大学院受験したのはそこまで緊張はしなかったです)。


しかし、中学生に話すなんて、修士1年の頃に塾講師のアルバイトをしていた以来です。緊張しました。


お試しあれ


aji1.jpg
これを知っている人、さらに実際に食べたことがある方はいますか?(笑)
ぜひ感想を聞かせてください。
詳しくはLicoriceを調べてみてください。
http://www.typetive.com/candyblog/item/salted_licorices/

Knolを見てみた

最近、Googleがいろんなサービスを公開していますね。Livelyに続いて、Knolです。前、Google Japanの社長が「Googleで働くには」という特集でインタビューを受けてましたが、社員は「自分が面白いもの」を作る時間が全勤務時間の30%ほどあるような話をしていたと思います。そこからサービスに至るものもあるんだそうです。


knol.jpg今回公開されたKnolはWikipediaのようなWeb2.0的な参加者主導型知識共有サイトです。Wikipediaで問題点を解決しようとする試みがされているんだそうです。Wikipediaでは誰が書いているのかわからないので、掲載されている情報への信頼性が薄いものがあることや、世間でちょっとしたスキャンダルがあると、それに関する著者の主観的な観点で記述されることがありました。Knolでは書く人は専門家であり、その名前は掲載されます。またWikipediaのように誰でも書き込むことができるのではなく、書き込みができる権限を自由に設定することができます。一般の人はその記事に対して、評価・コメントが可能です。

CNET Japan
グーグル、Wikipedia対抗のオンライン百科事典 Knolを公開
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20377713,00.htm?ref=rss

で、Knolの開発担当者がこの、「適度なコラボレーション」というのがWikipediaでも問題あがっているような問題を解決するキーになると言っています。

また、ニュース提供会社と提携して、その会社のニュース記事をKnol記事に使うことができることや、広告を打つことも可能で、著者は収集を得ることも可能ということです。既にGoogleが公開しているYouTubeなどのサービスとも連携することも可能ということでした。CNETの記事ではWikipedia対抗という言葉が使われていますが、Wikipediaで記事を書いているユーザーがKnolの記事を引用することも可能ということです。

まだ公開されたばかりで、記事自体はまだ少なく、私たちが「簡単に」知りたいような内容は少ないようですが、今後、どんどん充実していくことが期待されます。

この「適度なコラボレーション」という言葉、いいですね。最近、教育工学でも協調学習やコミュニティーというような言葉がよく出てくるようになりました。なんでも「協調」というようなことや、「協調」させるための最適支援をするだけではなく、「適度なコラボレーション」を実現するための方法を検討するのもアリですね。最適なものではなく、適度なものを考えること。おもしろそうです。

紙を求める理由は?

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CNET Japan「本は紙がいい」
http://japan.cnet.com/marketing/story/0,3800080523,20377255,00.htm

「ペーパーレス」という言葉はずいぶん前からあったように思います。私はこの言葉を聞いたのはちょうど就職活動をしていた1999年あたりだと思います。私は新聞というものを読まないので、こういう言葉を聞いたのは遅かったかもしれませんが、IT系の雑誌は目を通していたので、たぶん記憶は正しいと思います。


IT企業がこの「ペーパーレス」という言葉を使って、企業の中で紙を使ってしていた作業を電子化するというソリューションをどんどん売りだしていったのもこの時期だったように思います。私が勤務していた3年の間でも、作業計画は紙からグループウェアへ、給与明細は紙から電子媒体で、様々な決済は紙ではなく、電子決済となっていきました。この10年程で紙を使用する量はずいぶんと減ったように思います。


ですが、紙の方がいいと思うこともあります。たとえば、私は論文を読むという場合でも、もちろんPDF化され、メモ書きができたとしても、線引き機能がついたとしても、印刷すると思います。パワーポイント資料もたとえ好きな所にアノテーションができたとしても、紙で印刷をして、ペンでメモをするに違いないです。


この「紙」というのは何なのでしょうか?企業にいたときに、なんか、紙について調べた人がいて、光の加減で、人間の目にいいとかそういうことを生理学的な観点からなんだか評価をしてました。そういうことが潜在的にあり、紙を求めているのかもしれませんが、もっと何かあるような気もするのです。紙を持つことでの安心感といいましょうか。その光や目に関係する、生理学的な要因から安心感に結びついているのかもしれませんが、紙で見ることで、「自分のものである」、「自分の理解のために使える」というような気持ちがあるかもしれません。またこのような効果はコンピューターとの相乗効果があるかもしれません。紙をなくしても、また印刷すれば何度も見ることができるというような安心感もあるかもしれません。


当然として、読むべき量も関係するでしょう。長い文章を携帯電話、もうちょっと大きい、スマートフォンやPDAがあったとしても読む気にはさすがになりません。最近は携帯電話で本やニュースを見ることもできるようになりました。私も携帯電話でニュースを読みますが、読んだとしても2,30行程度の記事です。今回、引用したニュースでも書いてある電子書籍というものありますが、このニュースのアンケート結果でもわかるように、「本は紙がいい」というのは上記で書いたような、何か深いことが関係しているように思います。勉強するときも紙を使っている人が圧倒的に多いですね。こうやって電車に乗っている時も、試験期間中もあって、大学生が友人のノートをコピーして、それを必死で読んでいます(自分で書いたものじゃないんだ?という疑問はさておき(笑))。これを携帯電話とか、ゲーム機とかで見ることができると変わるのでしょうか?


前にエントリーで書きました、「線引き流行り」(http://mark-lab.net/2008/07/post-19.php)、未来型デジタルペン(http://mark-lab.net/2008/06/post-1.php)でも書いた(かな?)、アナログの価値を見つめ直し、デジタル+アナログの形を作り出すということが起きているのかもしれません。今、富士通やDNPなどが電子ペーパーの研究をし、実践的な評価を始めています。このような媒体が本格的に登場してくると、何か変わるのでしょうか?紙に求める私たちの感覚が電子ペーパーを使った時にも起こるのでしょうか?楽しみです。


私の関心は、紙、電子ペーパー、PDF(コンピューター)の3種でデジタル教材を与えたとき、情意面と学習効果は変わるのか?というところなのですが。すでにされていますかね?もしご存知の方がいっしゃいましたら、教えてください。

大いなる挑戦

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とりあえず、先月あたりに「なりきりEnglish!」の研究成果についての論文を投稿したという話は前にここでしたような気がします。今、私は次期(もう始まってるのですが)の企画を考えています。山内先生、北村智先生とベネッセさんとミーティングをして、アイデアを詰めています。


その合間で自分の研究・・・というよりも、博士論文で学術論文にしきれなかったところを学術論文にしています。私は博士の間、国際誌にこだわって論文投稿をし、そこそこ、がんばったと思いました。これは恩師の赤堀先生より、「英語教育でやっていくのであれば、世界で勝負しないとだめだ」と激励を受けてのことです。私もそこまで自信はなく、日本語で書くことを考えていました。とりあえず、日本教育工学会の英文誌に投稿し、それが幸いにも採録となりました。


確かに一瞬、安心しました。でも、すぐに冷静になり、気を引き締めました。もちろん、博士取得には最低でも2本の原著論文(赤堀研は3本ですが)必要ということもあります。そ れ以上に、「日本の論文誌で英文誌書いても、審査が緩いし、通りやすいからね」と言われることが嫌だったのです。この論文は確か、1か月くらいかけて、書 いてました。先生に見てもらう前日は徹夜をして、書いて、朝7時頃に先生が研究室にいらっしゃったときに見てもらいました。結果はボロボロ。「こんなんで は落ちる」と言われ、そのまま昼までがんばって修正して、先生にOKをもらったことを覚えています。そこまでした論文で「英文誌は通りやすいから」と言われるのがシャクだったのです。そのため、国際誌にこだわって、勝負をするということを博士の間、信念として持っていました。その信念の裏にはいつも不安はありました。通すのが難しいとされる国際誌、結果が返ってくるのも1年くらいかかる中、不安でした。「やっぱり、日本の論文誌の英語論文誌しか通せないのではないか?」と。


それまで私は3本、原著論文で落ち、1本国際会議落ちてました。論文の不採録は結構つらいものです。精神的に辛いものがあります。メールのタイトルに不採録とあからさまに書いてあるのです。メールの内容を見ることすらできません。でも、このような精神的な辛さを乗り越えて、メールをみて、査読者の先生からのコメントを真摯に受け止め、次につなげていこうとする気持ちがあるからこそ、がんばっていけるのだと思っています。人間は挫折を経験するからこそ、強くなれるものだと思います。「不採録」の経験をしていないことに越したことはないですが、もし将来、不採録になったとき、精神的にその辛さを乗り越えられるかどうか、重要な点になると思います。


さて、私は、プロジェクトの論文1本挙げることと自分の研究に関する論文を2本投稿することを今年の目標にしました。国際会議もがんばりたいと思います。そして、論文に関しては、今年は自分にとって新しい挑戦になる、インパクトファクターつきの論文に投稿しようと思い、21日に投稿しました。そして、今日にも、もう1本の論文がネイティブチェックから上がってきます。言語教育、特に言語教育と情報技術に関係する論文は世界的にも数が少ないのですが、さらにその中でもインパクトファクターがついている論文はさらに少ないです。さて、ほんとどうなるかわかりませんが、自分で1つ大きな壁を作って、チャレンジしたいと思っています。


国際会議も世界でも採録が難しいとされるところに挑戦します。私には大きな挑戦です。どこまでできるか、どこまで世界の難関と呼ばれるところまで、やっていけるのか?


論文も国際会議も2段階査読。厳しいです。採録・不採録に関わらず、ここで報告する予定です。

可視化のチカラ

最近、可視化っておもしろいなーと思っています。人には見えないもの、普段意識されないものが目に見えることでどうなるのか?考えると不思議ですよね。見えないようなものや私たちが普段意識していないものを目に見えるような形にすることを「可視化」といいます。

Wikipedia「可視化」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%AF%E8%A6%96%E5%8C%96
単純なものでいうと、温度でも、数字で見ることができますが、これも可視化の1つですし、
サーモグラフィーのように色で見せることも可視化です。

さらに最近はこんなことも可視化されるようになってきました。
世界のネットワーク・トラフィック、アタックの可視化
http://www.akamai.com/html/technology/dataviz1.html

ネットワークパフォーマンスの可視化
http://www.akamai.com/html/technology/dataviz2.html


あとは前にこちらで書きました、Google Map上で日本の環境保護活動に関する報告を共有するというのも、日頃、私たちは無意識のこともありますし、ふだんから意識を高くもって、活動している方も多いかと思います。ですが、自分たち以外の方がどういう活動をしているのか?というところは無意識な方が多いのではないでしょうか?そういう意味で、これも可視化の1つだと私は考えます。

他にもブログやSNSでアクセスが多いキーワードを大きく見せることも可視化ですね。
大日本印刷、ブログやSNSの口コミを視覚的に表示するASPサービス
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080716/310948/

では学習において、どういう意味があるのか?と考えますと、問題解決の協同学習のシーンで、アクセス頻度などのログという単純なものから、議論の活発度、自分の思考変化や議論されているテーマなどを可視化することで、学習者の問題解決における情報処理を支援すること、またそれが能力の育成を支援することができるとされています。このあたりは学習科学の文献に詳しいので、ご興味がある方は一度読まれるといいと思います。大変おもしろいです。

このあたりについて詳しい研究としては

中原 淳 前迫 孝憲 永岡 慶三(2002),CSCLのシステムデザイン課題に関する一検討 : 認知科学におけるデザイン実験アプローチに向けて, 日本教育工学会論文誌, 25(4), pp. 259-267

中原 淳 八重樫 文 久松 慎一 山内 祐平 (2004), iTree : 電子掲示板における相互作用の状況を可視化する携帯電話ソフトウェアの開発と評価, 日本教育工学雑誌, 27(4), pp.437-445

望月俊男 久松慎一 八重樫文 永田智子 藤谷哲 中原淳 西森年寿 鈴木真理子 加藤浩(2005), 電子会議室における議論内容とプロセスを可視化するソフトウェアの開発と評価, 日本教育工学会論文誌, 29(1), pp.23-34

教育工学ではいずれも必読の論文と位置づけされるものだと思います。言語教育ではこれら論文で試みられている可視化だけではなく、ちょっとしたひと工夫が必要だと感じます。やはり言語を学習するので、言語要素に関係するものを見せる、たとえば発言されている語句のレベル、インタラクションの結果、習得されたであろう語句を見せるといいかもしれません。こういうものは無意識になりがちなので、可視化させることで、自分の書いた発言を振り返ることや、もっと発言してみるといった動機付けになるかもしれません。

言語教育では教育工学では当然と言われている部分がまだまだ入りこんでいないので、教育工学の知見を活かして、言語教育での応用を試みる、また言語教育特有の問題を指摘して、教育工学の知見を広げるというやり方はおもしろいと思います。ちょっと私、考えてみたいと思っています。


ネーミングセンス

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ネーミングって難しいです。今日、青山学院大学でミーティングがあり、プロジェクトメンバーで発刊する報告書のネーミングについて話していました。イメージとして、「硬すぎないで、柔らかいものがいい」など、皆さんからいろいろ出てきます。同じメンバーの松田岳士先生はアイデアがおもろしろいものから真面目なものまでドンドン出てきます。私も考えてみますが、出てこない・・・。どうしても論文調のネーミングになってしまいます。


以前から私はネーミングを考える機会が度々がありました。私が編集をしているメールマガジン "Beating"も特集の名前はみんなでいろいろ考えましたが、私はあまりいいのが出せなかったんです。そして今、企画している新プロジェクトも、同僚(先輩?)の北村智先生から「プロジェクトの名前を考えないと、プロジェクトの名前がKY(Kitamura & Yamada)になってしまいますよ」と言われ、考えましたけど、出てこないのです。実際にこの今、世間でよくいう"KY"になぞらえて名前を考えたのは上司にあたる山内祐平先生。私たちとしては避けたいネーミングですが、みんなを納得させる代案が出ないので、仕方ないです。「なりきりEnglish!」も考えたのは中原淳先生。


ネーミングって難しいですよね。難しいという先入観がダメなのか?日常の、身の回りのことに気を遣ってみていると、いいものが降りてくるのでしょうか?日頃の情報収集量とか間接的にも効いてくるのでしょうか。「目を引いて、中身がわかりやすいネーミング」と頭で考えても出てこないです。センスなのでしょうか?ちょっとしたことに気付くという、注意力が効きそうな気もします。あとは想像力でしょうか。何かいいアイデアがある方がいらっしゃいましたら、教えてください(笑)

指導教官と交渉する技術

5分で人を育てる技術(54)「この案でOKです」と言ってもらえない人向けのカード
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20080707/310315/


これは指導教官とか上司と話す時に使えるのではないでしょうか?私も最初の54番のカードは使っていました。指導教官は自分のことを指導するという意味で大変参考になる提案をして頂けるのですが、時に自分の考えと違う点や大変困難なことを言われることもあります。そういう時には、私は指導教官を「お客様」というように見立てて、いかにして自分のアイデアを理解して頂いて、投資して頂くか(研究の言葉で言うと、「研究費を使わせてもらえるか」ということになりますが)を考えていました。


前回、「教育で音声認識技術の利用法を考える」というエントリーで、私はビデオカンファレンスの研究をしていたのですが、指導教官より「そこに音声認識エンジンを搭載して・・・」というお話をしました。確かにこれは面白いことで、できれば最高だったのですが、数か月で実現するには無理がありました。それを認識して頂くために、数々の音声認識エンジンをインストールして、数か月で実現するためには、周辺技術が私たちのアイデアについてきていないことを指導教官に説明しました。


しかし、「できません」というだけではだめです。「じゃー、おまえ、何もやらんのか?」と思われると学位はとれません。指導教官を「お客様」と見立てている以上、お客様にご納得いただける代案を持っていき、メリットを説明しなければなりません。私は技術で攻めるよりも、学習に関係する理論を基にした研究を行うということで、Mayerのマルチメディアラーニングの話を説明し、また国際会議と論文を投稿するという研究業績の生産性でのところで提案をしたところ、ご納得・・・まではいきませんでしたらが、ご理解は頂き、とりあえずのGOサインを頂きました。


「できない」ということは簡単ですし、「熱意」を持って話すことも大切ですが、自分が何をしたいのか?というところは指導教官に自分のアイデアのメリットとデメリットが「わかる」ような形で説明しなければなりません。そして、そのメリットの大きさ、デメリットを低減させる策を説明し、納得して頂く。ここまでが指導教官と研究相談をする学生の説明バードンです。


あと、私の経験ですが、代案をもっていくだけではまだ足りないと思うこともあります。指導教官が提案してきたことを一度、試してみて、「どうも、具合悪い」、「筋が悪い」ことを経験しておくことが大事です。さらに「なぜ、具合悪いのか」を自分で把握しておきます。そうする方が説得力が増します。それでも指導教官が難しい提案をしてきた場合は、その提案を実現するための投資注入して頂くことをお願いします。しかし、投資、いわば、研究でいう、大切なお金ですので、その投資を頂いたことで、「いつまでに、どれくらいの完成度のもの」を見せることができるのか、また希望額の全額投資をされる前に撤退した方がいいこともありますので、撤退の見極めポイントも指導教官と話し合うといいと思います。時に学生も指導教官でも「撤退」する選択をしない方もいらっしゃるのですが、「撤退」し、別の方向へ行くことも大事です。より筋がいい、自分ならばできる方向へ、早い段階で見極めて、行くことができるのであれば、「撤退」は重要です。


以上は、私の経験も合わせて、大切なことだと思いますが、以上のことをするにも、何事も「誠意」が必要だとも私は認識しています。指導教官から自分の能力以上のことを求められても、絶望するのではなく、一度、勉強してみる。そこで、どれくらい時間がかかるものなのか考えてみる。そして、その報告を行い、代案を提案するという、労力がかかることですが、最低限、この誠意がないと相手が指導教官あれ、先輩であれ、通じないと思います。さらに誠意を示すためには、それだけ必死に、時間をかけて、勉強し、アイデアを練ることです。ここは体力勝負です。「これをしなければ、私は死ぬ」というくらいの強い気持ちが必要です。1つ1つが真剣勝負です。


実際の勤務の現場で活かされることも、研究でも使えるものが多いなと改めて実感しています。私は短い企業勤務経験でしたが、大変価値のある3年だったと思います。

研究をするためにマインドマップを使う

@IT
5分でわかるマインドマップ
http://jibun.atmarkit.co.jp/lskill01/special/fivemm/mm00.html

マインドマップと聞くと、私たち、教育関係の研究者には質的なデータ収集法や、学習支援ツールとして考えることが多いかもしれない。不勉強な私だけかもしれないが。たぶん、その傾向は私たちの世界の話であって、世間的には、発想や業務効率化支援のツールとして考えられているそうです。

マインドマップというのは、ブザンという脳科学者と国際政治学者の兄弟が作ったツールで、あるテーマに関する注視的な言葉(主題)を決め、そこからイメージできるものを放射状に関連を書いていくもので、12のルールがあるらしいです。この12のルールが守られていない場合はマインドマップと言わないんだそうです。その12のルールとは

1:無地の用紙を使用する
2:用紙は横長に使用する
3:用紙の中心から描く
4:テーマはイメージで書く
5:1ブランチ=1ワードであること
6:ワードは単語で書く
7:ブランチは曲線であること
8:強調する
9:関連付けする
10:独自のスタイルで
11:創造的に
12:楽しむ
(10から12は1文を区切ったものだと思う)

このマインドマップ、自分の研究方法やスタイル、問題点を分析するために使用できないかと思ったりしたのです。例えば、「自分の研究発表」という言葉を中心において、関連するキーワードとリンクさせてやる。さらにこれをみんなでするといいのではないかと思います。

たとえば、これが先日のウィーンでの国際会議に関する問題点の洗い出しマインドマップです。
(でもマインドマップなのか?という疑問もありますが・・・)

mindmap.jpg

この時期は中間発表などで自らの研究の内容、方向性、進め方、発表方法など、振り返るいい機会です。皆さんの研究活動や業務のお役に立てばと思います。

参考URL
@IT ITエンジニアのためのマインドマップ入門後編
プロジェクトの問題点洗いだしにも使えます
http://jibun.atmarkit.co.jp/lskill01/rensai/mindmap02/mindmap01.html

マインドマップ作成ツール FreeMind(フリー)
http://www.freemind-club.com/download.htm


教育と外的動機付け

Cnet Japan
ネット+モバイル世界の最新ソーシャルコミュニケーション事例
http://japan.cnet.com/marketing/opt/story/0,3800087093,20377181,00.htm

カンヌ国際広告祭で、ニューヨーク市教育局がTitanium Lion賞というものを受賞したそうです。端的に言えば、携帯電話を教育に使用し、アプリケーションの利用時間やグッズなど外的な動機づけで学習へのモチベーションを向上させるという仕組み。例えば、授業に出席すること、宿題などでポイントが入り、ある一定のポイントがたまると、チャットなどのコミュニケーションツールを使用することができることや、音楽のダウンロードができるなどのインセンティブがあるそうです。日本では考えられないことです。公教育において、金銭と等価なものをインセンティブにするということは日本では避けてきていることです。

しかし、このようなことを踏み切ることができる背景として、日本とは大きく違った状況があるようです。Cnetの記事によると、人種的マイノリティーが50%、大学卒業できないことや、アフリカ系の大学生は囚人よりも少ないという日本にはない状況が、日本人の感覚では教育としてタブーと思われる仕組みを導入させたのではと思います。

現場の教員はこのような取り組みの導入に抵抗があったものの、導入後、その効果はすぐに出たそうです。それはそうですよね。外的な動機付けは強いですから。特に高価な商品をインセンティブとして掲げた場合、大きいでしょう。態度面で出るのは自明だと思います。

この記事を書かれたヤマグチガクさんはこの仕組みが成功した要因を3つ挙げてらっしゃいます。

1:ターゲットのインサイト(人間の心をつかむもの)にあった仕組みであったこと
2:ターゲットとコミュニケーションをするために最適な媒体であったこと
3:インセンティブを与えることで勉強への挫折感よりも達成感を味わせた

1についてはアメリカと日本では社会的状況が大きく違うので、想像しにくいことがあるのですが、私は勉強になったのは学習者の社会的状況も含めた分析に沿って、学習環境のデザインをするということが、ターゲットを絞ることができれば可能ということです。もちろん、経済的な要因という点で、携帯電話を無料配布するというようなことは日本ではなかなかできないことではありますが、家庭状況や友人関係などを分析することで可能ということであれば、1つ参考になると思いました。英語教育ではESP(English for Specific Purposes)という、特定目的のための英語教育(ビジネス英語など)の分野でターゲットのニーズ分析が重要としていますが、教育にも社会的要因も含めた分析を入れるのはおもしろいですね。

2については、これは教育工学分野ではよく言われていることで、この仕組みでもポイントになっている学生同士のコミュニケーションを円滑化させるツールとして、携帯電話は手から離せないほどです。ここはそうだと思いますが、ヤマグチガクさんも指摘されている、携帯電話を無料配布できることと、カスタマイズできるというところまで漕ぎつけたからこそ、この2番目の点が効いているとも言えます。

3:インセンティブですが、これは難しいです。外的要因による動機付けは学習心理学の分野でも言われていますし、このパワーが大きいのは世界中の教育現場の人もわかっています。しかし、はたして、これはいいのか?というところでみんな躊躇すると思うのです。私もそうです。インセンティブを与えるにしても、アカデミックな何かと結び付けたいと思います。たとえば、大学のプロジェクト学習で、研究手法を学ぶという授業では、大変優秀なものについては学会発表をさせ、それに伴う旅費・滞在費を支給するというようなことはあると思います。しかし、公教育の場においてアカデミックなこととは関係ないものをインセンティブに使うことは抵抗がありますね。ここをどう説明するか。また、外的要因による学習動機を内的な要因で学習する方へシフトさせていくことが重要なのですが、この3つの点では大変重要なこの点が見過ごされているように思います。

私のように「教育」ということに頭が固められている身にとっては、このような仕組みを導入する側になったとき、導入に踏み切る勇気がないですが、このような公教育においてタブーと思われていることも議論することで、何か新しい発想が生まれてくる可能性はあると思います。
今日は出身大学の東京工業大学・赤堀研究室の研究ゼミに行ってきました。おもしろい発表でした。研究発表ではなく、商品の紹介に近いのですが、音声認識エンジンとその商品のプレゼンテーションでした。アドバンスト・メディア社のAmiVoiceという製品です。非常に音声認識率が高く、4,5年前から目はつけていたのです。


私は修士・博士課程と英語コミュニケーション能力育成のための同期型CMCツールの設計、開発、評価を行ってきました。修士2年の頃に、修士・博士課程の恩師である赤堀先生より「音声認識エンジンと連動させて、発話したものを文字化して、語で切り、キーワード辞書と一致させ、次に発言されるべき言葉を推測し、提示するようなシステムができないか?」と言われたことがあります。


試しに作ってみようとしたのですが、Windowsに標準搭載されている音声認識は使い物にならないし、ViaVoiceは長時間のトレーニングが必要、京都大学が開発したJuliusはどう使えばいいのかわからなかった。そこでAmiVoiceを見つけ、いろいろ試してみたところ、音声認識率はかなりよかったのですが、APIを手に入れることができず、結局、このシステムの開発は断念しました。


やっと音声認識がモノになる時代が来て、音声認識率が高い理由について話を聞いてみた。トレーニングがなくても、音声認識率が高い理由の1つとして、場面に対応した辞書を持っていることがわかりました。AmiVoiceは自治体の議会や委員会の議事録記録システムや医療の現場でのカルテの説明システムで使用されていることが多いらしいのですが、それぞれ、現場でよく使用される語句を持った辞書をがあり、その文脈内で使用される語句であれば、かなりいい認識率を示すということでした。実際のデモンストレーションでも100%の認識率でみんなびっくりした。たぶん、この辞書というのは、議会とか委員会の発言を記録し、それをコーパス化して作成したものではないかと思います。そのため、議会や医療の文脈には出てこない語句を発言すると、とたんに認識率が下がり始めます。


私たちのゼミは教育工学分野なので、教育への応用について検討するのですが、もともとは聴覚障害の方向けに教材オーサリングソフトと連動して使うようなことが想定されていたということでした。Streaming Authorというソフトと連動して、発言をAmiVoiceで文字おこしを行い、パワーポイントと先生の映像と説明文を同期させて表示するというような使い方を説明してくださいました。


赤堀研の修士1年の方が「予め文字おこしされていると、学生はノートを取らないことになり、それは学習としてどうか?」という質問がありました。これは確かにそうですね。ノートを取るというのには認知的な処理が関わっていますので、重要ですよね。私の非常勤で授業をしながら、パワーポイントで授業するのもどうかな?とは思っていたんですよね。


そういうことを考えると、私はふと思ったのですが、動画にライブでメタデータ・オーサリングシステムという形で使用するのはありかな?と思いました。学習者側としては、メタデータをあとで編集して動画と関連付けすることとは変わらないのですが、コンテンツ作成側としてはかなり助かるのではないでしょうか?ただし、発言内容をそのままメタデータにすることはできないので、発言を文字化し、それに対して、形態素解析を行い、一定時間の区切りでメタデータをまとめて格納しておくような仕組みは必要でしょう。さらに、そのままでは内容として雑多なメタデータとなるので、発言頻度が高いもので上位N位までをその動画の時間を示す代表メタデータなるものとして、保存しておくといいかもしれません。


私は英語教育の分野を研究してきたので、英語の文字おこしが可能なのか、ほかのアプリケーションへ音声認識エンジンの組み込みは可能か質問してみたが、両方ともできないとのことだった。またアドバンスト・メディア社が提供しているAmiVoice CALLは文脈に関係ない、ドリル的な発音練習とリスニング練習にのみ対応という感じでした。英語版はアメリカの会社が行っていて、アドバンスド・メディア社は日本語、中国語、韓国語、タイ語を担当するという取り決めがあるのだそうです。非常に残念です。しかし、お試し版でAmiVoice CALLを使わせて頂けるということでした。ちょっと使ってみたいと思います。


まだまだと思っていた音声認識がかなり使えるところまで気がしてきます。ただし、アドバンスド・メディアの方がおっしゃっていたのですが、「認識率が100%になることはない。人間は様々な文脈で多様な言葉を使うことができ、それを全て音声認識が拾うということはできない。」と。ここは私たちも配慮しないといけないですね。


以前、私の所属組織BEATで配信しています教材開発をテーマにしたメールマガジン"Beating"で取材した東京電機大学教授 吉成先生が「eラーニング、チャットや音声認識などの技術が登場することで、今まで外国語に触れる時のインプットの形態が変わるという大きな変化があり、従来の英語教育で言われていた前提を必ずしも前提とならないかもしれない」ということをおっしゃってられました。今後、情報技術の登場し、教育応用はされていくと、学習理論に裏付けられなければなりませんが、吉成先生がおっしゃられたことが起こっていくのかもしれません。

アドバスント・メディア社
http://www.advanced-media.co.jp/

親子関係

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最近、ブログでも書いていますが、文部科学省が家庭でもしっかりとした子育てができるような手引書が配布されるということです。

教育家庭新聞
「家庭教育を応援する教育家庭手帳の配布」
http://www.kknews.co.jp/wb/archives/2008/07/post_2074.html


最近、日常生活に関係する社会問題がマスコミに取り上げられるようになりました。モラルの問題から環境問題などのグローバルな問題まで、学校教育だけではカバーできないようなことも上がってきています。昔は家庭でしつけられていたことが、家庭でなされなくなり、いかにも学校に、教員に責任があるかのような話にもなってきています。そういうマスコミの報道もあり、「そういう報道はいかがなものか。家庭の責任を問うべきではないのか?」と思うことも多々あります。


前に環境教育の話をした時に、子供から親を、大人を変えていくことができる可能性について触れましたが、この点は積極的に行っていく方法を検討するべき時があるのではないかと思います。その方法を実施するには学校が大きな役割を果たすことになります。先ほど、テレビで和田中学校の前校長の藤原先生が大分県の教育委員会の問題で、地域に密着した学校組織の構築について触れられていましたが、このような働きが大人から子供という流れだけではなく、子供から大人という教育の方向も検討できる動きになるのではないかと期待しています。


学校教育機関を通さずとも、できることはあります。身内の話で恐縮ですが、私の組織が実施してきました、「親子deサイエンス」や「親子de食育」はおもしろい試みで、教育産業もこのような取り組みを行うことで、宿題や教科に関係するような話ではなく、日常の様々なことについて親子でコミュニケーションを取り、子供だけではなく、大人が自分の生活や振る舞いを見つめ直していくという新しい方向も学びがあるのではないかと思います。


今、イギリスでも大人の振る舞いは子供に悪影響をもたらすとされています。
BBC News Education
Adults give young "Bad example"
http://news.bbc.co.uk/1/hi/education/7502057.stm

イギリスの高等学校の校長先生は「暴力的なサブカルが子どもの非行に影響している」とし、またこれら非行の間接的な原因を大人の日頃からの振る舞いにあるとしています。さらに「"非行"が教員が教員を辞める主な理由」と指摘しています。この校長先生は親や大人が自らの行動が非行に結びついていることを認識し、非行を止める責任を果たすべきと主張しています。日本の現状と似ているところがあるなと思って読んでました。


このような世界的なモラル、日常生活に起因する社会問題の解決に対して、教育は大きな役割を果たすわけですが、その1つの解決策として、子供から大人を変えていくという方向も検討し、その効果の検証をしていくという動きももっと大規模にあってもいいのではないかと思います。
最近、大島先生・野島先生・波多野先生の「教授・学習過程論」を読んでいます。一度、勉強したことを整理しておきたいと思って、いろいろ思い出しながら読んでいます。



しかし、私は熟達化の部分は不勉強だったので、この点はしっかり読んでいます。おもしろいですね。チェスや将棋の盤面の話は聞いたことがありました。プロは数秒間で何十ものコマの配置を覚えて、再現することができるという話です。しかし、ポイントはどんなコマの配置でも覚えているというのではなく、チェスや将棋の対局で、実戦でててくる戦略的なコマの配置を覚えることができるということなのです。それだけでも数万通りあるんだそうです。


チェスや将棋の棋士の話が書いてありますが、私たちの日常的な仕事にも熟達者と初心者は存在します。教師にも、システムエンジニアにも、ウェイター・ウェイトレスにも、ショップ店員にも、スーパーのレジ打ちにも、家事にも、遊びにも熟達者と初心者というのは存在し、熟達者からの研修(指導などの明示的な教授)も重要なのですが、日常的なコミュニケーション、熟達者を観察し、自分でいろいろやってみることで、私たちは自然と学び、熟達者に一歩でも近づいていくということなのです。


また、エリクソンのバイオリニストの調査は面白かったです。この調査では、将来プロになれると思われる学生、よく出来る学生、普通の学生とプロの違いを彼ら・彼女らの日記や学校に保存されているデータを基にどのくらい練習していたのか調査したところ、プロやプロレベルにある学生は5歳から15歳の間に約1万時間の練習をしていたが、普通の学生はそれには及ばない時間しか練習していないということなんだそうです。この「10年間で1万時間」というのは、熟達者レベルの1つの参考基準ということのようです。またさらに、ただ1万時間練習すればいいのではなく、

・最適なレベルの課題を取り組むこと
・練習成果をフィードバックされ、自分で善し悪しを評価している
・モチベーションが高い

ことが熟達者の共通した特徴だったということです。おもしろいので、ちょっと他の文献も読んでみたいです。


ところで、昨日はフットサルを3週間ぶりにやってきました。ひどい暑さでしたね。昨日は熱射病で倒れた人もいたとニュースで報道されていました。私も水を何本飲んだか覚えていません。経験者の人も辛いと言ってました。私は3週間ぶりなので、体が硬く、辛かったですが、徐々に慣れてきました。とりあえず、5ゴールあげてきました。

GKをやっている時にふと思ったんです。

「サッカー(フットサル)を今まで部活でやってきた人とやってこなかった人は何が違うんだろう」と。

そして、GKをやっている時に見てました。でも観察しているとディフェンスに指示が出せなかったり、ボールへの集中力が軽くなるので、ゴールを守りにくいですね(笑)

経験者と初心者(といっても毎週土曜日3時間やりはじめて5年くらい経ってますが)とは体力、足技が違うというのも決定的にありますが、そういうところに話を落としても面白くないので(私は熟達化の研究をしていないので、素人眼に思ったこととご了解のうえでお付き合いください)、動きの面などで見て、考えました。

1:パスを出したあとの動きが違う
経験者はパスを出した後に、次のパスを受け取るための動きをしますが、初心者はパスを出して、足が止まります。よくテレビの解説とかで「ワンツーでディフェンスの裏から抜け出したー!」というような熱い解説を聞くことができますが、これですね。

2:ボールを見てない
これはそうですよね。見なくても、足もとのどこにボールがあるか、わかるということのようです。初心者はトラップミスとか多いですが、経験者はボールを見なくても、うまくトラップもできますし、パスを出すこともできます。

3:人がいないところにボールを出せる
これは私が今回、実感したところです。私は幸い5ゴール挙げましたが、チャンスは大変多くありました。そう考えると、あれだけチャンスがありながら、5ゴールしかあげられなかったとも言えます。もちろん足技のレベルもありますが、私が思ったことは私のような初心者は人にボールを出すことができますが(それにおぼつかないこともありますが)、人がいないところにボールを出すことは実戦中は難しいのです。シュート打つにも、無意識にGKの方へ蹴っていると思います。スルーパスもそうですね。経験者はスルーパスを出す時も出したい人の距離が遠くても出せますが、私のような初心者はある程度、パスを出したい人と出すエリアが近くないと出せないですね。そのため、相手ディフェンスが自分の裏に敵がいることに気づいていないという偶然も重ならないとスルーパスが出せないということもあります。

この波多野先生たちの本を見て、こんなことを考えていました。

いやいや、「10年1万時間」まではまだまだですね。しかし、毎週土曜日3時間しかやらない状況では10年は達成しても1万時間まではまだまだかかりそうですね。この体が動く限り、フットサルは続けたいですね(「研究の熟達者に早くなれよ!」というご指摘もありますが・・・)。

そして、この1万時間というのは、インフォーマルなものも含むんでしょうね。フットサルで、私と同じく初心者の人がいます。彼は私と同じくバルセロナ大好きで、話をするのですが、彼はPS3のゲーム、ウィニングイレブンをやったり、リーガ・エスパニョーラを見ているのですが、それを見ながら、足元でボールを触っているんだそうです。

何かの職業に就くため、資格をとるために研修を受けたり、家に帰って宿題をしたりすることはありますが、日常的な、その職業や資格に関係する話をすることや関連している情報に触れることだけでも熟達者の道につながっているですね。対面授業は時間が限られているので、むしろ、宿題ではない、そういうインフォーマルな時間がキーになっているかもしれません。

Google Livelyを試してみた

IT Media
Google版Second Life?  3Dアバター作れる「Lively」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0807/09/news028.html

私はセカンドライフを使ったことがないのですが、先日のED-MEDIAでもセカンドライフをつかった研究の発表もありましたし、私の共同研究者の方もセカンドライフに関係する研究をされています。
ヨーロッパの方ではセカンドライフ上に学会会場を作って、そこでカンファレンスも行われています。学会のWEBページに行くと、"Virtual Conference"というメニューも目にするようになりました。

言語教育でもセカンドライフを使って、授業を展開するということもヨーロッパでは活発に行われていますし、大きな研究プロジェクトも存在します(すみません、アメリカの事情はわかりません)。

私は実は、あまりピンとこなかったのですが、CMCの研究としても、1つの大きなジャンルになりそうで、CMCの研究をしている身として、一度触っておこうと思い、Google Livelyをインストールして、自分の部屋を作ってみました。

大きなメリット(デメリットでもありますが)はWebベースのアプリケーションであるため、自分のブログなどに貼り付けることができるということですね。3D表現はアプリケーション型に比べて、劣るところがありそうですが、Webベースアプリケーションにしては、上出来な感じがします。たぶん、アバター同志で交流するときでも、ちょっとした表現法で難しいものが出てきそうですね。それがWebベースアプリケーションを作る時に難点ではありますね。気軽に楽しむにはいいと思います。

コミュニケーション方法もテキストチャットに限られているようです。また、友人がLivelyにログインしているかどうかもわかるということで、友人同士のコミュニケーションやコミュニティーの活性化も期待できますね。




(Livelyを使うには端末にLivelyをインストールしてください)
しかし、Let's Noteではかなり厳しいですね・・・(笑)熱いです。周りの温度を変えるくらい熱いです。もっとハイスペックなパソコンが必要ですね。これはセカンドライフでも同じことだと思いますが。

まだ始まったばかりということもあって、アバターのデザインや、部屋の家具なども種類は少ないですが、これから増えていきそうです。今のところ、家具などはフリーで使えますが、これからはいいものについては課金されそうですね。私の部屋にはキオスク端末をつけましたが、パソコンに電源をつけることもできませんしね。このあたりは今後、改善されていくのではないでしょうか?

セカンドライフは過疎化していっているという話をよく耳にしますし、Web Designing誌によれば、日本では毎日ログインしている人は7%ほど、1週間に1度程度しかログインしていないんだそうです。もちろん、ハイスペックなコンピューターが必要なことも1つの原因ですが、セカンドライフの複雑なルールや何か1つアバターに表現させるたびに課金がつくのはさすがに疲れます。

音声のコミュニケーションができるのは確かにいいですし、操作もヘッドセットをつけていれば、手は空きますので手軽です。私の研究でもその効果については実証されていますが、操作上、ちょっと手間でも、テキストチャット+アバターに仕草をさせる程度でも、緩いルールで、手軽に利用できるのであれば、「Lively」の方がいいと思います。これで今後、音声コミュニケーションが可能になったら、Livelyユーザーは増えるかもしれません。

教育利用については、高校デザインという家具もありますし、なにかしらGoogleも教育利用についてはアイデアを持っていそうなことを匂わせています。今のところ、コミュニケーション手段がテキストチャットのみということを考慮しないといけません。チャットの表示領域も小さいので、多くの人が頻繁にコミュニケーションするタスクは向いていないように思います。

また、仮想空間デザイン、アバターとタスク内容ができるだけ一致していることが望ましいと思います。アバターを表示することだけでも、通常のテキストチャットと比べてプレゼンス的には受容が高くなるのですが、継続的に使用することを検討すると、アプリケーション的に軽いテキストチャットの方がいいと思います。そのため、セカンドライフにしても、仮想空間でなければできない教育デザインが必要になりますね。それが何なのか、私は不勉強なので、わかりませんが、単純に考えると、理科などで使われる、宇宙や生体といった日常生活では体感できないことを表現して、タスクに組み込むようなことがベタな教育利用としてあると思います。

セカンドライフとは違った、緩さがあるGoogle Lively。今後が楽しみです。

研究室の学び

前々から思っていたことなのですが、先週ちょっとしたことで考えたことがあります。それは研究室での学びというのは研究の内容を学ぶだけではないということです。わかっている人にとっては当たり前のことなのですが、意外に「そうじゃなく、研究だけをするところ」という認識が強いんじゃないかと思ったのです。


私が修了した研究室は20年ほどの歴史があるところです。卒業生も多くいます。その中には大学教員の先輩もいて、研究室に来ては研究手法、論文の書き方などいろいろご指導くださいます。


OB/OGとお話ができないときは先輩と定期的にミーティングを行い、研究の進捗、悩みどころなど相談をします。OB/OGや先輩と相談しても判断つかないことがあれば、指導教官とのミーティングで議題として話をするという形が多いです。


しかし、ポイントはOB/OGから学ぶことは研究手法とか、論文の書き方だけではないです。査読を通すための論文の書き方、研究企画書の書き方、博士論文の審査、提出までの手続き、研究審査での質疑応答などの研究に近い話から、仲間でコミュニケーションを取りながら研究する方法(これは方法と言うよりも自然と身に付くという感じですが)など学ぶことは多くあります。私がいた研究室はイベントをすることが多く、このイベントも学生が準備をするのですが、この準備も学生が一体となって取り組みます。そこで培われる仲間意識、助けあいの精神、仕事の方法など私も勉強させて頂きました。社会人経験のある私は「こういうことを学生の頃からしっかり勉強しておくと、きっと企業でも役に立つ」と思いました。


研究室の学びというと、指導教官から研究手法を学んで、修士・博士を取るために勉強して、論文を書いて・・・ということをイメージしがちですが、実はそういうことは自分でやろうと思えばできることでもあります。それ以上にチームとして仕事をする方法、管理する方法などを勉強することも重要なのです。こういうことは勉強する機会はなかなかないものです。


しかし、そういうことを勉強できる環境も限られているのも事実ですし、研究室内のコミュニケーションが活発ではないと難しいと感じています。私が修了した研究室や今の所属に関係している研究室はかなり恵まれた環境と思います。ただ思うのは指導教官があまり指導してくれない研究室(そもそも博士課程の学生が指導教官に手取り足取り指導してもらうことは間違いだと私は思うのですが)や先輩がいない研究室であっても、自分からコミュニケーションを活発にして、仲間関係を密にすることや自分の研究室では難しいのであれば、ほかの大学の同級生や先輩たちと共同研究することやゼミに参加させてもらうなどの人間関係の幅を広げることなどで可能だと思います。


研究室の学びは研究だけではなく、OB/OGや先輩・後輩との共同作業を通じて、仲間として一緒に仕事や研究をするために必要な要素を勉強することだと私は思います。仕事、研究は1人ではできません。みんなで助け合ってやっていくことが原則だと私は実感しています。

ITと社会問題

CNet Japan
Web2.0 summit 2008年は環境など社会問題がテーマ
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20376786,00.htm

以前、このブログでも「googleで環境教育」というタイトルで書きましたが、Web2.0的コンセプトでも、それ以外のものでも、情報技術が世界が直面している社会問題の解決に少しでも貢献できることは大変喜ばしいことだと思います。

Web2.0的なコンセプトでは、どれだけ小さな意見でも自分から発信できることや、また小さなニーズに対しても応えるようなサービス展開が可能になるものがあります。オライリーはこの記事の中で集合知という言葉を使っていますが、小さな意見や取り組みをWeb2.0的な、視覚化ツール、共有ツールなどで顕在化させるというのはWeb2.0的な枠組みでできることだと思います。

また、この視覚化というのは大変効果があることだと思います。見せ方によって、人はその情報に対する認識が変わると思います。前に、どこかのサイトで世界的な水不足を訴えるものがありました。これは単純にテキスト情報で見せるのではなく、植物、動物、人間が一日でどれほどの水を取っているのか、必要とするのかを水色の水滴のオブジェクトを使って表現されていました。多く必要なものほど、大きく水滴で表現されます。さらに、確か、食物連鎖も表現されていました。もちろん人間は食物連鎖の上位にある動物ですので、植物や動物が採っている水を採っているわけです。これは大変インパクトがある表現方法だと思います。

しかし、現状ではなかなか社会問題の解決は至らない状況にあります。これはやはり世界的な問題ですので、一国だけの努力では追いつきませんし、一国の努力を1つの方向に持っていくことすら難しいです。

ITMediaエンタープライズ
「企業と個人、エコ製品に対する意識にギャップ」
http://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/0807/05/news002.html

日本ですら、このような状況にあります。

今、洞爺湖サミットが行われていますが、政策面での動きはやはり遅いものがあります。オライリーのように、環境政策とは違う世界の人でも関心を持って、自分がやっていることが世界の社会問題の解決に貢献できる取り組みをすることで、小さな動きを集めて、大きな動きへ変化させることができるのだと思います。

私は教育の研究の世界に身を置く者ですが、環境問題については学部の卒業論文でも書きましたので、関心はあります。今は言語教育を中心に研究を行っていますが、何か研究の一環として、できればと思っています。

そういえば、Web Designingで、Design Changes the Worldというコーナーがあったことを思い出します。これは世界のデザイナーが自分の1日の時間のうち5分をボランティアで世界が直面する社会問題の深刻さなどを訴えかけるためのメディアデザインに使うという取り組みです。これはおもしろいですよね。

線引き流行り

最近、「WEB上のテキストに線を引く」ことが流行っているように思います。古くは、今はNTTコミュニケーションズにいる先輩がJAVAでWeb memoという開発していました。後輩にも今、電子掲示板上の書き込みに対して、線を引くツールを開発して評価している人もいます。また、私の後輩は同級生が勤める東京大学 マイクロソフト寄付講座のeJournal Plusというツールも「線を引く」という操作がキー操作になっています。

そして、先週末のニュース

Web上のテキストにマーカーペンを引けるコモンズマーカー
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/07/04/20159.html

と来た。

この「線を引く」という行為。私たちが小さいころからやっている、何事もない操作です。本を読む時でも勉強するときでも自分が大切だと思ったところや、覚えておきたいところには線を引きます。認知心理学では精緻化と呼ばれる情報処理に関係するとされています。覚えておきたい対象に対して、自分が覚えやすいような形で情報処理することですが、線を引くという単純なことも入りますが、何か他の情報と関連付けを行い、繰り返すなどを通して、短期記憶から長期記憶へ転送します。

線を引くという行為は紙媒体では簡単にできることですが、コンピューター上で行うことは難しかったです。最近はタブレットPCも登場し、線を引く機能を実装するためのAPIもあり、システムとして作ることは簡単になりました。しかし、この線引きがシステム化されることで、大きく着目されるのはなぜなのでしょうか?ゼミの発表で、質問でも「それって、単に線を引いてるだけですよね?」というものも多くなってきています。しかし、ここで一度立ち止まって、「線を引く」という行為がここまで注目される意味について考える必要があります。

私が考える理由として
1:簡単な操作
「線を引く」という操作は誰でもできる操作です。今まではキーボードを操作することで、Web上の情報をテキストエディタなどに書き写したり、コピー&ペーストしていました。それが手で、線を引くということが可能になります。マウスを使うとしても、線を引くという操作はそこまで難しいものではなく、入力が劇的に手軽になり、自分が思うような情報の加工が可能になります。

2:「線を引く」+α
コンピューター上の情報はすべてがデジタル処理されています。線を引くという操作だけで、いくつもの処理を加えることで、「紙上で線を引く」という行為以上の意味付けが可能になります。今回のニュースでも紹介されているコモンズマーカーもその1つです。

3:インターネット上の世界故の特別な意味
2で指摘したところにも関係するのですが、線を引くという行為から「線が引かれた」部分について注目してみます。Web上のコンテンツに線を引くのですから、その線を引いた場所を共有することも可能になります。今までは線を引くというのは、主に自分自身のためでしたし、人のためだとしても、場所を指し示すという意味程度のものでした。しかし、線を引いた場所を共有するということが可能になると、単純に線を引くということが、ほかの意味合いを持つことになります。


netarika.jpgたとえば、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、Yahooが提供している「ネタりか」 (http://netallica.yahoo.co.jp/)ではYahooユーザーであれば、Webテキストに線を引くことが可能なのですが、この線が引かれた場所を共有化することができ、一番線が引かれているところは色が変わって表示されます。また線を引いた人たちも表示されます。これは他人のために何を指し示すという意味ではなく、自分の興味関心を示すという意味になり、興味関心が近い人たちをつなげる意味にもなります。これは明らかに従来の「線を引く」という意味を超えた、新しい意味を持ったことになります。




現在、ここまでeラーニングが普及してきても、私たちはパソコン上のみで学習することに、そこまで慣れていないように思います。eラーニング上でスライド教材や動画教材を見ていても、その内容を覚えるために教材をプリントアウトし、メモを取るといったことをします。何かしら複数のメディアと組み合わせて学習をします。しかし、この線を引くという行動に様々な役割が付けられ、様々な意味を持つことで、私たちのオフラインの行動が変わるような気がします。そんな気がします。

このような研究を皆さんが見たときは「それって、線引くだけじゃない?」と一刀両断するのではなく、その単純な、人間が簡単にできる行為がデジタル化されることでの新しい意味を考えてみると面白いと思います。

参考文献
伊藤清美, 柳沢昌義, 赤堀侃司 (2005) Web 教材へ書き込みを可能とするWebMemo システムの開発と評価, 日本教育工学会雑誌, 29(4), 491-500

東京大学 大学総合教育センター マイクロソフト先進教育環境寄附研究部門(MEET)
http://www.utmeet.jp/index.html

ED-MEDIA2008 その2

ウィーンから帰って来ました。時差ボケで朝5時まで起きてましたが、9時頃に奥さんに起こされました。すっかり更新が止まってましたが、前回の続きで、私が見てきた中で頭に残ったものについて紹介します。

Video Annotation System and Formative Assessment Tool Using Flash Media Server, Carr, B.

video1.jpg
ビデオアノテーションとFlash Media Serverという言葉にひかれて、見に行きました。YouTubeみたいな動画共有サイトがあって、そこには学習コンテンツがアップされているんです。その動画教材に対して、自分の映像でアノテーションをすることができるというシステムです。もちろん映像だけではなく、テキストでアノテーションもできます。






video2.jpg
このようにテキストアノテーション、またそれに付随するビデオアノテーションをリストにして、動画教材のどの時間につけられたものかリスト化してみることができます。










video3.jpgその動画教材に対して、なにかしらの評価をすることもできます。

途中から入ってしまったので、Flash Media Serverでの、サーバー側をどう処理しているのか聞けなかったのが残念です。特にビデオアノテーションをつける場合、アノテーションする時間が重なったときはどう処理するのか、その時の見せ方としてはリスト化するだけなのか、気になります。動画の中にビデオアノテーションを見せる方法はわかるのですが。






Where is the Mentor?: New Ways of Supporting Learning, Scott, P.J.

mentor1.jpg
3日目のキーノートです。
イギリスのオープン・ユニバーシティーの先生の講演です。オープン・ユニバーシティーほどの世界最大級の完全オンラインのeラーニングを展開するには大規模な学習支援が必要となるのですが、その中でもメンターについての講演でした。







mentor3.jpgオープン・ユニバーシティーほどの大規模になると、1つ1つの支援もどれほどのインパクトがあるものなのか、検討しないといけないのですね。しかも、学習者おのおのの属性もしっかり把握しておかないといけないという、途方もない作業があることが簡単に想像できます。









mentor2.jpgメンターが今、オンラインなのか、オフラインなのか、どのメンターとどのような話をしたのかを視覚化することで、学習者に対するメンタリングの状況を把握でき、学習者の特性やメンタリングのポイントをメンターが理解するだけではなく、メンター自らがどのようにメンタリングしているのか、把握することができるというメンターにとっても学習できる仕組みになっています。







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3ヶ月間の授業で、メンターがどのように発言内容などが変化していったかを示しています。しかし、字があまりにも小さく見えませんでした。あとでパワーポイントをアップして下さるそうです。ただ、この変化はどちらがいいというわけではなく、学習者に合わせて変化していっており、どちらも良いというような話だったと思います。







Playing to Learn: Guidelines for Designing Educational Games, Pivec, M & Pivec, P.


game1.jpg教育向けゲームの開発・設計手法に関する発表です。ゲームの話は相変わらず多いのですが、その中でも設計の点について、私は関心があったので、聞いてきました。

このスライドは構築主義の観点から教育向けシステムを開発する点を説明しています。例えば、知識が構築されていくプロセス、リアリスティックなものなど紹介していましたが、わかっていて、意外に見過ごされる点である、自己意識の向上や自分が学習しているという感覚(Learning Ownership)を高める工夫を指摘していることは良いと思いました。



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ゲーム設計となると、重要な点はどういう教授理論を使うのかというところです。ただ単に楽しければいいということではないのです。もちろんインターフェースなどの工夫が必要にはなりますが。この点は研究者では限界があるところだとは思います。









game3.jpgそうすると、「どんなゲームを作ったんだ?」と気になるのですが、なにやらチャットのようなものが・・・これにはちょっと拍子抜けした感じです。これはゲームというか、コミュニケーション・ツールの開発ではないのか?と

設計の話はおもしろい点があったのですが、このツールが出たときはちょっと残念でした。しかし、教育ゲームの導入がこれからも世界的に続くのであれば、この発表は意味があるものだと感じました。



しかし、私が聞き取れていない点もあったのかもしれませんが、発表者はテンションが大変高く、声が裏返ったりして、聞きにくかったことも事実・・・


恥ずかしながら、私も発表をして来ました。

masanori1.jpg"Self Awareness and Learning Performance in Videoconferencing with Self and Partner's Image"というタイトルです。外国語コミュニケーション学習におけるビデオカンファレンスの使用において、自分の映像が表示されることの効果を外国語教育の観点から分析した結果を発表しました。







masanori2.jpgこの学会は外国語教育の人は大変少ないので、いつも、聞いてくれる人は少ないのですが、今回は身内を除いても16,7人の方が聞いて下さっていて、感動しました。いい議論もすることができ、ここ4年間で一番満足した発表でした。








さて、今回のED-MEDIA2008での雑感ですが。

・ゲームの研究は相変わらずある。まだ流行が続いている。
(全体的に家庭での学習、インフォーマル・ラーニングには注目が集まっている)
・「子供の語り(Narrative)」はキーワードになってきた。
・やはり学習科学の理論をしっかりと説明している発表はいいものがある
・統計はそこまでしっかりやっていない。むしろしっかりやっても、みんなわからない。
(投稿するに当たっては、Proceedings上はしっかりと統計処理したものを掲載するべき)
・写真一枚だけで"My World"を語る発表はよくない。


来年のED-MEDIA2009はハワイです。

私が発表する次の学会は、World CALLです。8月の頭に福岡で行われます。数年に1回の外国語教育+ICTの学会で、世界のCALL研究者が集まる数少ない国際会議です。今回は私が2年間、関わってきました、「なりきりEnglish!」について発表します。もし参加される方がいらっしゃいましたら、お会いしましょう。








ED-MEDIA2008 その1

ED-MEDIA2008が始まりました。ウィーン工科大学で開催されています。6月30日から7月4日まで開催されています。私は30日にレジストレーションをしたのですが、入口がどこかわからなくて、大変でした。日が経つにつれて、運営もしっかりしていっているように思いますが、アルバイトが床に寝っ転がっているのを見たときは、「これはどうなの?」とは思いました。学会でもバイトの管理を徹底する日本が異常なんでしょうか?

今日の段階でおもしろいと私が思った研究を簡単に紹介します。

Investigating the Relationships of Social Presence, Satisfaction, and Learning Achievement in the Blended Learning Environment, Kang & M., Kang. (2008)

ed-media1.jpgオンラインラーニングが世界的に導入されていますが、学習者が孤立感を抱いたり、情意面として、学習の動機がキープできないというような問題があります。その問題を解決するための1つとして、協調学習をするというのは近年では王道と言えるくらいの方法となっています。しかし、協調学習を行うといっても、学習者中心の学習であっても、インタラクティブな活動があり、学習してもらわないと困るわけです。その協調学習を活発化させるポイントとして、学習者の存在感を高くするという手があります。存在感は笑いや相手の名前を呼ぶなどの社会的存在感と、相手の意見に賛成する(反対する)、相手の発言を引用するなどの認知的存在感、指導的な発言を含む教授的存在感というものがあります。この研究はこの存在感に関する指標を作って、客観的に測ることができるようにしようという研究です。


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しかし、私は社会的存在感は文化差があること、認知的存在感については学習方略と関わってくると思います。この点の問題をどう回避して尺度化してゆくのか、大変面白い試みで、今後が楽しみです。私も社会的存在感と認知的存在感の研究をしていますので、今後も注目したいと思います。このあたりの研究はTu(2000)やGarrison & Anderson (2005)が大変詳しいです。








Moving beyond the plentitude: An Indian Fable, Narayanan, G. (2008)

ed-media4.jpg途中から入ったので、全部は把握できていません。勉強させるという行動面を促進させるにはやはり、自主的に子供たちが勉強できるような環境を提供しないといけませんが、それがITだけですべて完結できるというのは、人間の精神的なところに訴えかけるものがないのではないか?ということで(精神と行動を一致させる?でしたか?そんなことをおっしゃってたと思います)、実体験を通じて、楽しく、自主的に学習する子供を育てる教育プロジェクトを紹介していました。





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たとえば畑に行って、昆虫を観察してから、クラフト紙を使って昆虫を作る活動に、コンピュータで昆虫の動きを調べて、昆虫の動きを模したロボットを作る活動や、土の成分を勉強する活動の一環として、センサーを使って、土を解いた水で音を奏でる活動などが紹介されていました。その音が変わる理由を調べるために、コンピューターを使って土の成分を調べるなどの活動でした。他にもピコ・クリケットをつかって、音に反応する機械をグループで作るなどの活動も紹介されていました。これら活動の様子をSNSで共有し、そのSNSでアップロードされている活動の様子を参加者は引用して、自分のページで見せることもできます。

「精神面と行動面をどう合わせていくか」

ed-media3.jpgなにか、私にはこの「精神面(Spiritual)」は遠い言葉でどういう意味なのか、と思っていましたが、この先生の発表を見て、子供がイキイキと楽しく学習している様子を見て、意味がわかりました。ITを使うことだけではなく、手を動かすことや、実際のモノに触れるということには特別な意味があるんだと実感しました。確かに私も小さい頃は祖父の畑に行って、よく遊んでましたし、勝手に大根とか抜いては怒られてました。給食で出たフルーツの種を植えて、育っていく様子を毎日見ていた記憶もあります。






私は言語教育の研究を主にしているのですが、例えば英語を実体験で使用しても、上記のようにうまくはいきません。逆に「もう英語は話したくない」「勉強したくない」という人が増えかねません。たぶん、このような活動を異文化間でやるのが一番いいとは思いますが、日本には時差という大きな、解決しがたい問題があり、異文化間交流をすること自体が難しいということもあります。前にiEARN(International Education and Recourse Network)というNPOがあるのですが、ここでは登録者間で異文化交流をするきっかけづくりがされています。世界各国のiEARN組織が各国の異文化交流プロジェクトが登録されていて、興味を持ったものに参加するという形になります。おもしろかったのは、太陽の光で卵焼きをつくるという環境教育プロジェクトなのですが、これを各国で、出来上がるまでの時間を比較して、その理由を学習するというものがありました。この活動に英語を使って、参加します。この活動を通じて、科学的な知識の習得だけではなく、英語の学習にも有効だったという報告がありました。

このような活動は「実際の英語場面を経験させることによって、英語学習の動機を高くする」という点とは若干、観点が異なるのですが、「精神面と行動面をどう合わせていくか」ということを言語教育で考えるいいヒントになると思います。

参考文献
Tu, C-H. & McIsaac, M (2002) The Relationship of Social Presence and Interaction in Online Classes, The American Journal of Distance Education, 131-150

Garrison, D.R. & Anderson, T (2003) E-learning in the 21st Century: A Framework for Research and Practice, Routledge Falmer publishing, Hampshire, UK

iEARN
http://www.iearn.org/



ウィーン郊外とオペラ

今日はグラーツに行こうと思っていましたが、雨だったのでやめて、午前はショッピング、午後はウィーン郊外とオペラを楽しむことにしました。

午前は、まず、奥さんが持ってきたヒールの靴では指が痛いということで、ショッピングセンターで靴を買いました。そのあと、ホテル・インペリアルのカフェで、インペリアルトルテを食べました。

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本によってはザッハ・トルテよりも味は上ということでしたが、私もそう思いました。こっちの方がクリーミーで、クリームが好きな私にとっては好きです。コーヒーと飲むと甘みもさらっと溶けて、次を食べたくなります。









そこから、美術館。アルベルティーニでしたっけ?そのような名前の美術館に行きました。うちの奥さんは美術館・博物館教育の研究をしているのですが、美術展示については、デッサンをしっかり見なさいということで、いろいろギャラリートークをしてもらいながら、時代背景や絵を見る観点を教えてくれました。絵って、「天性の才能がある人しかわからない」とか、「感覚の問題」ということで敬遠されがちなのですが、私は違うと思っていますし、奥さんの研究の内容を聞いて、実際に彼女流のギャラリートーク(彼女の博士の研究の応用なのですが)を聞くと、「なるほど」と思いますし、次の絵を見る時にはいろいろ違いがわかりますし、質問が出るようになります。これは私だけではなく、ここ数年、ゼミで彼女が発表するたびにみんな絵に興味を持つようになってきていますね。これ自体が大きな成果と言えますね。

美術館の後はハイリゲンシュタットに行き、ウィーン奇想遺産3点目のカール・マルクス・ホフを見てきました。地下鉄U4の終点を降りて、すぐ前にあります。

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赤いオーストリア時代に建てられたもので、共産主義国家政策の下、労働者階級のために建てられた集合住宅です。これ、日本で考えれる単純な団地レベルを超えています。横に1キロくらいずっと続いています。託児所、病院、スーパーを備えています。戦争の時代でも、戦闘の拠点としても活躍したんだそうです。







wien5.jpgそして、バスに乗って、グリンツィングに行き、ワインを飲みました。新ワイン「ホイリゲ」を飲むことができるというバーがいっぱいあります。そのうちの1件に入り、オーストリア料理とワインを楽しみました。このワインを炭酸水で割ったものをゲシュプリッターといいます。あっさりしていて飲みやすいです。甘くはないです。普通のワインと比べて、ゴクゴクいけちゃうので、飲みすぎには注意ですね。







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そのあとはバスで上へ向かい、カーレンベルグに行きました。ウィーンを一望できて、いい気持ちでした。ドナウ川とドナウ運河って隣り合ってるということも恥ずかしながら、今日知りました。雨だったのに、きれいに晴れてきて、見晴らし最高です。








wien7.jpgこの後は国立オペラ座へオペラを見に行きました。私の出身大学の後輩からお誘いを受け、行きました。ちゃんとした席を取ったので、ドレスコードがあり、着飾っていきました。暑いのでネクタイはしませんでしたが、ちゃんとしたフォーマルを着ていきました。水が高かったです。5ユーロしました。

私は小澤征爾の指揮を見ることができると思っていたのですが、変わったそうで、外国の方でした。話はスペードの女王です。ロシア文学らしいです。私はよくわかりません。しかし、原作と大きく違うということでした。3時間半、ドイツ語のオペラを聴いてました。私は好きですね。


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何かよくわからないのですが、演奏者の1人が何かのメモリアルらしく、檀上に上がって挨拶していました。えらい人が出てきて、挨拶もしてました。なんだったのでしょう。ドイツ語が全くわからず・・・しかし、国立オペラ座でのオペラを見て、それなりの雰囲気がわかりました。おもしろかったです。日本でもオペラがあればいいんですが、ミュージカルも行きたいと思いました。






とうとう明日から学会です。明日は私の先輩が発表します。今回、なんとアワードを取られました。すばらしいです。大変優秀な方で、若手のホープです。あの方の頭の切れにはついていけないなー。2歩も3歩も先を読んでるという感じがしますね。私は目の前のことをやることで精いっぱいです。

学会でおもしろい発表がありましたら、ここでもご紹介したいと思います。